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シュレディンガーの恋心  作者: 司弐紘
9/4-A
30/52

猫は生きているか?

 広大が口にしている「シュレディンガー」とは、「シュレディンガーの猫」という思考実験を指している。

 その思考実験を簡単にまとめてしまうと――


 猫を密閉した箱の中に閉じ込める。

 青酸ガスの入った容器と、ある装置と共に。

 この装置が曲者で、五十パーセントの確率で青酸ガスが入った容器を開けてしまう。

 もしくはそのまま閉めたままであるかも知れない。

 この猫が生きているかどうかは、箱を開けてみるまでわからない。

 つまりこれが観測者が見ることによって、物事は決定する――という事を現した思考実験であるわけだが、現在では「シュレディンガーの猫」という言葉が一人歩きしているのが現状だ。

 色々理由はあるだろうが、やはり思考の中だけとは言え、猫への虐待としか思えない前提。

 あるいは猫を配置したことで、その実験に文学的な色合いを強めてしまった事も理由に数えても良いのかも知れない。

 不確定性原理をモチーフにした「理系」の思考実験であるのに、現状では広大が指摘したように「文系」の色がついてしまっている。

 それはハインラインの「夏への扉」(※注1)などを代表に、SFの世界では猫がとかく用いられることが多い事も原因だろう。

 現在では、猫だけが違う時間軸に生きていたり、時には主人公に忠告を与えたりするキーキャラクターとして配置されることもままある。

 だからこそ、このように二瓶の記憶はどんどんあやふやになり……


「ああ、猫と毒を一緒に閉じ込めるわけやないんか。あとは猫の気まぐれまかせみたいな」

 改めてスマホで確認する二瓶。

 それでもまだ、割りとしっかり覚えている方だろう。

「半端にあってるな」

「要は、ああ……うん、確かにシュレディンガーでは無い気がするな。やけど、二者択一ってことなら、そんなに外れてない気もする」

「二者択一って話は、ヒバリさんも言ってたな。なんとなくデジタル」

「0と1な。それは……やっぱり、お前の言う状況にはあってる気がする……いやあってないな」

 二瓶が、自らの言葉を否定した。

「1が存在している――とするなら0は無くなってるのか? となれば……」

「ああ、そうだな。デジタルでは無いな。両方ともあるわけだし」

 広大の記憶の中にはAの世界もBの世界もある。

 ()になったりはしていない。

「二者択一だが、デジタルでは無い。でも、二通りの可能性があって、それが揺蕩たゆたっている――となると、やっぱりシュレディンガーが丁度良いのか?」

「お前そんな、名前はどうでもえやろ」

「名前を付けておけば、順番に処理するのに便利だろ」

「順番言われたら、確かにそんな気になるな。やけど、名前つけるほどハッキリしたもんがなぁ。実際デジタルか、二者択一か、シュレディンガーかもわからんし、それが正しいかどうかもわからんわけやし」

「一つ、確実にわかる疑問はある」

「あるんか。いや疑問って……なんや?」

 二瓶が覗き込むように広大に尋ねる。

「今、僕はAとBを行き来してる」

「らしいな」

「で、事の始まりから考えると、ヒバリさんも同じ状態になってないとおかしいような気がして」

 その広大の発言に、二瓶が動きを止めた。

 そして広大から視線を逸らし――

「それはそうかも知れん」

 と、まず短く肯定した。

 さらに、自分の推測を確かめるように整理してゆく。

「……つまり今警察に捕まってる戸破さんが、お前と同じ状態になってるとして……ああ、やけどその状態を確認する方法が思いつかん。ええっと、Bの彼女は? Aの事を話したりはしないのか?」

「無い。僕も確認すれば良かったんだろうが、思いついたのが今だからな」

「それは、しゃーないわ。今こうして話し合って、思いついたことがあるなら、それは成果やし……あ、待てよ?」

「何だ?」

「情報屋や。今、捕まっとる戸破さんの様子を知りたいとする。となるとまず親が伝手になるやろ? 間違いなく警察から連絡行ってるやろうし」

 その二瓶の指摘に、広大の思考も追いついた。

「……過去を知っていれば、友達をフリをするのも簡単だってことか。そこまで……」

「やる。どういう情熱かはわからんけど、それぐらいはやる。あの女が興奮した理由もわかるわ」

「だけどそれなら、佐藤さんはヒバリさんの親と――」

「どうにかして繋がる手立てがあるんやろうな。親父さんが週刊誌の記者や言うし」

「……それが漏れてくる? それとも蛙の子は蛙理論? ノウハウを知ってるとか?」

「なんや全部に、眉に唾を塗りたくりたいみたいやけど、少しずつでもその要素があれば――何で俺があいつの弁護せなあかんねん。やけど、とにかくこれから会う前に、カードを手に入れることが出来たんかも知れんのや。そのほうが重要や」

「それは……そうだな」

 乱雑にまとめる二瓶。

 それに同意せざるを得ない広大。

 そろそろ、出発の時間だ。

 広大の生活圏を探らせないために、今回の待ち合わせは国道沿いのステーキハウス。

 かなり遠く、下手すると一時間ほどかかるかも知れない。

 それでもファミレスにカテゴライズされているので、ドレスコードもないし、価格帯もそこまでではない。

 現在、午後五時。

 頃合いと言うべきだろう。


 予想通り、一時間ほどかかってしまった。

 それでも好恵はまだ来ていない。

「遅れてやって来るのに美学があるのか?」

 ボックス席の片側に並んで座るという不自然な状態に気恥ずかしさを覚えたのだろう。

 珍しく広大が愚痴を漏らした。

 そして、それをたしなめるような二瓶ではない。

「ありうる……それぐらいはやりかねん」

「駐車場で見計らっているとか」

「足はあるわけやしな」

 ビストロ・ナルトの駐車場に、オレンジ色の軽が駐まっていた事は目撃されている。

 まず間違いなく好恵の車だろう。

「となると……」

「来たで」

 さらに可能性を追求しようとした広大を制する二瓶。

 その視線の先には、大きなトートバッグを下げた好恵がいた。

 「昨日」と同じ部分はポニーテールだけ。

 上はオレンジ色のシャーリングカットソー。

 下はデニムのミニ。

 一言でまとめるなら、随分とカジュアルな出で立ちだ。

 そんな好恵を見た二人は、座った目で囁きあう。

「何かの悪巧みか?」

「なぁ」


 ――すっかり人間不信になっていた。

※注1)

タイトルだけで特に説明は必要無いように思えるが、今回は猫について。

この「夏への扉」に出てくる猫の描写とは、いったいどういった思惑があって書かれたものか。

これがさっぱりわからない。

主人公がロリコンかどうかよりも重要なところでは無いか?

……だから考察は出てるんでしょうね。


タイトルについて

「機動新世紀ガンダムX」の第一話のサブタイ「月は出ているか?」からの剽窃。

格好良いので。

「私の愛馬は凶暴です」に並んで有名なフレーズ。

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