ハンバーグの復習
「今日」は夕立にならないらしい――
一瞬、「二日連続」で夕立だったと考えた広大は、そう強く思うことで自分の感覚を修正した。
次に考えたことは「昨日」の夕食。
これは間違いなく、ハンバーグ(のようなもの)。
自分の感覚でも、日付に照らし合わせても。
では「一昨日」は……ステーキハウス。では連続で贅沢したのか? と考えてしまうが、ステーキを食べたわけではない。
確か「スモークサーモンのカルパッチョ風」というメニューだったはず。
Aだけ見れば、別段無茶してるわけでは……いやそれよりも毎日外食はおかしいのか。
おかしさで言えば、次から次へと情報を持ってくる自分の方がさらにおかしいのか――と、広大は自嘲する。
「昨晩」の帰り道、多歌には誤魔化したが、どう考えても限界なのだろう。
限界を受け止めることも出来ない程に。
「あそこは邦画向いてないんちゃうか?」
広大の苦悩を余所に、二瓶は交差点に掲げられた上映予定の映画ポスターを眺めながら混ぜっ返していた。今は「例の地域」にすでに到着している午後六時。
駐車場に二瓶の車を置いて、ファミレスまで歩いている最中だ。
時間調整のために、こうやって散策してるわけだが、当たり前に危険など何も無い。
ただ、街に残る震災の爪痕はまだ残っている。
二人が時折訪れる映画館も、本当に廊下が波打っており、広大もこれには呆然としたものだ。
「……どうしてだ?」
自分の思索に耽っていたせいだろう。
遅ればせながら、広大が真っ直ぐに尋ね返す。
「音響にこだわってる邦画って、記憶にあるか?」
「ああ……」
このポスターの映画が上映されている映画館は音響設備に力を入れている。
とすれば確かに、邦画を上映するのはもったいなく思っても仕方が無いだろう。
そう考えて、広大が改めて掲げられたポスターを眺めると、女の子と戦車が並んでいるアニメがあった(※注1)。
「これは?」
「やから、最近のアニメは沼やって。音響、凄いらしいんやけどなぁ」
「邦画ではないか――これはどうだ?」
「キッパリと洋画やないか。ああでも、これはちょっと興味がある」
「ん? 砂漠の話なのか?」(※注2)
「いや、SF。観たことないか? こう、黒目が青くボゥっと光る……」
「ああ、検索の途中で見たことがあるような……」
「こんなところで、会うなんてなぁ」
首を捻る二人に背後から声が掛けられた。
振り返ると、広大の視界に跳ねるポニーテールが跳び込んできた。
好恵だ。
そこから三人は予定通りファミレスに向かった。
実はこれほどに会合場所を変えているのは、広大の住所を多歌に知られないためという理由もある。
だからこそ、二人はファミレスの駐車場に車を停めなかった。
実はこの一帯は駅前でもある。
交通の便が良いだけに、煙にも巻きやすいと言うことだ。
ちなみにJRではキチンと市の名前がついた駅があるのだ。
二瓶の妄言がどれほど無茶苦茶なのかは、これだけで証明できたようなもの。
……の、はずなのだが、好恵の様子が少しおかしい。
今日は濃紺のスーツ姿。所謂、リクルートスーツなのだろう。
白いシャツに、アクセサリーも抑え目。
広大を、二瓶が紹介したとおりの「学生」とは、好恵は受け取れなくなってきたのかも知れない。
そういった状況に、さらにラフな格好で現れる二人。
しかも立ち話の内容が受け取り方にとってはメディア関係者にも聞こえていた可能性がある。
今の好恵は、自分自身の出で立ちにとりあえずは及第点を出しているのではないだろうか?
……などと広大は考えているが、好恵の言葉遣いは変わらない。
好恵も今の自分の立ち位置を見失っているのだろう。
その大元には、隠していたはずの「巻目忠志」の存在を指摘されたことが、大きい事は間違いない。
そこから広大の存在を含めて、自分の想定が“あやふや”になるぐらいには。
二瓶はBでの「自分」の手口を「自画自賛」したわけだが、恐らく同じ手法で好恵を煙に巻き、この会合を設定してしまったというわけだ。
これで好恵が警戒しないとなれば、その方があり得ない話ということになる。
そして問題の中心である広大は――
「なんや? そんなにしげしげと断面見つめて」
「これ“つなぎ”はどうしてるのかと思って」
「それは……肉百パーセントなんちゃうか? 専門店なわけやし」
「その条件は絶対じゃないだろ」
「やけど、その辺りで差異付けるんちゃうか? わかりやすいし」
と、ハンバーグにご執心だ。
それもまた不気味なのだろう。
さらに言えば、この場所は「明月荘」に近い――という考え方も成り立つ。
巻目忠志が、この辺りに出現していた可能性も捨てがたい。
つまりは疑うならどこまでも疑えるというわけで、広大にとっては、このファミレスを選んだ利点は非常に大きい。
……メインが、ハンバーグへの復讐だとしても。
「そ、それで、うちに聞きたい事ってなんやの?」
チョコパフェをおざなりに注文して、それを溶けるがままに任せた好恵が焦れたように声を上げた。
「全部ですよ、もちろん」
ハンバーグをさらに斬り刻みながら、広大が簡単に応じた。
「おわかりでしょうけど、僕たちは直接巻目さんにお話を伺っても良い」
二瓶に奇襲を受けた事によって、その肝心な情報を好恵は漏らしてしまっている。
「この辺が『京都』には無い脇の甘さや」
などと二瓶は嘯くわけだが、逆説的に二瓶ほど京都を高く評価しているものはいないだろう。
とにかくこれによって、好恵はアドバンテージを失ったわけだ。
「でも、それじゃ佐藤さんも面白く無いだろうし、僕もあまりやりたくない。心理的な問題もありますし効率の問題もある」
「……せやね。確かにここから忠志から話訊きだすんは手間やと思うし」
広大に指摘されたことで、好恵は全てのアドバンテージを失ったわけではないと気付かされたようだ。
その返答に、広大が親指をカクンと逆に曲げる。
「ここでお互いの情報を詳らかにして方が効率的だと思います」
この返答のどこで多歌はスマホをいじり出すのだろう? と考えながら広大はハッタリをかました。
実際、これ以上の情報はない。
だが、好恵はそうとは考えないだろう。
当たり前に。
「……わかりました。互いに効率重視と行きましょ」
好恵も覚悟を決めたようだ。
自棄になったようにパフェに長いスプーンを差し込みながら。
※注1)
「ガールズ&パンツァー」のこと。
行ってきましたが、マジで音響が洒落になりませんでした。
でも、「日本で作られた映画」の範疇にはならないようですね。
ちなみに「シドニアの騎士」の音響ももの凄かったです。
※注2)
「DUNE デューン/砂の惑星」のこと。
広大が目にしたのは昔の映画の画像。
しかし、時事ネタがすぎる話題だ……