第九話 なかなか進まない仲、侍女と黒猫獣人の画策
黒幕の第二王子はボロボロにやられた後、離宮での幽閉処分になり、事件は片付いた。
ガット男爵家が実在しないことが公にされ、男爵令嬢の肩書きを失った彼女は、ビアトリクスに拾われるような形で侍女に抜擢された。
ネーロを手元で飼うことにした理由はビアトリクスの完全なる気まぐれである。もちろん魔族の娘である彼女への風当たりは強いが、アデリナはネーロをすぐに気に入り仲良くするようになったし大丈夫だろう。
そうして全て丸く収まり、ミュリオとの関係も改善される……と思われたのだが。
それから数日経ってもビアトリクスとミュリオとの仲は全く進展しないし、気まずさが残ったままだった。
普段は傲慢で尊大なビアトリクスだが、色恋沙汰にだけめっきり弱かった。
愛しているとまで言わずとも好意を抱いていることをきちんと伝えればいいのに、口から出るのは一聞すると見下しているように聞こえる言葉ばかり。端的に言えば、恋に素直になれないのである。
膠着状態が続く彼らを側から眺める者……特にネーロはやるせない気持ちでいっぱいだった。
ミュリオはビアトリクスの態度が変化したのを察知して嫌われたのかと疑い、距離を測り兼ねている様子だ。どうしてもっと押していかないのだろうか。そんな弱気でいいのか。
「こんなのじゃわたしが負けた意味がないじゃない」
元々、彼女は第二王子の命令でミュリオを狙っていただけで、彼に気があるわけではない。
でも何というか、釈然としないのだ。ネーロの魅了の術に心の奥底まで屈しなかったことを考えれば、それほど強い好意が彼の中にあるのだろう。両想いのはずなのに、どうしてこんな風な焦ったい場面を見せつけられねばならないのか。
とうとう我慢ならなくなったネーロは、アデリナとかいう侍女に愚痴を漏らした。
「あの龍姫様、どうにかならないの? 見ていられないわよまったく」
「そうですね……。ビアトリクス様はニブニブでウブで一途で、一方で王太子殿下の方はお優し過ぎるというか何というかですものね。そうだ、ビアトリクス様の恋の手伝いをしてあげたらどうです?」
「なんでわたしがそんなことしなきゃいけないのよ」
「ネーロさんにとって彼女は恩人でもあるんでしょう」
そう言われ、ネーロはうぐっと言葉に詰まった。
そうなのだ。ビアトリクスは憎き宿敵であると同時に、恩がある。
人と魔族の戦いの中、魔族の生き残りとして拾われたネーロは強制的に服従を誓わされ、奴隷のように従わされてきた過去がある。
第二王子にとって都合の悪い男をたぶらかしては社会的に殺し、女は物理的に殺したこともある。失敗したらひどい仕打ちを施される。
理不尽な人生をすっかり諦め、吹っ切れたつもりで傾国の悪女として陰に陽に活動していた頃、王太子ミュリオの心を奪えと第二王子から言われて。色々あったが、結果的にはビアトリクスのおかげで地獄から抜け出すことができたのだ。
正直なところ、ネーロはビアトリクスに感謝している。
ただ、それを口にするのは癪だし、魔族としての誇りもあるから決して認めることはないけれど。
だから侍女の言う通り、ビアトリクスの恋を叶えてやるという形で、ささやかな恩返しをするのも悪くないとネーロは思った。
「わかったわ。でもあんたも手伝いなさいよね」
「はい、もちろんです」
王宮の廊下で交わされた、侍女たちの内緒話。
だが当の二人は気づかない。その会話が実は筒抜けであったということを――。