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「お母様は悪役令嬢」  作者: 輝く泥だんご
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第121話 『英雄が盾となり、少女が祈り、太母が眠る』


 紫星城、作戦司令室。


 そこには、いつものような黄金の茶器はなく、ただ冷徹な数字と、絶望的な未来予測図だけが浮かんでいた。


「……整理しましょう、ドミニエフ会長」

 ノキ=シッソは、眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら、氷のような声で言った。

「現在、我々が直面している『亡霊花ヶ本体』との交戦シミュレーション。……勝率は?」


 ドミニエフは、脂汗で濡れた手で魔法金の杖を握りしめ、呻くように答えた。

「ゼロ……ですな。0.0000……以下、計測不能。今の醉妖花様の『器』では、あの規模の『死』を飲み込もうとした瞬間、逆に内側から破裂します。これは、戦い以前の問題ですぞ彡 ⌒ ミ✨」


「ええ。今のままでは、我々はただの『餌』です」

 

 ノキは淡々と肯定し、別のモニターを弾き出した。


「勝機を生み出す条件は二つ。一つは、醉妖花様が骸薔薇様の記憶と力を完全に統合し、真の『太母』として覚醒すること。……しかし、これには膨大な『時間』が必要です。彼女の精神こころを一度砕き、再構築するほどの時間が」


 「そしてもう一つは、その時間を稼ぐための『絶対的な盾』と『矛』。すなわち、Arcane Genesis教団の全技術体系の掌握です」


 ノキは、Arcane Genesisの本拠地を示す座標を指した。


「こちらの攻略……ヴィクター・フェイザー殿による教団奪還の成功率。こちらの算定は?」


「……ハイパーレバレッジを全開にしても、せいぜい『五分五分』といったところでしょうな彡 ⌒ ミ✨」


 ドミニエフの顔に、悲壮な決意と、それ以上の狂気的な笑みが浮かぶ。

「しかし、この『五分』を通さねば、対亡霊花ヶ戦のテーブルにすら着けない! まさに、運命の入場料アンティですぞ!彡 ⌒ ミ✨」


「結構。では、賭け金を積みましょう」

ノキは通信機を手に取った。


「ヴィクター殿。……貴方の『家』が、貴方を待っていますよ」

宇宙空間。Arcane Genesis教団の絶対防衛圏。

数百億隻の艦隊が展開する死の海に、たった一機の漆黒の機体『False Harbinger』が現れた。

それは、自殺行為に見えた。だが、その背後には、GoldenRaspberry教団が掌握した全宇宙のネットワーク回線が、目に見えない「援護射撃」として接続されていた。


『――警告。識別信号A7。直ちに停止せよ――』

現支配層「ご婦人方」からの無機質な警告。


ヴィクターは、コックピットの中で静かに目を閉じていた。

彼の脳裏には、ノキから渡された「真実」――教団創設時の極秘データが焼き付いている。

「……私は、封印されるべき災厄ではなかった」

 彼は、自らの魂に刻まれた「解除コード」の意味を噛み締める。


 それは、彼を縛る鎖の鍵ではない。彼が「正しき心」を持った時、教団の全てを彼に託すための「認証コード」だったのだ。


「行くぞ。……母たち(創設者)の意志を、継ぎにいく」

『False Harbinger』が加速する。

敵艦隊が一斉に火を噴く。だが、その瞬間、ドミニエフの仕掛けた「情報爆弾」が炸裂した。


 全艦隊の情報機器に最優先通信としてセキュリティに拒絶されることなく受信され、一つの「遺言」が再生される。


『――未来の同胞たちへ。もし、この映像が流れているのなら、それは我々が道を見失った時でしょう――』

映し出されたのは、数十億年前の教団創設者たちの姿。彼女たちは、幼き日のヴィクター(の培養槽)を慈しむように見つめ、語りかけていた。

『――Arcane Genesisは、技術の探求のために作られたのではありません。この子……ヴィクターを守るために作られたのです。彼が持つ力は、世界を滅ぼすものではない。いつか訪れる「虚無」から、世界を守るための最後の希望なのです――』


戦場の空気が、凍りついた。


 最前線の兵士(Dranker)たちにとって、自分たちが守るべき教義の根幹が、ひっくり返されたのだ。自分たちが「処分」しようとしている対象こそが、この組織が存在する「理由」そのものだったのだと。


『――嘘よ! それは捏造データよ! A7を撃ちなさい!――』


 現在の支配者『ご婦人方』の金切り声が響く。しかし、その声にはもはや威厳はなく、保身の醜さだけが滲んでいた。

 そして何よりも『ご婦人方』すらその通信を断ち切れなかったことが『通信の正しさを保証』していた。


 ヴィクターは、弾幕の中を、シールドすら展開せずに進む。


彼は撃ち返さない。


 彼に向けて放たれたビームを、機体の制御だけで紙一重で回避し、あるいは「虚無」の力で相殺する。

「私は、誰も殺さない。……貴殿らは、私が守るべき『家族』だからだ」

その姿は、雄弁だった。


どんな言葉よりも強く、彼が「災厄」ではなく「守護者」であることを証明していた。


「……クソッ、撃てるわけねぇだろ!」

一隻の旗艦が、主砲のエネルギーをカットした。

「俺たちは、何のために戦ってきたんだ! あの人を……俺たちの英雄を殺すためか!?」


その叫びは、燎原の火のごとく広がった。


 Arankerの3分の1どころではない。真実を知り、ヴィクターの背中を見てきた兵士たちが、銃を下ろした。

 そして、誰かが、投光器サーチライトをヴィクターへと向けた。


 それは照準ではない。


 王の帰還を照らす、道標の光。


「道を開けろッ!! 我らがオリジンのお帰りだ!!」

 敵意の壁が割れ、光の道ができる。

 ヴィクターは、その道を、静かに、しかし堂々と進んでいく。

 コックピットの向こうでは、涙を流しながら敬礼する兵士たちの姿があった。


 「……ただいま」

 

