第13話 村の名は瑚沼崎
村の名は瑚沼崎、そこに棲むものは皆、瑚沼崎の姓を持つ。
瑚沼崎辰野と幾つかのものは検問所に詰めていたが、監視塔の連絡が途絶えたため、車両止めを起動し、重機関銃を両手に持ち村へ続く一本道(村の周りは高さ15m、厚さ1mの強化コンクリート壁と複数の自律機関砲で守られている。村に入るためにはこの道しか選択肢はない)の左右に散開し敵を待つ。
大型トラック等の重量車両で突入してくるだろうと思われたが、1km先程を見ると軽ワンボックスが法定速度を守りながら向かってくる。
一瞬戸惑った辰野だが、その運転手を見ると、両手の重機関銃の引き金を躊躇うことなく引いた。1秒強で弾頭が軽ボックスの運転席に数10発着弾するものの、運転手は頭すら下げることなく、車を運転し続けている。ならばエンジンを狙い、運転席の下の車体に向けて発射する。と引き金を引いたところで辰野の意識は消失し、その意識が2度と戻ることはない。
辰野以外の幾つかのものも頭部を自ら持った重機関銃で吹き飛ばし崩れ落ちたところに、擲弾が降り注ぎ、首より下の身体も確実に破壊する。頭部のみの破壊ではいずれ息を吹き返す。此処に棲むものは皆そうである。
益尾もそうである。いや、15000ジュールを超える銃弾を浴びて無傷の益尾は、よりこの村を体現しているといってよい。いってよいが、その益尾はこの村に見切りをつけた。故にこの村に棲むものは皆、益尾を呪っている。呪っているが、益尾はより血が濃くより祖に近しい為に雑多の呪いなど、どうでもよかったのである。
「着きましたよ」
「おー、ここがおいちゃんの村かなお」
「戦える奴が結構いるな」
「ほたる。遊びに来たわけではないのよ」
「でも、ホントにいいのか?」
「構いませんよ、そも、この村は因習から逃れる為に逃げ出したものがつくった村。そこで因習が蔓延るなど本末転倒。血のせいにしたくはないのですが、もう限界でしょう」
「んじゃ、早速やるんだなお。逃げ道は塞がなくてもいいのかなお?」
「ここにしか出入り口はありません。あの壁も外へ逃げ出せないようにするのが本来の目的です。見えるでしょう?砲は外を向いていますが、狙撃銃は中に向いています。で、よく使われるのは狙撃銃のほうですよ」
「なんか楽しくなってきちゃった。そういう場所もあるんだよね。」
「村にしてはやけに大きな診療所に、外科も内科もないのに何故か産婦人科だけはありますが、正直お勧めしません。『もう既に』ということです。」
「うぇ~なお、さっさと仕事して帰るんだなお」
云い終わると緑羽の両翼を広げさらに広げさらに広げる。羽のふちが明確な外周を持たなくなり網目状の蔦となる。つたの網に綻びが生じ、解けた蔦が幾十万を超えたところで一気に村に棲む者たちへ寄生しようと天から襲い掛かる。
「あっけなかったね。やっぱり仕事だとミントはまじめだね」
「再構成が進んだからかしら、ほたる、貴方、少し血気が多くてよ」
「そーかなー、自覚はないんだけどなー。それでこれからどうなるの?」
「あのド変態の本体の一部を呼ぶのよ。ほたる、瑚沼崎、早く私の傍に来なさい。」
月跡は二人を呼ぶと周囲に火の粉を散し、結界を張る。
「そろそろ来るわ」
一面の空が変容する。脈打つ内臓、肉、血管それらに根を張る巨大な黒い肉の塊。
黒い肉の雨が降る
始まりは霧のように、次は小雨のように、次は雨のように『さあさあ』と『ざあざあ』、 『ぼとぼと』と次第に強く大きく、塵から頭ほどの塊で
「大丈夫よ。この結界は、醉妖花さまのもの。なにものも汚すことはできないわ」
「でもすっかり埋まっちゃったけど。正直この謎肉に係わりたくないんだけど、それはそうとして、おっさんどうした」
「大丈夫よ。瑚沼崎、ただこの世が喰われるだけ。それよりも『あなた方』の対応の方が問題よ」
「といいますと?」
「さっきかなー、肉の空になったとき、潜水艦からミサイル24発が発射されたんだよね。ほぼ断言するけど。熱核生成贄対消滅弾だよねアレ。大体、60,000,000人程即死するんじゃじゃないかな」
「此処にも1発落ちるわね。でも最初に言った通りこの結界が侵されることはなくてよ。」
「・・・消えてほしかったのはこの村だけなのですが」
「そういうことなら、ミント?」
「はぁいなお〜(⋈◍>◡<◍)。✧♡
黒い肉の壁に穴が開き、ずるりと黒い肉をまとったミントが結界の外に現れる。
「酔ってるわねミント、この世界はノキのものとなったわ。つまりこれから死ぬ60,000,000の人間はノキのもの。ノキのものが勝手に生きたり死んだりしてはいけないわよね。」
「そのとぉりなお〜(⋈◍>◡<◍)。✧♡
「じゃあ何とかしてくれ、おっさんも困ってる」
「OknaO~(⋈◍>◡<◍)。✧♡
肉の空がひときわ大きく波打ち、永久尽界の結界が実体化する。実体化してもそれはこの世界の理に従うものではない。逆に実体化した永久尽界の結界にこの世の理が遵う。
この世界はノキに侵蝕された故、発射された24発のミサイルは巨大なフランスパンになり大気圏再突入で2度目のこんがりトースト、メイラード反応でとってもおいしい。黒い肉の空はご満悦だ。
それから2カ月世界は何事もなかったかのようにいつも通りあちらこちらで悲劇が起こっている。通常運転だ。が、解るものには解かっただろう。最早世界は滅び。我々は亡ぼすものの器官となったことを。
それでも変わらず、区街は苦害となり。市街は死骸となり。瑚沼崎は頭を抱えている。何も変わらず、いつもどおりである。




