第四話 龍の王の悩み事
龍の国を長きに渡って治めてきた龍王ベラドーン・ドラグラニは、玉座に腰掛けながら深くため息を漏らしていた。
彼の視線の先、紫水晶色の宝玉の向こうに映し出されるのは藍色髪の見目麗しい少女。ベラドーンの娘であるビアトリクスであった。
彼女はずっと昔から頭痛の種だった。古龍の再来と言われ、強者こそ尊ばれる龍人族の中では王よりも崇められていた彼女。その力のあまり奔放に育ってしまい、手がつけられなくなった。
どれも気に入らぬと言って婿を一向に選ぼうとしない。少しでも腹が立つと相手の首を刎ねるから困り物だ。
そんなある日、偶然人の国との繋がりができたので謝罪の名目で人の王子の婚約者とできたのでやっと心休まるかと思えば、そうはならなかった。
「あやつはどれだけやらかしておるのだ」
行く前に殺しは控えよと言って聞かせたはずなのに、つまらないことでめくじらを立ててゴミのように人を殺す。
確かに龍人の姫である彼女に不敬な態度をする者も多い。だがそれはビアトリクスの素行にも原因があるとベラドーンは客観的に見て考えている。だが、龍人族の国宝である特殊な宝玉を通して彼女の姿を見ることはできても声をかけられず、苦々しい思いでそれを見守っていた。
人族が一丸となって彼女へ襲いかかっていったらどうしようか。それが近頃のベラドーンの悩み事だ。
そうなったら収拾がつかなくなる。ビアトリクスが負けることはないだろうが、人の国と全面戦争になれば、龍の国に被害が及びかねない。それだけは避けたいところだ。
本当であれば今すぐそんな状況になってもおかしくないのだが、なぜぎりぎりのところで和平を保てているかといえば、ビアトリクスが婚約者に惚れているからだ。
本人は己の気持ちの意味を理解していないようだし、相手の王子もわかっていないらしい。それでも傍から見続けているベラドーンはすぐ気づいた。
親しくない人間にはわからないほどの表情の変化。態度の軟化。困惑したそぶり。それは間違いなく恋する乙女のものだったから。
まさかあのビアトリクスが人間の男に惚れるとは思わなんだ。
きっとあの陽光のような王子の心にやられてしまったのだろう。
力を至上とする龍の国は殺伐としていて、そういう性格の者はいなかった。だからビアトリクスにとって彼の存在は珍しく、一眼で惹かれたのかも知れない。
龍人族の恋は激しい。
一度相手と定めた者は死ぬまで追い続ける。それが龍の性であり、古龍の血が色濃く出ているビアトリクスはよりそれが強いだろう。
このまま良好な関係を続けてくれればいいのだが、そううまく行くだろうか?
そんな風に考え無性に不安になる。
実際ビアトリクスはすでに何度か命を狙われている。
ハング侯爵とやらは黒幕の手先の一人に過ぎず、まだ終わっていないだろうとベラドーンは推測していた。
どんな思惑があれどビアトリクスを排除しようとは愚かなことだ。殺せないとわかった次は一体どんな手に出てくるだろう。
もしもビアトリクスと王子の関係をぶち壊しにされれば、この世の和平は終わりだ。
しかしベラドーンに打てる手はない。ただ一心に祈り続ける以外にはないのだ。
――娘の淡い初恋が無事に実るように。