第54話 非常にセンシティブ
交易都市アラビリス、娼館ネリウムの一室。月跡とほたるは、深き茂みの拠点での激闘を振り返り、静かに紅茶を味わっていた。二人の間には穏やかな空気が流れていた、が、もう一人のミントは連続式蒸留の蒸留酒を呷っていた。
「糞が、あんの変態、そこまでの段階に到達しているだと、ふざけんな、なお」
ほたるはティーカップをソーサーに置くと
「別にいいんじゃねえの、ミントはアレの眷属だから強くなれたんでしょ、ラッキーじゃん、それより性格変わってない?大丈夫?」
「つまり、より一層アレの本質が私の本質に近づいたんですよ。悍ましい!!」
「等価交換、力をえるためには代償を支払わなければならない。でも理不尽ね。でも仕方がない、仕方がないのよ」
遠い目で窓の外を見る月跡、その表情は諦観に満ちていた。
「いいっすよねー、月跡は醉妖花様の眷属で私はよりにもよってあの変態セクハラ野郎の眷属だなんてあんまりじゃないですか。正直泣けます」
泣きながら蒸留酒を瓶から直接呷るミント
「良くない酒だなー、でもまぁ、分からんでもないよ。オレも半分?はアレの眷属だし」
ミントの嘆きは、ネリウムの娘たちが奏でるハープの音色に溶けていく。美しい音色でありながら、どこか物悲しさを湛えた旋律は、彼女たちの心情を映し出しているようだった。
月跡は、ティーカップを静かにソーサーへ置き、口を開いた。
「嘆いても仕方がないわ。私たちは、醉妖花様のために存在している。醉妖花様の願いを叶えるためならば、どんな犠牲も厭わない。それが、私たちの宿命よ」
月跡の言葉に、ミントは黙考する。醉妖花への忠誠は、ミントにとっても絶対のものである。ミント自身の力だけで醉妖花に尽くすことができないという事実は、些末な事である。
「三日後、ローラの中の『探し人』を連れて、私たちは交易都市アラビリスを去る。それまでに、残された問題を片付けなければならないわ」
「そうなお。ネリウムの娘たちと新生アラビリス帝国の今後を決めるなお」
ミントは、蒸留酒の瓶をテーブルに置き、真剣な表情で言った。
「彼女たちには、私たちと共に醉妖花様の元へ行くか、この世界に残るか、選択権を与える必要があるわ」
「アイリーン達も、連れて行くのか?」
ほたるが尋ねた。
「連れていきたいけど、新生アラビリス帝国の事もあるし、なにより彼らの意思次第ね」
「そのようなことに気をもむ必要はありませぬぞ。このノキお兄さんに任せれば万事OKですぞ」
「あとは、ローラの決断次第ね。今、ローラは如何しているの?」
「益尾のおいちゃんとアラビリスの街を散歩しているなお」
「今生の別れとなるかもしれないわけだ。このぐらい自由にさせても云いだろ」
「あの私、ノキ=シッソなんですけど、明確にハブられてます?」
「あとはネリウムの子達と新生アラビリス帝国の事だけど、新生アラビリス帝国の実務はネリウムの子達
「やーい黒透け紐パンおんな―。ドロワでじゅ
非常にセンシティブな発言をしたノキ=シッソは速やかに、涼やかに現れた華命玉天により因果を固定したうえで巻き戻され骸薔薇の御前に飛ばされた。様は、骸薔薇様に『紐パン』発言をするように決定されたのである。
「さて、よろしいかな。ああ、礼儀作法は抜きでよいよ。私が来たのは皆に一つ決定した事を伝えるためだよ。本当はノキが伝えるはずだったんだがね」
「決定の内容は、ローラ様が醉妖花様に嫁ぐ事になれば、この惑星も醉妖花様の下へ持っていくと云う事だよ。見知らぬ所へ身一つでこいと云うのはいかがなものかとの云う話だよ」
「あれ、じゃあ、色々話し合ってたことの殆どは話し合うまでもなかったということ?」
「それをノキが伝えに来たんだよ。ローラ様が醉妖花様に嫁がない場合は、現状維持となることも合わせてね」
「あの変態でも役に立つ時があるんだなんてなお。でも骨は拾わないなおって云うか、骨だけになってろなお」
「あの変態は骨だけになっても変態行為を止めなさそうだけどなっていうか止めないな」
「あの変態の話はここまで。さほど魔導が進んでいない、星を超えて繋ぐ聖都がないこの惑星を転移させてもその影響は殆どないと考えられるわ。ローラが心配するようなことは無いと云っていいわ」
「それなら、オレちょっくら戦争に行って来るわ。つーかあと2日でこの惑星制圧するわ。つーわけで、ミント、統治するためのネリウムの子達借りてくけどいいか?」
「いいけどなお、2日で終わるのかなお。皆殺しなら3分もあれば出来るけどなお」
「出来るような気がするんだよねー。こうすれば」
ほたるはそう云うとⅢ両刃双の大鎌の刃を自身の頚にあて切り落とした。同時に大鎌も2つに割れた。が、首が床に落ちる前に首から生えた蔦が身体を構築し再生する。もちろん裸なのでプレゼントされた服を着る。同じく首から生えた蔦が頭部を構築し再生する。2体に分かれたほたるは
「おお、やっぱり出来た。これで増えまくるぞい」
「丁寧な仕事ですね。永久尽界は分けずに拡張することで複数の身体に対応しています」
華命玉天は涼やかに感想を述べる。
「2人が4人、4人が8人、8人が16人のおまけで32人」
部屋中に増えたほたるは
「こんだけ増えれば上等だろー。つーわけで行ってくる。あとからネリウムの子達送ってくれ」
それぞれの持つ合計32本の両刃双の大鎌が振り下ろされ空間に裂け目を作る。それぞれ異なる空間に繋がった裂け目にほたるが飛び込みながら云った。
ほたる『たち』が消えた後、部屋に残された月跡、ミント、華命玉天は、一瞬の静寂に包まれた。
「まあ、ほたるらしいわね」
月跡が感心したように云った。
「あいつ、本当に楽しんでるなお。でも、これで新生アラビリス帝国による惑星征服はスムーズに進むなお」
ミントは首を横に振りながら云った。
「確かに、ほたるの力と数は、この世界の秩序を一瞬で変えるには十分でしょう」
華命玉天は涼やかに微笑む。
「これで約束の日までにはこの惑星全てが醉妖花様を仰ぎ見ることになりますわ」
ほっとした表情で月跡が云った。
「醉妖花様に献上するこの惑星に粗があってはなりませんから」
月跡、ミント、華命玉天の3人が静かに会話を続ける中、ローラと瑚沼崎が部屋に戻ってきた。ローラの表情には、どこか覚悟が見えた。
「皆さま、お待たせしました」
「私、決心がつきました」
ローラが静かに云った。
月跡が優しく微笑む。
「そう、どんな決心かしら?」
ローラは深呼吸をして言葉を続けた。
「私は、醉妖花様のもとへ参ります。そして、この世界も一緒に連れていくことを受け入れます」
「ローラちゃん、後戻りはできないなお。それを理解しているかなお」
ミントは静かに問いかける。
「はい、理解しています」
ローラは迷いなく頷いた。
瑚沼崎は静かにローラの肩に手を置いた。
「私も同行させていただきます。最後まで、ローラさんをお守りいたします」
華命玉天は涼やかにローラに臣下の礼をとり
「ローラ様のご決断を醉妖花様にお伝えします。きっと喜ばれることでしょう」




