第12話 十分ですよ
区街は苦害となった。市街は死骸となった。いつものことではある。が、今回ばかりは瑚沼崎も頭を抱えた。ああ、と『みつらぼし』の災厄が無かったころの日常。ありし日々のことを振り返る。が、しかし、しかしだ、あのまま人身売買の下っ端として生きるよりも、今の方が飯がうまいのではないか。タバコを一日一箱(三千円する)飲むのを止め、酒は飲める方だったが、飲酒も控えるようになった。ミネラルウォーターなんぞと嗤っていたが、よく飲むようになった。食生活も見直し、一日350gの野菜を食べ
現実は非情である。
「おっさん。仕事終わったぞ。次の仕事は何だ?」
過去の仕事で良く着せたような服装の幼女、見た目の年のころは7歳、良く扱った年頃の幼女である。ただし、容姿は特上の客の秘蔵コレクションが塵となるような美しい容姿、褐色の肌に白銀の髪、左右異なる瞳の色をしている。
「えー、十分、稼いだなお。後はゆっくり昼寝だお。」
こちらは中華風とも日本風とも、あるいは混ぜ合わせた服装の幼女、10歳まではいかない、おそらく9歳、黒目黒髪の容姿は言わずもがな。AIで出力させようとすればデータセンターが丸ごと必要になるだろう。
「それにしても、のどが渇いたわ」
一番やばい。先の二人はまだ生きている。といえる。つまり生き物の範疇だが、これは生き物とは思えない。無二の天才が「美しさ」だけを人形にした、5歳程の見た目の西洋人形。見れば必ず死を連想する呪いの人形だ。
「瑚沼崎、何か失礼なことを考えてなくて?」
「私は何も、誓って何も考えてございません!」
「おー無我の境地なお。意外と簡単に到達できるものなお」
「急ぎの仕事はないのか。じゃあ、駐屯地へ行くか」
「それだけは、ご勘弁いただきたく、何卒、何卒、お願い申し上げます」
「わーかったよ。来るのを待てばいいんだろ」
「その通りでございます」
が、来ることはないだろうと瑚沼崎は考えている。その国家における最大の暴力機関が敗北することの意味を考えれば。そう考えざるを得ないほど、敗北が可能性として無視できぬほど大きいのであれば。まして、手を出さなければ偶に市街一つ吹き飛ばす程度であればこそ。
「でも陰陽庁や仏教庁それと神道庁には興味があるなお」
「私はのどが渇いたわ」
「ただ今お飲み物を用意いたします」
瑚沼崎はワインセラーに保存しておいたミネラルウォーターとシングルモルトの愛飲家ですら頷かせる特注の氷を準備し、アンティークのカットグラスに注ぎ入れ、可能な限り迅速に、かつ丁寧に月跡に渡す。
「はは、優先順位わかっているじゃないか」
もう仕事はいいのかほたるはソファに寝そべる。
ミントは苦笑いしながら
「まあ、死を回避する本能と云ったところでしょうか」
もう一つのソファに寝そべる。昼寝をするらしい。月跡はこくこくとミネラルウォーターを飲んでいる。瑚沼崎は疲れ果てたのかキッチンにおいてある椅子に倒れこんでいる。
「この三ヶ月間は色々あったよなーで済むけれどこれからどうするんだ?」
「うーむ、懸案を片づけなければ、昼寝もおちおちできないなお?」
「懸案事項は大きく二つね。一つはここは私たちの世界ではないため十全に能力を発揮できない。思ったより大きな世界だわ。もう一つは目的地はさらに大きな世界ということよ」
「出力が足りなくて目的地に到達できない。出来てもさらに能力が落ちるということなお」
「二つ目はともかく一つ目は何とかなるんじゃないのか?ミントがいるし」
「そそそそれれrエははどうぢいうことでsyyつおうka?」
「だってミントはあのド変態の眷属じゃん。繋がってるはずだよな」
「あくぇrtghy呪以子ldv知恵PSHtjo違@¥・。、mjkl江jh@rア@vkア@おrp
「セクシャルハラスメント。気をつけなさい、ほたる、センシティブなことなのよ」
「まあ、確かにあの変態と、その、アレになっていることは、反省する。悪かった」
「ミントもしっかりなさい。女が廃るわよ」
瑚沼崎益尾はそんな話を聞きながら「俺殺されるのかなー」と呟くが
「おっさん、贄が必要だ。質はいらないが、量がいる。何か伝手ないの?」
その言葉に故郷の村を思い出す。映画やゲームに出てきそうな因習の残る村だ。もちろん善人もいる。が、これも彼らの御神の導きかもしれない。
「ほたるさん、心当たりが一つあります。私が生まれ育った村です。住んでいるものは三千ほどですが、足りるでしょうか?」
ほたるは片眉を少し上げる。
「故郷の村か。ま、おっさんが良ければそれでよいか。ミント、贄は足りるか?」
いつの間にかウイスキーをビンから直飲みしていたミントだが
「益尾のおいちゃんの発生源と考えれば、十分なお。くんちゃんも駐屯地より楽しめるんじゃないかなお」
「決まりね。さて瑚沼崎、故はあるのだろうけれど己の故郷を差し出すのだから、それなりの対価があってしかるべきよ」
瑚沼崎は少し困った表情を暫しみせたが
「あの村がなくなるだけで、十分ですよ」




