第1話 ~五十六億年後の戦場の天幕にて~
~東英記~
帝国において乱があった。反乱の先頭に立ったのは前王朝の血族の長の長子。その幕下に集るもの少なく直ぐに鎮められると朝廷は侮ったが次々に城塞を落とし版図の一部を切り取るまでになった。ここにおいて朝廷は鎮圧のため大兵力を向かわせ、そしてその全ての将兵を失った。東英歴一万五千三年睦月の三日の六の刻、これをもって両天の変の始まりとなる。
~東英記~
八十八重宇段大天幕の奥、その最奥の三つ前、三重宇段天幕の中、伽羅を削りだしたカウチに醉妖花が寝そべって書を読んでいる
醉妖花は正しく絶世の美しい少女であった。その髪は黒漆より深く黒く照り輝き、肌は真珠のように光を纏う。その瞳は、いかなるラピスラズリも及ばぬ尊き青。
その醉妖花の近衛としてアラクネ、ラミア、長耳雪女等を始め人妖のものが傍に控えている。
そのらの近衛長である紅玉の貴石人が(貴石人でありながら人並の大きさを持ち、しかも己自身が輝きを放っている)醉妖花に奏上する。
「かむなぎさま(醉妖花のこと)。今、戦端が開かれました。玉体に障ること、骸薔薇様より努々あってはならずと仰せつかっております。紫星城へ御移り頂くことかないませぬでしょうか」
その発言に対し醉妖花が答える前に、醉妖花の冕冠を携えたプロジェニータエルフ(プロジェニータエルフであるため彼女の周りの空間がきらきら瞬いている)である女官長(なお女官たちは皆、エルフの血が流れているもの達である。猫耳エルフもいる。なお、近衛も女官も女性の性が極めて強調された容姿をしている)が微笑みながら
「かむなぎ様の身辺の御安寧は私共にお任せいただいております。ほんとうに屑石は敷き砂利の代わりにもなりませんね」
「っははは、うふふふ」と笑い合う近衛長と女官長に醉妖花は微笑み、書を抱えながら仰向けになると、鳴玉石の響きより淡く、しかし深く、まるで荒地へ降る慈雨の様な声で
「全てノキの作戦どおりにすればよい。ここで何も問題ないよ、それに私がこの戦のかなめになるのだからね」
対して紅玉の近衛長は
「たしかに軍議のとおり、かむなぎ様なくしてこの戦は成立しません。しかし、そのノキのことですが、先ほど何やら叫びながら飛び出していったのですが、本当によろしいのでしょうか」
醉妖花は、くすくす笑いながら
「私の下でも、ノキ自身が楽しめてるようだからいいんじゃないかな。皆の楽しみは私の楽しみだもの」
「かむなぎ様はノキの阿保に甘すぎます」
暗い闇が這いよる天幕の大きな入口に立つ、翼を威嚇するように広げた少女、それを見た者であれば誰が見ても「そは何か」と問われれば吸血鬼と答えることは間違いないほどただ一つを除き吸血鬼の少女らしい吸血鬼の少女であった。
「かむなぎ様、かむなぎ様、華命玉様より丹香炉が献上されました。香りは静寂、御心安らかになるよう練ったとのこと」
確かに火は点けども煙は立たず変わりに方陣が揺らめき天幕内に散ってゆく。
華命玉は深山にて丹を練る。醉妖花が参内の下知を下さなければいつまでも深山にて丹を練り続けるだろう。
「すまなかったね、月跡。こんなに日差しが強い日に」
吸血鬼の少女(月跡)は
「私めはかむなぎ様の使い魔です。このかむなぎ様への忠愛があるかぎり灰になどなりえません」
近衛と女官たちが物凄い表情で月跡をにらみつけるが、月跡はまさにどこ吹く風である。
醉妖花はカウチから身を起こし
「さて、ほたると馬頭目、暁将軍も場についた。開戦だよ」
草原に一つの塔が建つかの如く高さ九千尺に達する魔導鋼鉄の移動櫓を体高五百尺に及ぶ巨像の群れが引く。その移動櫓の上に異貌、異形の巨人「暁」将軍とこの反乱軍の名目上の頭目である「馬令」が並ぶ。
「それにしても、暁将軍、絶景でありますな。この高さから見ても朝廷軍の果てが見えぬではないですか。いったいシッソ殿はどうやってこれほどの軍を朝廷から出させたものやら。暁将軍はシッソ殿の企てをどう見ておりますか」
「馬頭目殿、当て推量でよければ、この朝廷軍は我々の鎮圧のみを目的としておらぬ。我らを鎧袖一触とした後、周辺の国へなだれ込む算段なのであろうよ」
「とするとシッソ殿の企てとは」
「我ら反乱軍が周囲の国々と繋がっている。少なくとも朝廷はそう考えておるのだろうし、実際、ノキのすることだ、本当に周辺の国々と繋がっておるのだろう。その証拠を朝廷に流していていたとしてもなんら不思議ではない」
「それで八十億もの軍勢が釣れたわけですか。それでこちらの手勢は五百万。いやこれは面白い。これで我らが勝つなどまあ、正気の沙汰でない、が、勝ってしまうのですな」
馬頭目は遠眼鏡で両軍の戦いを見る。それは一方的な虐殺であった。
我らが反乱軍は横一列に並び、太さ三寸長さ二丈の金棒の両端に一万尺の鎖、その鎖の先に三万貫は優に超える鉄塊を音の数十倍を超える速さで回転させて朝廷軍を血煙に変えている。一方、朝廷軍は小銃の射撃、戦車の砲撃、航空戦力による爆撃も行わず、航空機は墜落し、車両は止まったままであり、歩兵のみが死線へと歩んでゆく。
この異常な状況を生み出しているのはもちろん醉妖花である。
反乱軍を構成するのはほぼ民兵、人間の農民が主体である。本来、金棒すら振り回すことすらできないが、醉妖花の祝福により魔導神鬼兵と化している。一方、朝廷軍に対して醉妖花は、戦意高揚、克己心、死すら恐れぬ精神力を与え、さらには
「白痴にさせられているわけですなぁ、かむなぎ様も容赦がない。朝廷軍の将兵は作戦どころか己が名前すら、名前という概念すらわからんようにさせられている訳ですからなぁ。」
馬令は改めて陣容を見渡し独言する。
「さて刻限まで今しばらくですな」