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シュレディンガーの恋心  作者: 司弐紘
9/4-B
34/52

ハンバーグは失敗した

 いくらレシピがあったとしても――


 料理になれていない者は細かな失敗を積み重ねてしまうものだ。

 例えハンバーグ必殺の香辛料ナツメグの力があっても、それはフォロー出来ないもの。

「これはどういう失敗なのかなぁ?」

「失敗の原因を探すなら、やっぱりパン粉の量」

「牛乳も多すぎたんだね」

 現在、ホットプレートの上ではやたらに白っぽいハンバーグが完成しつつあった。

 いや、完成とはとても言いがたいから「損切り」されるべき状態になったと言うべきか。

 すでに、試しで焼いた一枚を互いに分けて確認されていたのだ。

 これは失敗したと。

 しっかり合い挽き肉を使ったはずなのに、なぜかチキンのような色合い。

 食感は、子供用ハンバーグのようなレトルト感溢れる優しさ。

 少なくとも二人が目指していた味では無い。

 一方で、かなり適当に作ったポテトサラダの方は、まず及第点という出来になったのが皮肉と言うべきだろう。

 しっかり計画を立てた方が、上手く行かないという、この現象は。

「でも、食べれるよね」

「それは間違いない。このソースはどうしたんだ?」

「ケチャップとソースを混ぜた」

「……ソースというのは」

「“とんかつ”と“ウスター”」

「全部か。ソースをそのまま食べてる気もする」

 ――お好み焼きに続いて。

 とは、さすがに口に出来ない広大。

 他にも「豆腐ハンバーグ」にも似ている、とも思っていたがそれも控えておいた。

 何しろこの「ハンバーグのようなもの」制作責任者として、広大は共犯なのだから。

「バケットに載せると……」

「パン成分が強くなるだけだな。潔く諦めよう」

「だってデザートも無いのよ!」

「コンビニで――」

「雨! 雷雨!」

 果たして現在、BでもAと同じ天候になっていた。

「夕立だから、やは……もう間もなく晴れるよ」

「はぁ、こういう時に『ブランコの詩』を聞いたわけね」

 何かを諦めたように、多歌が話題を変えた。

 ハンバーグを作っているときに、ステーキハウスでのやり取りは説明済みだ。

 そんな事をしているから、ハンバーグの出来を左右してしまった可能性は――ある。

「でも、それでコーダイくんが気付いたんだから、雷はやっぱり凄いね」

「いや、それは」

 ボロボロと崩れ落ちるハンバーグ(のようなもの)を箸ですくうのに苦心しながら、広大が多歌を止める。

「その考え方は、やっぱりピンとこない」

「その……まず、私とコーダイくんが後悔してるっていう前提があるのよね」

 「自分自身」に後悔がある事を、()とする多歌。

 確かにそれは前進なのだろう。

「前提……とりあえず、そこは固定してみようと思ってるけど」

 一方で、広大の反応は消極的肯定。

 他に共通点が見出せないから、窮余の策、に近い考え方ではあったが。

「でも、それだけで世界が二つに分裂する、っていう考え方は無いわけよ」

 ホットプレートの上のハンバーグにとどめを刺すべく、ゴム製のフライ返しを掲げる多歌。

 結果――惨敗。

「後悔だけを原因とするには、どう考えてもおかしいしな」

 元は一枚だったハンバーグを各個撃破でひっくり返しながら、広大は多歌に賛同した。

 ちなみに、得物は箸である。

「そこまでは一緒なのよね」

「次がおかしい」

「でも、思いついたのコーダイくんでしょ?」

「思いついただけだ」

「そういうのが大事なんじゃない? そもそもコーダイくんがどんな詩だったのか知りたがったわけだし」

 そう言われると弱い広大。

 舞い降りてきた沈黙。

 この空隙を見計らったように、二人でモソモソとハンバーグ(だったもの)を処理してゆく。

 ポテトサラダが成功したのは本当に救い。

 ソースでくどくなった口をさっぱりさせるために、バケットを購入していたのは多歌のファインプレー。

 そして二人は再び、ハンバーグ(と主張だけしている)に取りかかる。

「……でも、あの詩が世界を分裂させる原因というのは……」

「詩だけじゃ無くて、後悔も必要なんだって。それが組み合わさったのよ」

「しかしなぁ」

「だいたい詩が正確にわかってないんでしょ? 実は悪魔を褒めちぎる内容だったりとか」

「凄く文系の発想だ」

「文系なの?」

衒学(げんがく)的(※注1)」

「また、そういう言葉を……それはあとで検索するとして」

 検索の結果、広大の立場は悪くなるのだが、それは置く。

「私は、この考え方悪くないと思う」

「それが良いとしても――」

 ようやく残骸を片付け終わった皿。

 自家製のソースをバケットですくいながら、広大が応じる。

「――解決方法は?」

「そ、それは……見当もつかないけど、わからないからってこの考え方を却下するのはダメでしょ?」

 多歌もようやく処理を終えたようだ。

 広大の皿と違って、皿は比較的綺麗だ。

 育ちの良さ、というものを感じざるを得ない。

 その違いに気圧けおされたわけでは無いのだろうが、広大はそんな多歌の主張に頷いた。

「確かに。それはヒバリさんの言うとおりなんだけど……」

「けど?」

「僕が、ブランコの詩を調べるべきだと思った勘があるよね」

「うん」

「多分、その勘と同じ感覚で、それは外れているという勘がする」

「え? じゃあ……詩自体が外れって事?」

「そういう感覚は無い」

 即座に、当然とも思える多歌の確認を否定する広大。

 多歌もさすがに眉を潜めた。

「それじゃ……それじゃどうなるのよ?」

 実は一つ……広大は別の可能性を一つだけ見出していた。

 あの「ブランコの詩」が重要だとするなら、それに絡んでいるのは淵上ひとえだけではない。

 詩を褒めて、さらにひとえとみちならぬ関係があったと噂される城倉准教授。

 彼はまた同時に、多歌の口を閉ざさせる原因らしい。

 そして、多歌が再現性の追求の結果、准教授に近付いたとするなら――単に名前が挙がっているわけでは無く、もっと際どい為人(ひととなり)だったのではないか?

 そんな考えに、広大は到達していた。

 だが広大は、それを多歌に確認しない。


 ――ただ親指をカクンと逆に曲げるだけ。

※注1)

蘊蓄を語り、ドヤ顔するようなこと。こういう言葉で紹介される小説があったりする。

「黒死館殺人事件」など。

言うまでも無いことだが、広大の指摘は間違っている。

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