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シュレディンガーの恋心  作者: 司弐紘
9/3-B
24/52

ボクッ娘の消失

「ねぇ、コーダイくん。そろそろ起きない?」

 多歌の声が聞こえる。

 それが異常事態だという認識を、まだ広大は保っていた。

 覚醒。

 そして目を開く。

 すると前の前には覗き込んでくる多歌の顔。

 不満そうな眼差しが刺さりそうだ。

 必然とも言えるが、ここまで接近される謂われは無い。

 何だか、身体を揺すられていたような……

「何日だ?」

 広大は、多歌から身を守るようにそう尋ねた。

「三日に決まってるでしょ。なんでいきなり寝ぼけてるの?」

「寝ていたからだろ?」

「どうして、口答えはすぐに出来るのよ」

 笑いながら、多歌はベッドから離れて行く。

 そのままテーブルの前に座り、マグカップを携えてテレビを眺めていた。

「この時間帯って、本当に見るものが無いのね。コーダイくんが起きないから、退屈で退屈で」

「まるで僕が面白いと言っているように聞こえる」

 言いながら広大は半身を起こした。

 自分の部屋だ。

 間違いない。

(これは、どこからの続きだったかな?)

 問題はそこだ。

 習慣的にスマホをとる。


 10:34

 9/3


 日付は確かに多歌の申告通り。

 これでAとBを交互に過ごす仕組みは確定、ということになるだろう。

 ……と、広大はこの問題についてはひとまずケリを付けることにする。

 それより今の問題は――

「こんな時間なのか」

「そうだよ」

「腹減ってるな……飯……そうかお好み焼きか」

 途端、多歌がむせた。

 かなりタイミングが悪かったようだ。

「え? ちょっと待って! 朝から、って言うか、連続なの? キャベツもないし」

「実現の可能性を探らなくても良い」

 広大も別に“仕組み”を確かめるつもりはなかったわけだが、多歌の反応からBが連続している事は証明されたようだ。

 逆に広大が、どうにもあやふやになっている。

「コーダイくん、ご飯はともかく、顔洗ってきたら? 完全に寝ぼけてるよ」

「ヒバリさんは?」

「ご飯って事? パンがあるから、いただきました。ちょっと前にね。コーダイくん起きてから、尋ねたいこともあったし」

 何を訊かれるんだ?

 と、そんな警戒が広大の意識に活を入れたが、次にやるべき事は何か? という問題への答えは同じだった。

 ――つまり、顔を洗う。


 歯を磨きながら、思い起こす。

 いやそれよりも接続作業を続けると言った方が良いのだろう。

 広大は、今のシャツとジャージが「一昨日」眠ったときのものだと、確信した。

 そして多歌。買い込んでいた衣服はそれなりにある様で、まず昨日の風呂上がりに着ていたパジャマ。

 今はグリーンのサマーニットと、チェックのミニ。

 完全に居座る気マンマンのラインナップだったが、それに付随する問題は当然発生する。

 いったい、どうするつもりなのか……

 広大はタオルで顔をふきながら覚悟を決め、多歌の待っている部屋に戻った。

 途端、

「あのね。炊飯器あるのに、お米がないんだけど」

「拙速は巧遅に勝られた……(※注1)」

「セッシャとか、時代劇の話は良いから」

「『拙』の字は合ってるな」

「その話はあとにして、ご飯よ。ボク、のりたまが食べたい」

「完全に本末転倒の訴えを聞いた。パックのご飯は?」

「多分、無いんだと思うけど……」

 言われて、広大が確認しに行くと確かに在庫が切れている。

 これはA、B関係無しに、単純に広大のうっかりミスだった。

「無いな」

「どうするの?」

「買いに行く以外の方法が? まさかポチれとか言い出さないよな?」

「え、え~っと、コーダイくんにお願い――」

「それを引き受けたとしても、洗濯どうするんだ?」

「…………」

 それはもう、検討済みだったのだろう。

 出した結論が「先送り」だったとしても。

「ヒバリさん、テレビ消して」

「……はい」

 素直に広大の言いつけに従う多歌。

 そして広大に向き直る。

 こうなってしまうと、広大としてもその正面に腰を下ろさざるを得ない。

 自分の部屋であるのに、何か居心地の悪さを感じながら広大は腰を下ろした。

「ヒバリさん、これはもう限界」

「だ、大丈夫だよ。コーダイくんは自分の力を信じて」

「そんな大袈裟な話じゃ無い」

 広大は、混ぜっかえしはせず真正面から多歌を切り捨てた。

「別に僕は今すぐ家に帰れと言ってるわけじゃない」

「それは……」

「だけど、ヒバリさんがずっと外に出ないというのも無茶な話なんだ」

「…………」

 俯く多歌。

「ヒバリさんが、どういうルールを設定しているのかはわからない。でも、ヒバリさんはスーパーの位置もコインランドリーの場所も知っている」

 広大は、いきなりこんな展開になったことに戸惑っていた。

 いずれは、こういう対決になるだろうとは予測していたが、もっと準備をしてから始めるつもりだったのだ。

 それが、いきなりこれである。

 なし崩しでもあり、それは広大自身がそれを抑えきれなかったということだ。

 だから、この段階でもっとも広大が驚いていたのは、自分が抱えていたストレスの量。

 そして、一端決壊した自制心はもう元には戻りそうも無かった。

「ヒバリさん。その二カ所に行くことにも危険を感じているのか? その危険の量も量れない?」

「それは……危険っていうのも……」

「城倉という先生はそんなに怖いのか?」

 決心。

 この広大の発言の響きには、間違いなくそれがあった。

 何しろ今まで、Bの世界では名前も出てきてない人物だ。

 つまり広大が知るはずのない名前。

 それを口にすることで、多歌から何かしらの情報を訊きだそうという広大の計算もあった。

 さらに多歌を萎縮させることで。

 だが――

「――どうして知ってるの?」

 多歌のまなじりが完全に決せられていた。

 まさに猛禽類の眼差しで、逆に広大を萎縮させる。

「私、そんな話したっけ? ううん、してない。それはわかる。これは公式のようなもの。私は、情報を抑えていた。それなのにコーダイくんは先生の名前を出した――何故?」

 多歌の独白の内容は、確かに広大の予定通りだった。

 しかし、広大は補助線を引きまくる多歌から完全な奇襲を受けていた。


わたし――!?)


 それでも広大が声を上げなかったのは、さすがと言うべきか。

※注1)

孫子の兵法の有名なフレーズ。「拙速は巧遅に勝る」を崩したので念のため注釈。

時間を掛けて丹念に仕事をするよりも、大ざっぱな仕事でも早い方が役に立つという身も蓋もない格言。

これ日常生活、というか戦い以外に使うの危険だと思うんですけどね。

じっくりと仕事が出来ない環境が許されるのは、命がかかってるからであって、それ以外で、拙さが重宝がられる環境って首脳部の無能を晒している気がする。

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