第16話 Ignitionなお!!
ところは別の宇宙では
「なんかいいことがあった気がする」
「どうしたの急に、何も変わったことはなくてよ」
「そうかなぁ」と窓の外を見る。4か月前には白い雲が漂っていたが、今ではなんだかよく分からない肉の塊がうごめきながら浮かんでいる。
室内を見れば、益尾のおっさんが買ってきたミネラルウォーターだが、少なくとも血の色をしている。まあミネラルは豊富そうだ。
「変化を感じたものは力のある者のみ、それも官庁からの広報により、以前と変わらぬ日常を送っているわ。実害はないのだもの」
「ただそう見えるだけ、か。」
「この宇宙では十分あり得ることよ。事実、大規模な霊障とされているわ。ここまでの規模の霊障は有史上なかったらしいけど」
「なにせ木星や土星、挙句は太陽まで蠢く肉の塊に見えてしまいますから」
「お、益尾のおっさん、買い物終わったのか。腹減った。なんかつくってくれ。とりあえず肉が食いたい」
「それでも肉が食べたいとは、育ち盛りですね。チキンカツでもよろしいですか?」
「私はミネラルウォーターで十分、ミントは今も食べてる最中だから、貴方たちだけの分だけでいいわ」
「そのミントさんは大丈夫なのですか、まだ眠ったままですけど」
その言葉の通り、村から帰ったときにはミントは眠り、それから一度も起きていない。ちなみに寝相は悪い。三日に一度はベッドから落ちている。それでも起きる気配は全くない。
「そうね。遅くとも一週間もあれば起きるでしょう。ようやくといったところね」
「一週間ですか」
具体的な時間を知らされたのは今回が初めてで、一週間以内に自分の身の振り方を決めなくてはならない。この世界に残るか、それとも、月跡達とともに別の世界に行くかどうか。
「まあ、考えることもないことです。私も連れて行ってくださいませんか?」
「よろしくてよ」「いいんじゃないか、ミントもそういうと思うぞ」
「そのとおりなお、おいちゃんも一緒に行くんだなお」
半透明のミントがドアを半分貫通して返答する。
「精神の一部分だけ目が覚めたなお。本体もすぐ目が覚めるなお。それにしてもおいちゃん判断が早いなお」
「村の恩もありますし、逆に村の無くなったこの世界に心を残すこともありませんから、どうぞご自由にしてください。さてちょっとチキンカツの作り方をAIに聞きますので少々失礼致します。」
ミント達が問題にしていた目的地の世界が大きい、従って、ミントたちの力が大きく減衰することに対しての答えは、世界の対消滅である。
ミントたちが新たに支配したこの世界を目的の世界とは正反対の存在にしてぶつけるというものである。単純に差し引きしてこの世界分、目標の世界は削がれることになり、ミントたちの力の減衰は小さくなる。
まあ、ミントたちも鬼ではないので、この惑星、地球から観測可能な範囲内の宇宙分は残す予定ではある。が、それ以外は全部消費するつもりでいる。
「仕方がないとはいえ、申し訳ないことをしたわ。ミント」
「いえいえ、骸薔薇様の勅命ならば、あの超越ド変態の力にこの身を浸すことぐらいなんでもありません」
ミントはカットグラスにミネラルウォーターを注ぎ月跡へと渡す。その色は血の赤ではなく透明に澄んだ本来の水の色である。
「完全に取り込めた様ね。存在置換も申し分ないわ」
満足げにグラスを眺める。
「そりゃそうですよ。骸薔薇様の願いをJacomusが拒否するはずもなし。この世界限定ですが、十分な権限を使用できます」
「あ、じゃあ、目的の世界で使えというのは無しです。そこまで超越ド変態にベッタリ縋るのは無理です」
月跡は両手でグラスを持ちコクリとミネラルウォーターを少しばかり飲むと
「では、ミントが目覚め次第、始めましょうか」
そして2日後の夜遅くミントが目覚めた。この日、この世界のほぼ全てが消滅する日である。
「よーし、さっさと対消滅を終わらせちゃうなお。長い旅もクライマックスに近づいているのを実感するなお」
「3、2、1、Ignitionなお!!」
ミントの言葉が終わると同時に世界が晴れやかに、清々しささえ感じるようになった。
「雲も水も何もかも元通りになったなお、つまりこの世界を浸食していた根は全て自燃して燃え尽きたなお。というか燃やしたなお。まあ見えないところはなくなってしまったけど、困ったときは、他の世界に行くんだぜなお」
とこの場にはいないけど必死に聞き耳をたてている方々に向かって『あとはご自由に』と説明する。
「んじゃ、おっさん、準備はいいか?」
「ええ、必要なものはスーツケースに準備しましたので、大丈夫ですよ」
「まあ、パスポートが必要なわけでもないし、秘境に探検に行くわけでもないしな」
「ならミント、向うの世界まで繋げて頂戴、今なら世界境界も崩れているでしょう?」
「ハイヨロコンデーなお」
同時に一面が霧に覆われる。とても赤黒い霧だ。『みちり、みちり』と不気味な音が四方から聞こえる。
益尾は周囲に誰もいないことを認識し、おそらくこの状況を作り出したミントに声をかけてみるが「ミントさん」と声を出したはずなのに自分にすら聞こえない。
とりあえず不気味な音、四方から聞こえるものの、より大きく聞こえる方へ進んでみる。
どのくらい歩いたのであろうか、時間の感覚が消失している。数を数えようにも何度も同じ数を数えたり、どうしても数えられない数があったりと上手くいかない。
そのうち、上下左右もよく分からなくなるが、『みちり』という音は大きくなってきている。「問題ないな」と自分にも聞こえない声を発し
「鋼メンタルなお。普通、メンタルやられるお」
いきなりミントから声をかけられる。
「ミントさん凄い状態ですが、痛くないのですか?」
ミントの四肢、五体と言わず五臓六腑がバラバラに裂け、そのばらけた身体を蔦や根のようなものが繋いでいる。
「慣れたもんなんだなお。そういうおいちゃんも慣れたもんなんだなお」
「ここまでの状況はありませんでしたが、あの村ではよくあることでしたから」
「まあ、おいちゃんを見つけたのでmission終了なお。目が覚めれば新たな世界が待ってるなお」




