母の日は5月じゃなかった?
今日は母の日
只それだけです
5月の第二日曜日、黒崎家の台所に珍妙な歌声が流れている。
「にん~じんっ♪た~まねぎぃ♪じゃが~いも~とぶぅたばら♪おさけとみりんで煮込みましょ♪しょうゆをい~れて仕上げましょ♪」
(人参、玉葱、馬鈴薯と豚バラお酒と味醂で煮込みましょ味醂と醤油を入れて仕上げましょ)
「そっか、今日は母の日だから讃良が御飯を作るのね。 私もお母さんにカーネーション買って帰ろっと」
先程まで讃良と千尋の二人は勉強をしていたのだが、一息入れてお八つタイムにすることにしたのだ。
紅茶を淹れながら何時もの様に珍妙な替え歌を歌っている讃良に、今日の黒崎家の晩御飯は肉じゃがなんだなと千尋は思った。
「そう言えば、肉じゃがはシチューの失敗から出来た料理だって聞いた事があるなぁ」
千尋の言葉に讃良は頷いた。
「東郷平八郎がイギリス留学中に食べたシチューを思い出して、海軍の料理長に『シチュウが食べたい』と無茶振りして作らせたんだけど、料理長がデミグラスソースを知らなかったから『茶色かったのなら醤油と砂糖で煮込めばいいだろう』と思って作った物を、東郷平八郎は『違うけど、此れはこれで美味しいからオッケー』と言ったっていう説があるよね」
いや、東郷さんは『オッケー』とは言わなかっただろうと千尋は思ったが、口には出さずに頷いた。
「でもね、その当時はもうデミグラスソースを使った『ハヤシライス』や『シチウ牛・鶏旨煮』は東京の洋食店のメニューにあったんだって。 それにね明治22年11月に日本海軍に制定された『五等厨夫教育規則』にはシチューの作り方は載っていたんだって。 だから肉じゃがはシチューの失敗作っていうのは都市伝説だよね」
「へぇー、そうなんだぁ」
千尋が感心して聞いている事に讃良は満足して、千尋がお土産にもって来たクッキーを食べながら話を続けた。
「ちーちゃんはカーネーション買って帰るって言ってたけど、最近はいろんなカーネーションがあるよねえ」
「まぁそうだけど、私はやっぱり定番の赤いカーネーションにするつもりだよ」
二人はクッキーを食べ終わって、紅茶を飲み干した。
「そう言えば、母の日は日本では昔は5月じゃあなかったんだよね」
「そうだヨん、ちーちゃんよく知ってたね。 母の日がアメリカで始まった話は有名だよね。 日本に入って来たのは明治末期で、昭和の始めごろ当時の皇后陛下のお誕生日である3月6日に制定されたのよ」
よく知ってたねって、讃良だって同じ中学生だろうと思いながらも千尋は聞いている。
「その当時はあんまり知られていなかったんだけど、昭和12年に“天使のマーク”で有名なお菓子メーカーの社長さんがクリスチャンでね、母の日のキャンペーンをして、それで日本にも広まったのよ。 昭和22年に5月の第二日曜日と正式に制定されて、それが定着したのよ」
話を終えてどや顔をする讃良を見ながら、今日は小ネタが二つもあったなぁと思った千尋だった。
肉じゃがは西日本では牛肉、東日本では豚肉が多いですね
私は西日本出身ですが豚バラで作ります
西日本では肉と言えば牛肉を指すので、肉まんも『ぶたマン』と呼びますからね
母の日は古代ギリシャのリーア(ヘラ)神に由来しているという説、17世紀にイギリス発祥のマザーズサンデーが由来という説など諸説あります