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délicieuse vie ~美味しい生活~  作者: 朝倉メイ
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お萩とぼた餅

お彼岸は過ぎましたが、ぼた餅の話です

 桜舞い散る長閑(のどか)な昼下がり、何処からか珍妙な歌声が聞こえてくる。

「おなかがすいた~おなかがすいた~おなかがす~いぃたぁ~♪」

「相変わらず讃良(さらら)は花より団子、色気より食い気なのね」

 歌っていたのは黒崎讃良(さらら)、話しかけたのは月見里(やまなし)千尋(ちひろ)の14歳美少女コンビである。


 気分良く歌っていた讃良は後ろから話しかけてきた千尋の方を向いてコテン、と首を(かし)げた。

「ちーちゃんってば失礼な、でもちーちゃんも結構古い歌知ってるねぇ」


 千尋は『いや、歌ってるアンタも同い年だろう』と心の中で突っ込みを入れたが、口には出さなかった。

「お祖母ちゃんがこの歌好きでよく歌ってるからね」

「あー、ちーちゃんのお祖母様は歌がお好きだものねぇ」


 千尋と讃良は小学生の頃はお互いの家をよく往き来していた幼馴染みというヤツで、お互いの家族の事もよく知っている。

「お祖母様はお元気なの?」

「元気だよ、今日もお萩を作るって言ってた」

千尋がそう言った瞬間、讃良は目をぐわっと見開いた。


 しまった、讃良の長い蘊蓄(うんちく)話が始まるぞ、と千尋は溜め息を吐いた。

「ちーちゃん、今の季節は春! 春に萩の花は咲かないの!」

「あれ?食べ物の話じゃないの?」


 千尋は心の中で『説明しよう!黒崎讃良は〝食べ物〟と〝言葉〟について話始めると物凄く長くなるのである!』と懐かしのアニメ調の解説を入れた。


 讃良はぶんぶんと頭を振って話を続ける。

「何言ってるの!『お萩』の話でしょう? 『お萩』はねぇ、萩の花の咲く季節、秋の呼び方! 今は牡丹の咲く季節だから『ぼた餅』なの!」


 やっぱり食べ物の話だったか、と千尋は諦めて話を聞く事にした。

「『お萩』と『ぼた餅』って形が違うんじゃないの? ほら、『お萩』は細長い楕円形で『ぼた餅』はぼたっと大きな丸い形でしょう?」

 私だってそれくらいは知ってるぞ、と千尋はどや顔で質問した。


 讃良は右手の人差し指を立てて左右に振りながら話を続けた。

「チッチッチ、違うのは形だけじゃないヨん。 ぼた餅は餅米で作って、お萩はうるち米で作るとか、ぼた餅はこし(あん)でお萩は粒餡(つぶあん)で作るとかいろいろ云われてるのよね」


 今日は時間もあるし讃良の話に付き合うか、と千尋は質問する事にした。

「粒餡の方が萩の花みたいに見えるから?」


 質問に気を良くした讃良は鼻息荒く話を続けた。

小豆(あずき)の収穫の時期が秋だから皮が柔らかいので、皮ごと食べられるから秋は粒餡。 春には皮が固くなっているから、こし餡にしていたんだって。 今では収穫時期も限定されないし、保管方法も良くなったから一年中こし餡も粒餡も食べられるけどね」


 そう言って落ちついてから、餡の話じゃあなかったよなと讃良は思い出した。

「それでね、呼び方の違いは季節を大切にする日本人の心なのよ。 だから今の季節の呼び方は『ぼた餅』なのよね」


 これで終わりかと安心している千尋だが、讃良の話がこんなもので終わる筈がない。

「それでね、夏と冬はまた別の呼び方があるのよ」

「え?『お萩』と『ぼた餅』以外の呼び方ってあったっけ?」

うっかり聞き返してしまった千尋は内心『しまった』と思ったが、後の祭りである。


 千尋の問いに、よくぞ聞いてくれた!とばかりに讃良は続ける。

「春はぼた餅、秋はお萩。 そして夏は『夜舟』で冬は『北窓』って呼ぶのよ」


 そんな呼び方は聞いたこともない、花の名前じゃ無さそうだし意味が解らない。

千尋は讃良の話に少し興味が出て来た。

「花の名前じゃ無いよね。 季節は関係あるの?」


 良い質問だね、と讃良は頷きながら答えた。

「季節じゃあなくって、言葉遊びかな? 餡の中のお米はお餅みたいに()()()()でしょう? 夜は暗くて舟が岸に()()()()()()()()から『夜舟』なの。 それから北側にある窓からは()は見えないから『北窓』なのよ」


 一気に説明して、どや顔をする讃良に千尋が珍しく反論する。

「でも、お祖母ちゃんは中の餅米を突いてるよ? えっと『半殺し』とか言ってたよ」

「あー、ちーちゃんのお祖母様は長野県出身だったよね。 地方によっては『皆殺し』とか言って完全に潰す所もあるみたいだしねぇ」


 讃良はウンウンと頷きながら話を続ける。

「地方と言えば、いろんなお萩があるよねぇ。 中が餡で外側が黒胡麻(くろごま)とか、黄粉(きなこ)のも美味しいよね。でもね……」

そう言って哀しそうに讃良は顔を伏せた。


 千尋は急に黙ってしまった讃良に何か辛い思い出でもあるのかと手を握って顔を覗き込みながら訊ねる。

「どうしたの讃良、何か気になる事でもあるの?」


 讃良は千尋の手を握り返してガバッと顔をあげて力強く答えた。

「西日本の『青海苔お萩』は食べた事がないの! こっちには売って無いのよ! 絶対美味しいよねっ?」



 讃良の真剣な顔を見ながら千尋は脱力した。

いや、アンタも『お萩』っていってるじゃん、と心の中で本日何回目かの突っ込みを入れた。




 

 


 


高校の古典で「児のそら寝」を習いますよね

『いざかいもちひせむ』はインパクトありました


讃良の歌は同一性保持権に抵触する可能性があるので表現を訂正しています

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