由佐波利
もっとも、性格のおかしさでは広大も二瓶も負けてはいない。
言ってみれば広大は猜疑。二瓶は偏狭。
好恵のそれは、もう承知していることを、わざわざもう一度、二瓶の口から言わせようとしているわけで……やはり嗜虐。
「佐藤さん、いい性格やな」
二瓶が、実に適当な返答をした。
「せやゆうても、こちらのお方がお求めなんやろ? それが、こないに喋らんようでは」
「ああ、すいません。観察させていただいていました」
広大がすかさず応じる。
その、おかしな性格のままに。
「“観察”って?」
笑いながら好恵が、そう返すと、
「観察という言葉は、相応しくは無かったですね。見ていたわけではないので。その言葉に信用できるものがあるか確認していただけですから、言ってしまえば聞いていただけですね」
好恵の顔が、笑みのまま固まる。
だが、広大は止まらなかった。
「二瓶からは『情報屋』とだけしか聞いていませんでしたから。僕も必死なんです。今回の事件に関して」
さっぱり必死だとは思えな口調で、さらに攻め込む。
「普通に噂話を集めているだけでは、ちょっと困るわけです」
「……それで、うちは?」
「頼れる方だと思いました。ただそうすると……」
途端に好恵を懐柔しにかかっているように見える広大。
だが、そんなものに騙されるようでは――失格なのだろう。広大基準では。
「そうすると、何?」
ついに“本音”らしき笑みを見せる好恵。
「払うべきアテが。相場もよくわかりませんし」
「ああ、それはな。俺にアテがある。ちゅうか、そのアテを持ってるのはお前や広大」
そう言いながら割り込んできた二瓶に、広大と好恵が揃って視線を向けた。
そして互いに、微妙に表情を変化させる。
「二瓶くん。なんで、そんなややこしいことしてはるん?」
「広大の紹介代わりですよ。これから、広大は『戸破多歌』の情報を披露します」
「……へぇ」
好恵の目がスッと細められる。
まったく打ち合わせもしないままに、こんな状況を作り出す二瓶。
広大は「そういうやり方でいくのか」と、得意の諦めモードだ。
理屈を考えるなら、自分と広大の間に打ち合わせがないことを察せさせて、自分が持っている情報のレア度を上げるとか。
それとも、広大の存在自体の貴重性を強調するとか。
単純に二瓶のイタズラという可能性が一番蓋然性が高いとしても。
さらに二瓶は続ける。
「ご存じの通り、戸破の情報は出てきてません」
「せやね」
「やけど、広大は知ってるわけですよ。で、佐藤さんが持ってる情報とそれを比べれば――」
「うちが知ってると決めてかかってるんやね」
好恵は愉快そうに、コロコロと笑った。
そしてワインを口に含む。
「……じゃあ、まず基本的な所から聞かせてもらおかな」
ワインで喉をしめらせた好美は、口をすぼめて広大に向き直る。
広大は流れるように――というわけでは無かったが、まず多歌の容姿を説明した。
この段階で、好恵の目つきが変わっている。
さらに出身地、そして学部まで広大が知っていることで驚きが隠せなくなっていた。
逆に言えば、そこまでの情報を好恵は握っていたことになる。
それに広大は素直に驚いていたが、最後にこう締めくくった。
「……ああ、それと、一人称が“ボク”でしたね」
「なんやと!」
「何でお前が驚くんだよ」
「お前そういう大事な事は一番に説明せいや。ほんまに散文的なやっちゃ」
突然、興奮し始めた二瓶を呆れた眼差しで見遣る広大。
一方で、好恵の目も完全に据わっていた。
「本当に? 本当に“ボク”って言うてたん?」
「え、ええ。確かに」
その迫力に押された広大が、戸惑いながら応じる。
「なんや佐藤さん? 知らんかったんか?」
「その情報が確定ではなかったんよ。ただ、ええ年齢したのが……」
実に嫌そうに好恵がそう呟いたことで、何となく察してしまった二人。
そこで、さらに広大が声を上げる。
「僕は他の情報を入手出来る可能性があります」
「せや」
二瓶がそれに便乗してきた。
「お互い情報を提供しあおう、ちゅう話なんです。そろそろ、こっちにも見返りがほしいんやけど」
「そやね」
好恵が深く頷いた。
「確かに、お互い“お得”な話になりそうやね。どこでそういう話仕入れて来るのかわからへんけど」
「それはお互い様や」
「わかってます。それでうちに何を訊きたいん?」
二瓶の突っ込みをあしらいながら、好恵が広大に視線を向けた。
「准教授についてです。城倉楼の」
間髪入れずに、広大が応じた。
「ああ、なるほどなぁ。それは二瓶くんには、難しい話になるやろね」
その好恵の評価に、二瓶は肩をすくめる。
「具体的には、淵上ひとえとの関係を知りたい。戸破については……僕の担当なんでしょうね。ただ、僕はちょっと懐に入りすぎているから」
「かえって突っ込みづらいと」
「もちろん、そのままではダメなんでしょうから、その突破口を作るためにも――」
「城倉准教授の情報が欲しいと。うん、その考え方はええと思う」
好恵は、広大のプランを肯定しながら、ワイングラスの縁をトントンと叩いた。
「そうなると、うちも少し時間が欲しいんやわ。准教授絡みは、慎重なんが多くて……」
岳父の政治力が、本当に影響しているのかも知れない。
それに――事件が発覚してから「まだ三日」なのである。
広大はそれを強く意識した。
まだ、イライラする程の時間は経っていない、と。
「……でもそやね。確かに花井田くんには頑張って欲しいから、あんまり出てない話を教えとくわ」
「それって、関係無い話ってだけなんでは?」
すかさず二瓶が突っ込むが、それを好美は口をすぼめてスルー。
「淵上さんが、城倉さんと親しくなったきっかけ。そういう情報欲しゅうあらへん?」
「それは重要なのでは?」
今度は広大がすぐに反応した。
「それがね。彼女が入っとったサークルが学祭で配ってた冊子。それに載せられていた、詩か短編か、そういうのを城倉准教授が気に入ったらしいわ」
「それは……ああ、なるほど事件には直接関係ないのか」
「そうやね。やけど、ちょっと気に掛かって……これわかる?」
好美はバッグからスマホを取り出して、四つの漢字を表示させた。
――「由佐波利」。
「わからん」
「僕もわからない。読み方は“ゆさはり”で良いのかな?」
「実はこれ、ブランコのことらしいんやわ」
好恵が声を潜めて、すぐさま解説してくれる。
それを聞いた二瓶が、手を動かした。
「例の貧乏書生コスプレの一環か。准教授の影響で、コスプレ始めたわけでははないと」
「なにそれ? そんな風に思うとるん?」
さすがに好恵が愉快そうに声を上げるが、すぐに居住まいを正した。
「でも、その辺りの淵上さんの為人の補強できるだけやね。あんまり大事な――」
「いえ」
広大が口を挟んだ。
「出来れば、この情報が欲しいです。お願い出来ますか?」
その注文に、好恵は笑みを深くする。
「……ええよ。せっかくのリクエストやし。やってみるわ」
「お願いします」
広大は頭を下げる。
そして狭まって行く視界の隅で、好恵の口元を確認し――親指をカクンと逆に曲げた。