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シュレディンガーの恋心  作者: 司弐紘
9/3-B
27/52

秘密の暴露

 ビストロ・ナルトに向かうのに使った交通手段はバスだった。

 それほど交通の便が悪いわけではない。

 問題だったのは、多歌をどうやって連れ出すか、である。

 理屈で言えば、多歌は別に連れ出す必要は無かったのだろう。

 これから広大が計画していることは単独で行えることでもある。

 ただその場合、仕事に出かける広大を家で待つ新妻の構図が完成してしまう。

 ……事を広大が嫌がったわけではなく。

 嫌なことも確かではあったが。

 目的としては、多歌の行動半径を広げる必要があったからだ。

「ヒバリさんが、何を考えてるのかはわからないけど、この状況をひっくり返すには、どこかで外に出ないとダメだろう?」

「ま、まぁ、そうなるよね」

「で、実際、外に出てるわけだ。あの時はどうと言うことは無かった、ということになるね」

「…………」

「会う相手がマズイって事なら、今回は二瓶だ。これはもう手遅れってことだろう」

 広大はこれ以上無いほど丁寧に多歌を説得する。

「僕はヒバリさんの住んでいるところは知らないけど、多分その周りがマズいんだろう? 家に“帰れなくなった”わけだし。それはこの一帯でもマズイのかな? いきなり街中で会ってしまうとか」

 多歌が怖がっているのは、恐らく准教授だ。

 確定と言っても良い。

 それを確認したいところではあるのだが、多歌がそれを口にしない。

 広大はもどかしさを感じてはいるが、それを強引に確定させることは控えている。

 なにより、(こちら)では淵上ひとえは「自殺」なのだ。

 多歌の「予断」に巻き込まれる可能性もあるし、それが確定させることが、この現象の解消に繋がるのかは、やはりまだ不鮮明だ。

 となれば、協力者(たか)の機嫌は斜めにしない方が良いというのが広大の判断だった。

 実際、それ以外、については多歌は協力的だと言っても良い。

 積極的でさえある。

 ならば、Aとの連携を重視させるためにも、多歌の引き籠もりを改善するべき、と結局同じ結論になってしまうのだ。

 それは多歌にとっても、同じ事なのだろう。

 結局は首を縦に振った。

「わ、わかった。コーダイくんが側にいるなら……」

「抑止力にはなるだろうな」

「よ……もう一回お願い」

 というやり取りがあったのが、ピザが届く少し前。

 そこからはあらゆる事が同時進行だった。

 予定外だったのは――

『遅い』

 と、広大が連絡を取った途端に二瓶にダメ出しされたことだろう。

『俺はお前のわけのわからん指示に、十分に応えたはずや。それやのに、まったくのなしのつぶて』

 広大に言い訳するいとまを与えない。

 実際、広大は二瓶とのそういったやり取りを完全に忘れていたわけで、その点では唯々諾々と頭を下げ続けるしかないわけわけだが……広大は必死になって整理した。

「ま、待ってくれ。連絡遅れたのは悪かったけど、えっと……一昨日の話だよな。確か。間に一日しかは入ってないはずだ」

『お前は、何をいうとるんや?』

 間髪入れずにツッコんでくる二瓶。

 正しく、大阪の血だ。

『間に一日でも十分やろ。むしろ俺は自分で自分を褒めたい! お前らが乳繰りあってると思うて、我慢してたんや。やけど一日(むさぼ)りおうたら、一回ぐらいこっちに連絡入れぇや。もう、午後ちゅうか夕方やんけ。それで、あのわけのわからん指示を説明してくれるんか? そもそもそこに戸破さんはいるんか?』

 かなり怒っている。

 広大は、Bの世界でも二瓶を煽りまくっていたことを、痛烈に思い出していた。

 しかし、今から二瓶に告げることは、ある意味では言い訳と代償を同時に果たすことになる。

 だからこそ、広大は謝罪から始めた。

「……すまない。確かに僕が悪かった」

『そやな』

 ここでまず、二瓶の勢いを削ぐ。

 その上で、こちらから提案する。

「で、これからまた会って欲しいんだ」

『なんやて?』

「場所はビストロ・ナルトでどうだ?」

『お前……ちょ、ちょっと待て』

 スマホ越しでも伝わって来る、二瓶の動揺。

 だが広大は、さらに追撃を繰り出した。

「お前の言う、情報屋に繋ぎを取って欲しい。結局情報は欲しくなるしな。佐藤好恵さんだったか?」

『待て。待て待て待て』

「お前の嫌いな京都――」

『あいつは京都やない!』

 ここに来て、新たな情報を提供した二瓶。

 自白と言い換えても変わらないが。

『京都と大阪の端境はざかいにおる、犯罪者に優しい町の出身や!』

 相変わらず偏っている。

 二瓶の言うことが全部本当だとしたら、大阪はとんでもなく荒廃した地域になってしまう。

 少なくともそこまで怖い想いをしたことは無い広大ではあったが、ここで二瓶の偏りに修正を入れる優先順位はあまりにも低すぎた。

 それは二瓶にとっても同じこと――

『……全然わけがわからんのが、よくわかった』

「ソクラテスか(※注1)」

『俺はそれで自分を省みたりはせん。省みるのは、お前や広大』

「わかってるよ。でも説明の必要があるのはわかるだろ?」

『それは了解や。やけどあの店……』

「それは大丈夫だ、ということにしておく。ここから先、どっちにしても使うことにそうだからな」

『バイト代か』

 一瞬、黙り込む二瓶。

 だがすぐに気付いたのだろう。

 自分が何も説明されていないことに。

『それで予約は?』

「それは大丈夫。ただしメニューはよくわからないな。お前がコースを奢ってくれたから」

『ああ、もう!』

 二瓶が癇癪を起こした。

 むべなるかな、と言うべきだろう。

 実際、この時の広大は二瓶を散々煽っていたのだから。

『ナルトで説明してもうぞ。あそこア・ラ・カルトもやってくれるから、そこで俺の伝手を使えばええし』

「ああ、それは助かる」

『格好は……』

「とりあえず、ネクタイ締めていくよ。下はジーンズになるけど」

『それはしゃあないな。実際、そこまでしゃちほこばらんでもええ店やし』

 と言うことは、Aでの気遣いは“情報屋”佐藤好恵のパワードレッシングに対抗するためか、と広大は納得した。

 それよりも肝心な所は――

「ヒバリさんに、それほど高い服用意しなくても良さそうだ」

『せやな。結局脱がすわけやし』

 二瓶の反撃。

(この問題もあったか)

 と、一瞬暗澹たる気分になる広大。

 こちらを興味深げに覗き込んでいる多歌の眼差しも物理的に痛い。

 だがしかし、広大は心配することをやめた。


 ――物見高い性格の奴等に、その手の“下”の話題はそれほど魅力的ではないのだから。

※注1)

古代ギリシアの哲学者「ソクラテス」のこと。

有名なのは「無知の知」という考え方。

自分が無知である事を知る事は大事、みたいな事らしい。

確か、日本人哲学者でこの考え方を否定する人がいた気がする。

ちなみにソクラテスの嫁さんは悪妻らしい。

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