 彼が教団最深部の聖櫃に触れた瞬間、「ご婦人方」による歪んだ支配コードは霧散し、正統なる管理者権限がヴィクターへと戻った。


 紫星城、作戦司令室。


「……勝率50%の賭け、勝ちましたな彡 ⌒ ミ✨」


 ドミニエフは、安堵のため息と共に、椅子に深く沈み込んだ。


「これで、Arcane Genesisの技術力は我々のものです。……ですが、本当の地獄はこれからですぞ彡 ⌒ ミ✨」

 ドミニエフは、モニターを切り替えた。


 映し出されたのは、遥か彼方の宇宙空間。


 そこには、星々を背景にしてもなお巨大すぎる、絶望的な「影」が蠢いていた。

 

 亡霊花ヶ本体。

 

 その進行速度は遅い。しかし、その質量と概念強度は、近づくもの全てを「死」へと変える絶対的な領域を広げながら、確実に紫星城へと迫っていた。


 「……到着まで、推定三ヶ月」

 ノキが、死刑宣告のように呟く。

「たった三ヶ月で、醉妖花様を『完成』させ、そして、あの化け物を迎え撃つための軍勢を整えなければなりません」


「三ヶ月……! 短すぎますぞ! 醉妖花様の統合には、最低でも半年はかかると……!彡 ⌒ ミ✨」

ドミニエフが悲鳴を上げる。


「ええ。ですから、『時間』を作るのです」

ノキは、帰還したばかりのヴィクターとの回線を開いた。


『――聞こえるか、ノキ=シッソ』

ヴィクターの声には、もはや迷いはない。英雄としての確固たる響きがあった。

『状況は把握している。亡霊花ヶの侵攻速度を、物理的・概念的に遅延させる必要があるのだろう』

「ご明察です。……できますか?」


『肯定する。Arcane Genesisの全艦隊、及び全リレイフレームを展開し、多重の「時空断層」を形成する。敵を倒すことはできないが、その歩みを泥沼のごとく遅くすることは可能だ』

ヴィクターは、即座に答えた。

『私が、最前線で指揮を執る。……醉妖花が目覚めるその時まで、一歩も通しはしない』

それは、絶望的な持久戦の宣言だった。


ノキは、深く頷いた。

「頼みましたよ、お兄様。……そして、私たちも動きます」

ノキは振り返り、控えていたサフランたち「百薬」、そしてドミニエフたち「友の会」、さらに転送されてきた塔道築教の施工僧たちに向かって、冷徹に言い放った。


「これより、紫星城全域を、対・亡霊花ヶ用『捕食プラント』へと改造します」


「GoldenRaspberryの資金で資材を買い占め、塔道築の生産力で城塞を拡張し、Arcane Genesisの技術で『対・概念兵器』を量産する」


「醉妖花様が目覚めた瞬間、最高の『食事』を提供できるよう、この星系そのものを『皿』に作り変えるのです!」


「……狂気の沙汰ですな」

ドミニエフは、震える手で杖を握り直した。


「だが、乗った! 全財産、全技術、全ツッパだ!! 地獄のデスマーチの開始ですぞおおおおおッ!!彡 ⌒ ミ✨」


 一方、紫星城の最奥、「開かずの間」。

 

 そこには、巨大な薔薇の蕾のような「繭」が鎮座していた。


 その中で、醉妖花は眠っていた。


 骸薔薇の記憶、亡霊花ヶの一部、そして自らの太母としての本能。それらが激しく混ざり合い、彼女の自我を一度粉々に砕き、より高次な存在へと再構築していく。


 その繭の傍らで、ローラは一人、静かに座っていた。

 

 植物化から回復した彼女の手には、ヴィクターから預かった通信機が握られている。


 『――ローラ殿。私は、必ず帰る』

 通信機から、ノイズ交じりのヴィクターの声が届く。彼は今、宇宙の果てで、迫りくる「死」をその身一つで受け止めているのだ。


「待ってるわ、ヴィクター」


 ローラは、繭にそっと触れた。


「醉も、頑張っている。……だから、私も」


 彼女の瞳が、瑠璃色に輝く。


 彼女は「観測」し続けていた。ヴィクターが耐え抜く未来を。醉妖花が覚醒する未来を。そして、全員で勝利する未来を。


 その「観測」だけが、薄氷の上の均衡を支える、最後の希望だった。

 

 三大勢力が統合され、英雄が盾となり、少女が祈り、太母が眠る。


 亡霊花ヶという絶対的な「死」が到着するまでの、短くも濃密な「猶予モラトリアム」。


 それは、新たな神話が生まれるための、苦しくも熱い、胎動の時間であった。


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