第八話 黒幕は……
「ビアトリクス嬢、どうやら君が正しかったようだ」
闘技場の片隅、そこでビアトリクスは王太子ミュリオに頭を下げられていた。
本来王族が容易く謝罪してはならないのだが、今回はさすがに己の責が重いと思ってのことだろう。ビアトリクスは彼を見下ろしながら言った。
「顔を上げよ。所詮そなたも愚かな人間である故、気づかぬことはあろう。じゃが妾の言葉を聞き入れぬのは認められぬ。次から気をつけよ」
「きちんと謝罪させてほしい。とりあえず王宮に……」
「謝罪は必要ない。妾はあの魔物の娘と話さねばならぬ。先に帰っておけ」
「そうだな。そうさせてもらおう。
最後になってしまったが、ビアトリクス嬢、決闘の優勝おめでとう」
「ふん」
本来なら絶対に許さないところも、彼の言葉だけで許容してしまえるのだから不思議だ。
ビアトリクスは朱に染まる頬を見られまいと足速にその場を立ち去るのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
盾の他にもビアトリクスは聖なる道具を持っていた。
実はつい先日までそうと知らなかったのだが、侍女のアデリナに「何か使えるものはないか」と言って見せたところ、かつて英雄が魔王を倒す時に使った品々だと教わったのである。
その効果は抜群で、モフモフちゃんに難なく圧勝することができた。
そしてそれのみならず、彼女の魔の力を完全に封じることさえできる。
正体を暴かれ、近衛兵に連れ去られて行こうとする彼女の身柄を「寄越せ」の一言で奪い取ったビアトリクスは、彼女を利用することにした。
「な、何をするつもりなのよ?」
「これを嵌めよ」
「それはっ!」
抵抗される前に、さっさとそれ――黄金のリングを彼女に腕に嵌め込むビアトリクス。
魔封じの道具の一種で、一度嵌めれば一生外れない。たった今モフモフちゃんは魔族特有の力を全て失ったことになる。
「こんなの嵌めるくらいならわたしを殺しなさいよ……!」
「騒ぎ立てるでないわ、やかましい。そなたには色々と聞き出さねばならぬことがある。働きが良ければ妾の所有物にしてやっても悪くない」
「わたしは絶対にあなたの所有物になんてならないわ!」
だが腕輪を嵌められた時点で彼女に抵抗なんてできないし、ビアトリクスはいちいちくだらないことに付き合うつもりもない。
ので、早く用件を済ませることにした。
「そなたが妾の問いに正しく答えれば今までの不敬、不問とする。答えぬ場合はそなたに妾が自ら罰を与えてやるとしよう。
今からそなたに訊くのは至極簡単なことじゃ。そなたの行いは、何者に依頼されて行ったものであるか――」
モフモフちゃん――ネーロという名前らしい――は指の爪が二枚ほど剥がされた時点で観念して黒幕の名前を口にした。よく耐えた方だと思う。
ビアトリクスは頷くと、もはや逆らう気を完全に失ったネーロを引き連れて早速黒幕に会うため王宮まで戻った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王宮の一角、ひっそりとした一室にて。
長椅子に呑気に寝そべっていたその男は、窓を破って現れた少女の姿に驚き、顔を上げた。
「……何者だ!」
「妾は龍姫ビアトリクス・ドラグラニである。そなたはよく存じておるであろう?
兄の評判を落とすなどという理由で愚行を重ねるとは哀れなものよな、人の王子よ。
この魔族の娘に妾は勝し、ここまで案内させた。そなたのくだらぬ計画もここまでじゃ」
彼女の名乗りを聞いた途端、男……少年と呼んだ方が相応しい年頃の彼は、急激に顔を青ざめさせる。
「裏切ったか、ネーロ」
「ええ。これ以上あなたに従っても意味がないもの。ごめんなさいね?」
黒幕であった彼は、ミュリオの異母弟である第二王子だった。
かつて侯爵にビアトリクスの命を狙わせたのも、それが失敗した後にネーロを使ったのも彼だ。全ては王位継承権一位のミュリオを蹴落とし、国の頂点に立つため。本当にくだらない。
氷のような視線で第二王子を射抜いたビアトリクスは、音もなく爪を振るう。
そして直後、王宮中に情けない悲鳴が轟いた。