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シュレディンガーの恋心  作者: 司弐紘
9/3-B
25/52

命中精度が低いドッグファイト

 ボクから私へ。

 一人称の変更。

 あるいは“ボクッ娘”の消滅。

 二瓶が嘆きそうだ。

 この変更は継続されるものなのか?

 いや、それよりも問題なのは、こんな変更(こと)はまったく重要では無いと言うことだ。

 広大は完全にペースを乱されている。

「どうして? どうやって准教授(せんせい)のことを知ったの? ニュースは出てなかった。スマホでも出てこなかった」

 もちろん、そんな広大に構う多歌では無い。

 普段からマイペースが過ぎる多歌であるのに、拍車がかかっている。

 立ち上がって両手をバタバタと振り回し、ニット越しに胸を揺らし、もはや補助線もへったくれも無い有様だ。

 ここから逆襲するためには、その准教授とどういう関係かを尋ねれば良い。

 広大は、その「正解」に気付く。

 多歌に圧倒されたことが幸いしたのか、選ばざるを得なかった沈黙の中で、広大はいつもの冷静さを取り戻しつつあった。

 だからこそ「どうして?」を繰り返す多歌の独演会はそのままに、広大の猜疑心がさらに考え続ける。

 このまま多歌を詰問することは本当に正解なのか?

 確かに、多歌と城倉はどういう関係なのかは判明するだろう。

 だがそれだけだ。

 そしてその関係性がわかったからと言って、それが今のややこしい状態を解消する鍵になる可能性は――低いと考えざるを得ない。

(要するに、戦術的な勝利)

 勝利を収めた結果、多歌がかたくなになるか、あるいはいなくなってしまっては、そこで手詰まりになる。

 多歌と城倉との関係性については、Aの世界の二瓶が教えてくれた。

 そう、肝心なのはAの世界との連携だ。

 それが果たされることこそが――戦略的勝利。

 では、次の一手とは?

 広大は必死にシミュレーションを繰り返し、次の答えを見出して、顔をしかめた。

 しかし、その感情を抑え込むように、広大は親指をカクンと逆に曲げる。

「――ヒバリさん」

「何? 不思議を簡単に謎解きするの? それとも私にさらなる不条理を与えてくれるの?」

 演説している間も、多歌はしっかりと広大に気を配っていたらしい。

 反応速度が尋常ではない。

 それなのに、並べられた言葉がまさに抽象的だ。

 だが、そんな中でも……

「まず、一人称が変わってる」

 それが広大の見出した、次の一手。

 外堀を埋めることで、多歌の本当のところを見定めようという作戦。

「い……い、忍者?」

 広大の狙い通りと言うべきか、多歌の勢いが止まった。

 同時に、語彙が偏っていることについては本気である事も窺える。

「自分をどういう風に呼ぶかって事だよ。さっきまでヒバリさんは『ボク』だった。でも、少し前から『私』になっている」

「あ……そ、そうだった?」

 決まりが悪そうに、多歌はその場で座り込む。

 とりあえずは、これで正解なのだろう。

「素直に応じたって事は『ボク』と呼んでいたのは意識してなのか?」

「あ、ええと……それはそうなんだけど」

「で、意識しないと『私』になるんだな」

「いちいち確認しないで」

「どうしてそうなった?」

 この流れに任せてしまえば――という広大の目論見は甘かった。

 多歌は、自分が情報を搾取されようとしている事に、すぐに気付いたからだ。

 その敏感さは、つい先程まで、広大から搾取するつもりだった事も原因だろう。

 だからこそ、即座に多歌は反撃に転ずる。

 まるでターン制だ。

「先に私の質問に答えて。コーダイくんは、どこで准教授(せんせい)の事を知ったの? 凄腕のクラッカーとか、スマホ一つで何でも出来るとか」

「例えば?」

「ええと、そうね。私の顔を撮って、それで検索。引っかかったら、個人情報なんかあっという間に丸裸でしょ? それで防犯カメラにアクセス。ログをあさって……」

 そんな推測を並べる多歌は実に生き生きとしていた。

 どうやら、こちらもまた多歌の本性であるらしい。

 広大もそれに付き合うことにした。

「それで、そのやり方の実現性は?」

「ああ……多分無理。多分、ゼロが九つは並ぶ」

「僕が説明する『方法』はもっとゼロが並ぶ。いやもう、特異点のせいにした方が良い」

 こんな広大の説明に、さらに目を輝かせる多歌。

 わかりやすく興奮している。

「……待ってくれ。僕の頭がおかしくなったとは考え無いのか?」

「説明する前に、そんな事言える人の頭はイヤになるぐらい大丈夫」

「説明するとは言ってない」

「ほら」

「どうして、その言葉になるんだ……」

 広大は首にかけていたタオルを外して、仕切り直すことにした。

「……さっき“不条理”がどうとか言ってたな」

「さすが、耳が良いね」

「こういう時は。耳聡い、の方が適当だな」

「適当じゃないよ!」

 思わず瞑目する広大。

「日本語の限界と説明の困難さへの絶望」

「文系はこれだから……」

意趣(いしゅ)返し」

「お医者さんに診て貰えば良いとまでは言ってないわよ」

「ありがとう。証明してくれて」

「なんの!?」

 互いにピントのずれた状態で刺し合う二人。

 じゃれ合いにも似たそんな状態に、先に音を上げたのは――広大だった。

 何しろ多歌の表情は、今まで見たことがないほどに輝いているのだから。

 どうやら多歌もまた“普通”ではないらしい。

 それもまた“普通”である事の条件であったとしても。

 だからこそ、広大がこう宣言した。

降伏こうふく

「いきなり何に幸せ感じたの?」

「ああ、これはもう日本語の問題じゃないな」

 広大の口の端に笑みが浮かぶ。

 追い詰められたように。

 親指をカクンと逆に曲げる。

 元々、自分は他者からの理解を期待してはいないのだから――と、広大はいつものように諦めた。

 だからこそ――

「――ヒバリさんが好きな“不条理”な話をしよう」

理解(わか)ってくれるのね!」

「何故か。どういうわけか」


 ――不平等貿易という言葉は賢明にも呑み込みながら。

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