どっちの桜餅?
西日本出身の私は長命寺タイプの桜餅を初めて見たときに『クレープじゃん!』と思いました
餅米に水飴入れて炊くのは私の母の作り方です
四月一日の説明をおえて満足げな讃良に千尋は何気なく言ってしまった。
「でも讃良って名前も読み難いよね? ちょっと前に流行ったキラキラネームとかって言われない?」
キラキラネームと言われて讃良は少しムッとした。
「ちーちゃんだって知っているでしょう?この名前はお祖母ちゃんが付けてくれたんだよ。 持統天皇の幼名である鵜野讃良皇女からいただいた、有り難~い名前なんだからねっ!」
そう言って大きく目を見開き、ふんすと鼻の穴を拡げた。
「持統天皇はねぇ、中大兄皇子の娘で大海人皇子の奥さんでぇ……」
「ハイハイごめんなさい、私はよ~く存じ上げております」
そう言って千尋は大袈裟に頭をさげた。
讃良に名前の話をしたのは失敗だったと千尋は後悔した。 小学校の頃に男子に名前を馬鹿にされた讃良は、大化の改新から始まって額田王や壬申の乱の説明まで延々と10分近く語ったのである。
その時に付いた渾名が『残念美人』だったと思い出したが、自分もそう呼ばれているとは千尋は知らなかった。
まだまだ語り足りない!と不満げな讃良に千尋は違う話題を振った。
「讃良、今日家来る?お祖母ちゃんがお八つに桜餅用意してくれたよ」
案の定、讃良は『桜餅』に食いついた。
「どっちの桜餅っ!?」
「お祖母ちゃんお手製だから餅米だよ」
「やった~!長命寺のヤツも美味しいけど、あれって桜『餅』って言うよりクレープだよね? 勿論、あれはあれで美味しいよ! でも今日の気分は餅米の桜餅!」
千尋の祖母は長野出身だが、道明寺タイプの桜餅をつくるのだ。
「ちーちゃんのお祖母様は道明寺粉じゃなくて餅米炊いてつくるから、柔らかくって艶々で美味しいよねぇ」
「まぁ、お祖母ちゃんは餅米炊くときに水飴をいれるからね。 最近は食紅の代わりに苺シロップいれて炊いてるよ」
苺シロップと聞いて讃良は一段と興奮した。
「ちーちゃんのお母さん、今年も苺シロップつくったのっ!?」
「うん、来るんだったら帰りに分けてあげるよ」
そう言われて行かないという選択肢は讃良には無い。
帰宅して、母が作っておいてくれたお弁当を食べ終えた讃良は宿題を持って千尋の家に向かった。
宿題と翌日の予習を終えた頃に千尋の祖母がお八つの差し入れを持って来てくれた。
「お久しぶりです! お元気そうで何よりです」
「うふふ、讃良ちゃんも元気そうで良かったわ」
千尋の祖母は讃良の両親が離婚した時に大変心配していたので、元気そうな讃良を見て安心した。
「お祖母様の桜餅、大好きなんです! ちーちゃんに聞いて楽しみにしてましたっ!」
満面の笑みで告げる讃良に千尋の祖母は喜んだ。
「ありがとう、沢山食べてね。 でもね、葉っぱは食べすぎちゃ駄目よ」
そう言われて讃良は驚いた。
「え、桜餅は餡の甘味と桜の葉の塩漬けのバランスが最高なのにっ!?」
「桜の葉は塩漬けにするとクマリンっていう毒ができるの。 これが香りの素なのよ」
そう言われてみれば生の桜の葉は匂わないなぁ、と讃良は思った。
「それでね、クマリンには抗菌効果もあるんだけど『肝毒』があるから大量にとると身体に悪いのよ。 まあ普通に食べる分には問題無いけどね」
祖母の話を聞いて絶望的な顔をする讃良を見ながら千尋は思った。
――普通に食べる分には問題無いっていってるだろう、どれだけ食べるつもりなんだ?
讃良の両親の離婚の話は
『異世界転生ってナンだっけ』26話参照
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