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シュレディンガーの恋心  作者: 司弐紘
9/5-B
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確認だけで放置プレイ

 呼び鈴に反応はなかった。

 むしろ逆に静寂さが増したようにさえ思える。

「ね、ねぇ、見間違い……とか?」

 多歌が広大に声を掛けるが、広大は構わずドアに口元を寄せた。

 そして――

「巻目さん。城倉准教授がこの部屋をお使いになっている事、わかってますから」

 いきなり広大はドア越しにとどめを刺した。

 エストックの一撃(※注1)もかくや、といった風情だ。

 息を殺していたと思われる部屋の中から、突如ジタバタとした物音が聞こえてくる。

「ちょ! ちょっと待って――」

 その一撃で、多歌もまた息を止められていた。

 そして呼吸を思い出すように、広大に向かって叫ぶ。

 しかし広大は多歌の叫びすらBGMにして、こう続けた。

「戸破多歌さんにも、このようにご足労願っておりまして。わたくし、隣にお住まいだった淵上さん――そのご親戚から調べるように、言いつかった者です」

 デタラメ……のはずだが、多歌はそこまで広大のことは知らない。

 本当にそうなのか? と多歌が錯覚しそうになるほど、広大の言葉には人に取り入ろうとする熱意がなかった。

 物事を淡々と進めている。

 かつての多歌のように。

 しかしながら、まったく合理性が見えない言葉を。

「ここでお話し続けるのは、巻目さんにも問題あるでしょうし、少しだけ確認させて貰えれば――田之倉さんと稲井さんからもお話伺っております」

 多歌は知らない名前だった。

 何処で入手したのか――もちろんAなのだろう。

 だが、この二人の名前が本当の意味で巻目へのとどめだった。

 ガチャッと音がして、開かなかったはずの扉が開けられる。

 その隙間から覗く顔は、かつて広大が好恵のスマホで確認した顔で間違いない。

 髪色は変わっているし、髭も伸びているが、同一人物だろう。

 くたびれた黒のシャツと、白のスリムジーンズ姿。

「すいません。私の名前は知らない方が良いと思いますので、名刺は無しで。今度の顛末、キチンと収めるように言いつかった者です」

「そ……それは、ど、どういう?」

「その辺りは、ご想像にお任せします。戸破さんにもお付き合いお願いします」

 そう言うと、広大は多歌を前に押し立てて、強引に乗り込んでしまった。

 巻目はそこで多歌の顔を確認。

 その顔は知っていたのだろう。

 広大がまったくのハッタリだけで訪れたわけでは無い――と巻目は解釈してしまった。

「先に『お願い』だけ説明させてください。巻目さんのお部屋で確認したい場所があるんですよ。それだけ確認させて貰えれば、すぐに引き上げます。そうですね。五分はかからないでしょう」

 そんな巻目の解釈を見透かしたように、広大はさらに腰を低くして、頼み込んだ。

 こうなると巻目としては、さっさと通り過ぎてしまえ、とそんな判断に傾いてしまうのも無理は無い。

 多歌は広大の言葉全てが謎であったが、ここで質問する事は控えようと思える程には理性が回復していた。

 いや、あまりの展開に理性が追いついていないだけかも知れない。

 速さと。

 そして広大の如才のなさぶりに。

「失礼します――先に行って」

 広大から背中をつつかれ、多歌がミュールを脱ぎ始めた。

 その様子を訝しげに巻目は見つめている。

 多歌はその視線を感じながら、広大の意図を汲み取ろうと夢中になっていった。

 自分の割り振られた役目を考えながら。

 多歌は身体を起こし、三和土(たたき)から部屋に上がる。

 中は圧倒的に家具が少ない。

 言ってみれば、壁に沿って配置されているベッドがあるだけだ。

 この古いアパートで、そのベッドだけが妙に浮いている。

 恐らくこのベッドの上、あるいはその側で巻目は小さくなっていたと思われるのだが――それでも尚、生活感がない。

 まるで、安手のホテルの一室のような……

 それでも確かめるとなると、このベッドしかないのだろう。

 押し入れもあるが、開けて調べるとなると五分では効かないはず――

 思わず多歌は広大を振り返った。

 広大はその視線に応えるように、スニーカーを脱ぐと部屋に上がり込み、脇目も振らず窓際へと進んだ。

 そして天井を見上げる。

 その瞬間――

「…………はぁ」

 と、(うえ)に向けて広大はため息をついた。

 この近辺に来てから、多歌が何度も見ている光景だったが、やはりその意味はわからない。

 巻目も同じ想いを抱いたのだろう。

「な、なんです?」

 と、尋ねてしまう。

 いや、それが当たり前の流れなのだろう。

 それほどに広大の様子は「不条理」だった。

「――念のために確認ですが、そこの梁」

 広大は、言いながら天井の梁を指し示す。

「そこだけ妙に綺麗になっていますが、心当たりは?」

「綺麗?」

 巻目が吸い込まれるように、広大の示す天井を見上げる。

「あ……本当だ。いや俺は……」

「やはり巻目さんが掃除をされたわけでは無いんですね。掃除するなら、他の部分も綺麗にするでしょうし――巻目さん。約束を破ってしまってすいませんが、もう少しお時間を下さい。それで何か紐のようなもの。代わりに使える丈の長い服とかありますか? 下着みたいな柔らかいものが良いですね?」

「あ、ああ。それなら、その押し入れの中に」

 言いながら、押し入れに向かおうとする巻目だったが、それを広大が押しとどめる。

「いえ、ある事がわかれば十分です。あと……そうですね何かを詰め込んだ段ボール。高い場所の作業に使えるような台になれば、別に段ボールでなくても良いんですが」

「それも押し入れに……何だか最初から入っていた、プラスチックの……」

「ああ、なるほど」

 その巻目の証言で、ますます顔をしかめる広大。

 巻目の不安は、ますます募ることになる。

 だが、広大はそこで居住まいを正した。

「――お邪魔しました、巻目さん。これで私の確認は終わりです」

「え?」

 突然告げられた広大の退去の言葉。

 それに、置いてけぼりにされる巻目。

 だが――

「そ、それじゃ、まったくわけがわかんないよ! ちゃんと説明して!」

 多歌が叫んだ。


 ――それが自分の役目なのかどうかは“あやふや”なまま。

※注1)

エストックという単語で検索すれば、詳細な説明が出てくるんですが、この場合は「ロードス島戦記Ⅱ」のフォースの戦いがモデル。突き刺すことに特化した剣(?)を扉越しに突き立てたシーンは印象的。

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