第100話 『推し活支援プラン』
帝都直通高速転移陣の黄金色の光が、宇宙空間に壮麗な道筋を描く。その道を通って、一隻の、しかしGoldenRaspberry教の国富を傾けたとも噂される超豪華宇宙戦艦――『ゴールデン・ラズベリー・タワーMAX』が、静かにArcane Genesis教の勢力圏へと到達した。
その艦橋に、何の前触れもなく、十二体の、磨き上げられた水晶で造られたかのような人型のアバターが、円環を描くようにして出現した。彼女たちの姿は完全に同一で、表情もなく、その非生命的なまでの完璧な造形美が、逆に神々しいまでの存在感を放っていた。
「ハイパーレバレッジ全ツッパ友の会」会長、ドミニエフは、その光景を前にしても、手にしていたヴィンテージの宇宙ワインを揺らすこともなく、ただ悠然と微笑んでいた。
”…面白い船ね。趣味は悪いけど、金のかけ方だけは一流だわ”
アイオライト・シータの、品定めするような思念が、ブリッジに静かに響いた。
「これはこれは、Arcane Genesis教のoverranker、『Quartz Gestalt』の皆様。ようこそ、我が『ゴールデン・ラズベリー・タワーMAX』へ。この船の内装がお気に召さぬようでしたら、今すぐ改装工事の発注をいたしますぞ彡 ⌒ ミ✨」
ドミニエフは、全く悪びれずに応じた。
”話が早くて助かるわ”
セレナイト・ガンマが、リーダー格として本題を切り出す。
”単刀直入に言う。先日、我らが評議会にて、調査官ヴィクター・フェイザーの喚問が行われた”
”ヴィクターったら、もう、すっごくかっこよくて!”
カーネリアン・アルファの、はしゃいだ思念が割り込む。
”…そう。そして、その結果として、アメシストの『同担拒否』問題が再燃し、我々姉妹の間で、今後のヴィクターへの『推し活』の方針をどうするか、解釈が分かれ、あわや内部抗争にまで発展しかけた。という、極めて重要かつ緊急性の高いかつ危険なことがあったのだ”
セレナイト・ガンマが、極めて真剣な口調で続けた。
「なるほど」
ドミニエフは、ただ一言、深く頷いた。その瞳には、一切の呆れも困惑もない。むしろ、目の前の存在たちが、醉妖花という規格外の存在と渡り合ったヴィクター・フェイザーに極めて近しい存在であることを再認識し、その異常なまでの価値観に、深い納得と、そして新たなビジネスチャンスを見出していた。
”でね、その会議が長引いちゃって…”
ローズクォーツ・イプシロンが、申し訳なさそうに補足する。
”そう。したがって、貴殿ら『ハイパーレバレッジ全ツッパ友の会』は、議題にのぼらなかった故に、扱いも決まっていない”
セレナイト・ガンマが、最終的な結論を告げた。
「ふむ…。食肉加工場へ直行も困りますが、畜舎もなく野ざらしというのも、まあ、『ゴールデン・ラズベリー・タワーMAX』がありますが、とりあえず職安はありますかな?」
ドミニエフは、全く動揺を見せず、飄々と尋ね返した。そして、彼は勝負に出た。
「その前に、皆様。よろしければ、皆様の尊き『推し活』に、我ら『友の会』が、スポンサーとして出資させていただく、というのはいかがですかな?彡 ⌒ ミ✨」
その、あまりにも突飛な提案に、今度はQuartz Gestaltたちの思念が、一瞬だけ静止した。
「例えば…」
ドミニエフは、指を折りながら、投資家に訴えるスタートアップのように冷静さと情熱をもって語り始めた。
「亡霊鏡教を除く、現存する全ての4大宗教の主要ネットワークを我らが買収。そこで、ヴィクター調査官殿の輝かしき活躍シーン集を、72時間、ノンストップで一挙放送するのです!もちろん一挙放送後も継続してヴィクター調査官殿の活躍を継続して放映いたしますぞ!彡 ⌒ ミ✨」
ブリッジにいたリチェードとロドニーが、その壮大すぎる計画に、思わずワインを噴き出しそうになるのを必死でこらえる。
「無論、ただ放送するだけでは芸がありませぬ。視聴者には、もれなく『必ずもらえる!ヴィクター様・公式レプリカヘルメット』や『これを飾ればあなたもハービンジャー!通常戦闘モード1/1スケール・リレイフレーム(サイン入り)』といった、豪華特典をもれなくプレゼント! その費用、広報戦略、物流網の構築に至るまで、全て我らが『友の会』が請け負いますぞ! これぞ、全宇宙規模での『ヴィクター様・認知度向上キャンペーン』! 皆様の『推し』を、宇宙の『共通言語』へと昇華させる、壮大なる布教事業ですな!彡 ⌒ ミ✨」
その、狂気の沙汰としか思えない、しかしヴィクターの推し活支援プランとしては完璧に計算され尽くした提案に、今度はQuartz Gestaltたちのアバターが一斉に、最大級の輝きを放った。
”なんですって!? それ、最高じゃない!?”
