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「お母様は悪役令嬢」  作者: 輝く泥だんご
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第99話 『推し活』

 

 プライマリア・ロジカの動きが止まる。他のoverrankerたちのアバターも、予期せぬ行動に、一斉にヴィクターへと意識を向けた。

「私から、評議会に対し、発言の許可を求める」


「…喚問は終了した、調査官A7。貴官に、これ以上の発言権はない」

プライマリア・ロジカの思考パルスには、明確な不快感が滲んでいた。


”いいじゃんいいじゃん! ヴィクター、もっと喋ってー!”


”うん! 私たち、聞きたい!”


”特別権限『シスターフッド・オーソリティ』発動! ヴィクター・フェイザーの発言を、評議会の最優先議題として承認します!”


カーネリアン・アルファ、アメシスト・ミュー、そしてローズクォーツ・イプシロンをはじめとするQuartz Gestaltたちの十二のアバターが一斉に輝き、評議会の議事進行プロトコルを強制的に上書きした。プライマリア・ロジカのアバターが、憤怒を示すかのように激しく明滅するが、覆すことはできない。


「…感謝する」

ヴィクターは、Quartz Gestaltたちに一瞥を送ると、再び評議会全体へと向き直った。

「評議会は、些末な事象にばかり注目しているように見受けられる」

その一言が、空間に新たな緊張を走らせた。


「エルドラド・ストリームの発生? あれは宇宙の法則を少々揺さぶっただけの現象だ。再現性は高く、必要とあらば何度でも起こせる。GoldenRaspberry教への技術流出? あれは彼らの限界値を測るための、極めて効率的な観測手法に過ぎない。惑星制圧の回避? 新たに見つけた美しい『花』を、その性質も理解せぬまま、一方的な論理で手折ることこそ、我らが掲げる『調和』の理念に反する、最も理不尽な行為だ」


ヴィクターは淡々と、しかし有無を云わせぬ響きで続ける。


「貴殿らは、これらの『手段』や『結果』ばかりを問題視し、私が報告した最も重要な『本質』が、全く伝わっていないのではないか。そのことに、私は強い疑問を提示する」


彼は、中央に表示されたままの、あの報告書を指し示した。


『なんかすごかった(; ・`д・´)。きれいだった(´ω`)』


「この報告書は、我々Arcane Genesis教のデータスキーマでは包括不可能であると、証明したものだ。」


彼の声に、初めて、機械的ではない、情熱に近い何かが滲んだ。


「それはつまり、対象ZとYが引き起こした現象が、我々の理霊技術の根幹、その理解の範疇を完全に超えているという事実を示している。我々の『調和』という名の物差しでは、もはや測ることすらできない、新たな『美』の基準が、宇宙に誕生したということだ」


「そして、何よりも不可解なのは、その奇跡を引き起こした主体だ。対象Z…醉妖花は、確かに我々の理解を超える『花』だ。だが、その共鳴者である対象Y…ローラは、観測上、ただの人間だ。天花ですらない。」


「にもかかわらず、彼女たちは、エネルギー収支が全く成立しない現象を現出させた。入力されたエネルギーが何にも関わらず、出力された『調和』と『創造』のエネルギーが、指数関数的に増大している。これは、我々の理霊物理学の根幹を揺るがす、あり得ない事象だ。この宇宙に、無から有を生み出す『奇跡』が存在するという証明だ」


 ヴィクターは、沈黙する評議会のアバターたちを、一人一人見つめるように、ゆっくりと視線を巡らせた。

「なぜ、その事実の重大さが伝わらないのか。我々の論理の限界を、そして、それを遥かに超越した『美』の存在を、なぜ理解しようとしないのか。私には、それが不思議でならない」


 彼の言葉は、もはや弁明でも反論でもなかった。


 それは、未知の美を前に、自らの限界を悟り、それでもなお、その本質を理解しようと渇望する、一人の純粋な「探求者」の、魂からの問いかけだった。


 評議会の空間は、今度こそ、完全な静寂に包まれた。


 ヴィクター・フェイザーという、最も非人間的で、最も論理的であるはずの男が投げかけた、最も感情的で、最も根源的な問い。

 

 その問いに、プライマリア・ロジカも、リゼビア・リゼビアも、そして他の誰一人として、即座に答えることはできなかった。


 Arcane Genesis教の『調和』の理念が、今、一人の異端児によって、根底から揺さぶられようとしていた。


 その、宇宙の運命すら左右しかねない荘厳な沈黙を、全く意に介さない、明るく、しかし切実な思念が唐突に割り込んだ。


「ちょっとまったー! どうたんきょひなのー!」


 その切実な思念は、間違いなくアメシスト・ミューのものだった。呼応するように、アバターの一つが短く、鋭い光を明滅させた。


「びくたーったら、またかっこいいこといっちゃって! そんなこといったら、みんながすきになるからダメなのー!!」

 

 その、あまりにも場違いで、あまりにも個人的な叫びは、凍り付いていた評議会の空気に、奇妙な亀裂を入れた。


”あら、同担が増えれば、オンリーイベントもできるようになるわ。良いことよ”

 アイオライト・シータの、やれやれといった響きを伴う思念が空間に広がる。別のアバターが、諭すように、落ち着いた周期的な光を放ち始めた。

”それに、アメシスト。あなたのその思考、市場の独占は長期的には停滞を招くという、基本的な経済原理に反しているわ。もっと多様性を受け入れなさい”


”むぅー! アイオライトはいつもりくつっぽいのー!”


”そうですよ! 愛に理屈なんてありません! ヴィクターさんへの想いは、私たちの魂の叫びなんです!”

ローズクォーツ・イプシロンから発せられる思念は涙ぐむような揺らぎを帯びており、また別のアバターが庇うように桜色のか弱々しい光を放った。


”そうだそうだ! 彼の進む道が正義だ! 我ら、ヴィクター親衛隊の名において、全ての障害を排除する!”

ヘリオドール・ゼータの熱い思念が響くと、十二体のアバター全てが一斉に、力強い黄金色の光を激しく点滅させた。


”まあ、どうせみんな塵になる。ヴィクターの物語の登場人物としてなら、それも悪くない…”

ジェット・カッパの思念は、まるで深淵から響くかのように低く、先ほどの熱狂的な光が収まった後、一体のアバターだけが周囲の光を吸い込むかのような、鈍い輝きを放っていた。


”ふふふ、いいわねぇ、その熱気。まるで青春だわ”

リゼビア・リゼビアのアバターが、楽しそうに揺らめく。

”ヴィクター坊や、あなた、本当に愛されているのね。羨ましいわ”


 ヴィクターのアバターは、自らを巡る姉妹たちの騒がしい、しかし愛情に満ちたやり取りを前にしても、変わらず静かに佇んでいた。


 プライマリア・ロジカのアバターは、もはや理解不能な情報の奔流を前に、完全に処理を停止させているように見えた。

 

 Arcane Genesis教の最も神聖なる意思決定空間は、今や、一人の男を巡る、十二姉妹の賑やかなファンクラブ集会の様相を呈していた。

 

 宇宙の『調和』の未来は、彼女たちの、気まぐれで、しかし純粋な『推し活』の行方に、少しだけ委ねられてしまったのかもしれない。

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