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シュレディンガーの恋心  作者: 司弐紘
9/4-B
33/52

多歌の異常、広大の諦め

 そんな広大の切り出しに、多歌は何故か頷いていた。

「そうよね。そろそろ、私を裸にしたいとか――」

「その返しは、つまらないな」

「でも、似たようなことするんでしょ?」

「それは文系っぽいな。じゃあ、とにかく話を先に進めるぞ。躊躇っていた僕が、何だか馬鹿みたいに思えてきたし」

「ね、狙い通りよ!」

「…………」

「何か言ってよ!」

「まず、僕の現状がある。AとBを行ったり来たりするという現象があるとする」

 広大は、これ以上付き合ってはいられないと強引に始めた。

 多歌も即座に対応する。

「うん。それは認めるよ。私には当たり前に実感はないんだけど」

「そこだ」

「何が? どこ?」

「この現象が起きた原因は、僕にあると仮定する」

「そうなの?」

「で、そう仮定するなら、ヒバリさんもまた原因になると思うんだ」

「どういうこと?」

「じっくり思い出して行くと、世界が二つになった瞬間は、あの川沿いでヒバリさんに会った時だと思うんだ」

「ああ、私がコーダイくんにお持ち帰りされたとき」

「そこも問題なんだ。僕はキミをお持ち帰りしない自分は信じられるんだが、お持ち帰りする自分は信じられない」

「む、難しい言葉使っても良いから、簡単に説明して」

「そうだなぁ、自己同一性……要するにあの状況なら僕はヒバリさんをスルーするはずなんだ」

「それがAって事でしょ? あ、コーダイくんがA担当で――」

「そう。ヒバリさんがB担当のパターン。それも考えたんだけど、それだと僕がBに現れることが上手く説明出来ない。もっとも……」

 広大は親指をカクンと逆に曲げる。

「こんな事態、どうやったって説明は出来ないんだけど」

「それは置こうよ。で、次にどう考えたの?」

「あの時点で、僕たちが原因だとする。それで僕はAとBに両方意識を持ったまま出現する……」

「どうしたの?」

「……日本語の限界を感じて」

 そう言う広大の顔色は、確かに悪い。

「大丈夫なの?」

「ここで辞めるわけにも行かない。で、僕がそういう理由であるとするなら同じ条件の――」

「あ、そうか。私もそうじゃないとダメなんだ。何だか因数分解の気持ち」

 今度は多歌が補助線を引っ張った。

「私はコーダイくんの言うBでは、こんな風に動いて……ああ違うね。私にAの記憶が無いとおかしいんだ」

「そうなるんだけど……無いみたいだな」

 広大が落胆したように応じた。

 せっかくの仮定が、ダメになったのだから仕方ない。

 さすがにこの反応では多歌が嘘をついて誤魔化しているとは思えなかったようだ。

「……でも、これは“当たり”なのかも」

 しかし多歌がその仮定に希望を繋いだ。

「え? だって……」

「要するに、Aの世界の私がどうなってるのかという問題だと思うのよね」

 多歌の見開かれた目が、広大を見据えていた。

「両方の世界を因数分解した結果、片方の辺の私がマイナス値になってるとか」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「つまり、こっちの私が認識出来ないような状態になっているなら……例えば虚数とか。それならコーダイくんの仮定はダメにならないでしょ?」

「り、理屈を言えばそうなる……のかもしれないけど……」

「コーダイくんがそれ言う?」

 本当に愉快そうに多歌は笑った。

 だが、多歌の主張を理系から文系に変換(コンバート)すると、Aの多歌は廃人になっている、辺りが近似値になる。

 そしてその仮定を打ちだしたのが「本人」なのだ。

 情報屋との交渉材料のために自分の過去を差し出すのも相当に異常と言える行為だが、今度はそれ以上の異常があった。

 だが、その異常さに広大は感化されてしまう。

 この異常ささえ、広大は俯瞰してしまったのだ。

 だからこそ気付く。

 多歌のダブルスタンダードに。

 しかし、そのダブルスタンダードは人間であるなら、当然持っている――標準(スタンダード)

 であるなら……

「ヒバリさん」

「うん、何? 私の推理どう?」

 モナカの袋と、カップをまとめながら、同時にこの話し合いもまとめにかかる多歌。

 だが、広大の推理はここからさらに発展してしまった。

 あるいは、ずっと引っかかっていたことが形になった――いや、口にする覚悟を決めたと言うべきか。

「――僕には後悔があったと思う。ヒバリさんと初めて会ったときに」

「ええと……それはどういう?」

 片付ける手を止めながら、多歌が聞き返す。

「その後悔は、ヒバリさんも持っていたんじゃないかな? つまり……Aのヒバリさんが」

 探るような広大の問い掛け。

 瞬間――多歌の目が細められる。まさに猛禽のように。

 それは広大を威嚇するためでは無く――言うなれば自分自身を貫くため。

 だが、多歌の口から返答(こたえ)は出なかった。

 広大も、それは期待してなかったのだろう。

 そのまま続ける。

「ずっと前からおかしいとは思ってたんだ。ヒバリさんが人に道を尋ねるということに。検索出来るよね? 明月荘の位置も、道も。スマホで」

 多歌が手をギュッと握る。

 その指摘はずっと前に行われて然るべきだったのだろう。

 広大はそれに気付いていたのか。

 それとも、気付きたくなかったのか。

 多歌がどれだけスマホを使っていたのか。

 特に検索については、今更言い訳のしようがないほどに。

 ――いや、果たして言い訳の必要があるのか。

「それでも僕に話しかけたって事は、何かのSOS代わりだったんじゃないかって」

「あ、あの……」

 たまらず多歌が声を上げるが、そんな多歌から広大は視線を逸らす。

「僕の後悔は、そこにある。救いを求める人を見殺しにしてしまった。そんな、あまりにも利己的な後悔がある」

「そ、それは……ええと」

 スマホを取ろうとした多歌の手が止まる。

 わざわざ検索するまでもなかったのか。

 それとも――

 広大は立ち上がって、多歌がまとめたゴミを受け取った。

 そしてそれを捨てるように、

「全部仮定の話だよ、ヒバリさん。まだAでの話も終わってない」

「……ねぇ、コーダイくんって、もしかして(エス)?」

 そういう言葉は知ってるんだ――とは広大は聞き返さなかった。

 多歌がどうやって“勉強”したのかは考えるまでもないからだ。

 むしろ広大を戸惑わせたのは、どうしても互いを理解してしまうこの現状。


 ――そしてその自覚である。

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