カーネリアン・アルファの、歓喜に満ちた思念が響く。
”…面白い提案ね。費用対効果を度外視した、狂気の沙汰だけど。でも、嫌いじゃないわ”
アイオライト・シータが、冷静な分析を放棄し、純粋な興味を示している。
”…資金…。それがあれば、ヴィクターさんのための、もっと高性能なサポートドローンを開発できるかもしれません…”
ローズクォーツ・イプシロンが、可能性を探り始める。
”でも、そんなことしたら、びくたーが、もっとみんなのものになっちゃうじゃない! いやなのー! …でも、グッズはほしいのー!”
今度はアメシスト・ミューの、葛藤に満ちた悲鳴が響き渡った。
”話が危険な領域に戻ってきたので、先の質問に答えておこう。職安はある。が、男子は皆、リレイフレームと同調し、兵士となる”
ガーネット・パイの、実直で、有無を言わせぬ思念が、姉妹たちの会話を断ち切るように響いた。
「むー、それならば、『友の会旅団』を立ち上げますぞ彡 ⌒ ミ✨」
ドミニエフは、即座に決断した。
「我らは我らのやり方で、貴殿らの『ゲーム』に参加させていただこう。無論、その戦果は、我々の『投資』に見合うだけの『リターン』を要求させていただく彡 ⌒ ミ✨」
”…好きにしろ。どうせすぐに塵になる”
ジェット・カッパが、ぼそりと呟いた。
”あら、面白そうじゃない? どんな戦い方をするのかしら。期待しているわよ、ハゲタカの団長さん?”
リゼビア・リゼビアのものであるはずの、享楽的な思念が、なぜかオパール・オメガのアバターから発せられた。
”…是。提案全てを許可する。戦果はデータの提出で十分だ。それよりも何よりも、『推し活支援プラン』を完璧に、滞りなく実行せよ”
最後に、それまで沈黙を守っていたダイヤモンド・カイの、絶対的な響きを持つ思念が、この奇妙な交渉の終わりを告げた。
水晶の人型アバターたちが、来た時と同じように、静かに消え去る。
後に残されたブリッジで、ドミニエフは、魔法金の杖を握りしめ、その顔に獰猛な笑みを浮かべていた。
「聞いたか、諸君! Arcane Genesis教の正規軍とは別に、我々独自の『旅団』を編成する! そして、ヴィクター調査官への、宇宙規模の『スポンサーシップ』という、最高のパイプラインも確保した! 我らが『ハイパーレバレッジ』を、戦場と推し活、両方の『市場』で、存分に振るう時が来たのだ!彡 ⌒ ミ✨」
こうして、Arcane Genesis教の正規軍とは全く異なる指揮系統と行動原理を持つ、異端の傭兵旅団「友の会旅団」が誕生した。
彼らは、戦場においては、その潤沢すぎる資金力で最新鋭のリレイフレームを魔改造し、他の全部隊が撤退するような戦線崩壊寸前の、破滅確率が最も高く、それ故に彼らの本質『ハイパーレバレッジ』が最大に効く「限界ギリギリの戦域」を意図的に選び出し、そこに全戦力を「全ツッパ」するという、前代未聞の戦術で、亡霊鏡教との戦線を破竹の勢いで突き進んでいった。
そして、その裏で、彼らの真の戦いは、より静かに、しかし遥かに狡猾に進められていた。
ダイヤモンド・カイとの約束――『推し活支援プラン』の完璧な実行のため、ドミニエフは、亡霊鏡教を除く全ての主要ネットワークを掌握すべく、熾烈な情報戦と経済戦を開始した。
塔道築教とGoldenRaspberry教の重鎮たちには、天文学的な額の賄賂が送られ、抵抗する者たちには「対亡霊鏡教に団結せず自己の保身を図る、内なる敵」という陰謀論が流布された。
雇い主であるArcane Genesis教のネットワークに対しては、正面からの買収が不可能と見るや、ビクター寄りのrankerk達を含む天才的なハッカーやその集団を雇い、評議会の承認システムを欺くハッキングによって放送権限の一部を奪取。
そして、戦乱で疲弊したCrimsonSand教に対しては、「復興支援」という名の、あまりにも甘美な経済的従属パッケージを提示し、そのネットワークを事実上傘下に収めた。利帝国については言わずもがな「確かにローラの情報が」と淵晶帝に情報をちらつかせた。
最終的には、それらの既成事実を背景に、主要ネットワークの買収を合法化するための放送法改正を、各教団の議会に強引に可決させてしまったのである。
物理的な戦場であれ、情報や経済の市場であれ、彼らが一度「全ツッパ」を宣言した領域は、敵対勢力、既存の秩序、果ては倫理や法体系に至るまで、その全てが根こそぎ食い尽くされ、後には彼らの利益となる新たなシステムと、利用価値のない焦土だけが残された。
その様は、あまりにも非人道的で、そしてあまりにも美しかったため、後にこの一件で被害にあった者たちは、利益を得たものも含め、畏怖を込めて彼らを「黄金のイナゴの群れ(ゴールデン・ローカスト・スワーム)」と呼ぶことになるのだが、それはまた、別の話である。




