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シュレディンガーの恋心  作者: 司弐紘
9/2-B
17/52

世界は夜、揺れ動く

 そうめんは美味かった。

 ラー油も良い仕事をして。

 こうなると、とことんまで食べてしまおうとする広大は、

「いい加減にしなよ。せっかく準備したのに、お好み焼き食べられなくなるよ」

 などと多歌に怒られる状態になってしまった。

 その後「無限ピーマン」の話になってしまったのは必然か。

「無限? 無限ってこれ?」

 空中に∞を描く多歌に、広大は冷めた声で応じる。

「これだから理系は。無限に夢を見すぎている」

「理系に恨みでもあるの?」

「いや。理系に憧れている」

「……え? そんな、いきなり」

「寝ぼけているのか?」

 その後二人はウダウダと話しを続け、お互いに関西にやってきての一人暮らしであることを確認。

 広大は言わずもがな。

 多歌も特に関西弁――二瓶は「混ぜるな」と言うだろうが――を使っているわけではない。

 やはり広大と同じように関東圏に実家があるとのことだった。

 珍しい「戸破ひばり」姓については多歌も詳しくは知らないようだが、以前調べたところ北陸あたりが由来の姓という情報は持っていた。

 逆に広大の「花井田」という姓は、広大自身がまったく調べていない。

「実は珍しいとか?」

「大仰な姓だとは思うけどな」

 こんな風に、二人は何となく午後を過ごし、夕食の準備に移行した。

 特に色っぽい展開は無く。

 あるいはそういった“展開”を通り過ぎたあとであるかのように。


 広大としては、そういった無駄話も情報収集の一環のつもりだった。

 成果が無いとも言えるが、その一方でまったく学校での話を出さなかった多歌に、やはり奇妙さを感じていた広大。理系である事は間違いないようだが。

 広大自身は意識して学校での話題を避けていたのだが、その点は多歌も同じようだ。

 ――動機は違っても。


「あ、これ聞いても良いのかわからなかったんだけど」

 普通にお好み焼きは成功し、きつめのコーラで喉を潤す時間帯。

 やはり二人は差し向かいの状態だった。

 まるで互いが、それぞれ尋問するかのように――受けるかのように。

「何?」

 皿の上のお好み焼きの切れ端を箸でつつきながら広大が応じる。

 猫背で。

 まるで実験でもしているようだ。

「昨日の電器屋さん? あそこにコンポ見に行ったのよね?」

 膝を立てて、それに寄り添うように身体を斜めにした多歌が尋ねる。

「そうだな」

 広大はいつものように簡潔に答えた。

「それで不思議に思ったの。曲聞きたいならスマホでも大丈夫でしょ?」

「ああ、そういうことか。正確に言うとコンポというか、スピーカーが欲しかったんだ。この部屋ではそれも問題あるけど」

 何しろ掃除に気をつける壁の薄さだ。

「それでも欲しかったんだ」

「うん」

 迷い無く広大は頷いた。

 そんな広大の様子に半端な笑みを見せる多歌。

 戸惑っている、という感情が一番近いのかも知れない。

「別に隠してたわけじゃない。聞かれなかったし……そもそも人に説明するようなことでもないし」

「あ、ううん。そうじゃなくて、何だかその……何かにこだわってる、コーダイくんに違和感を感じたと言うか」

 その一瞬――

 広大は丸まっていた背を起こす。

 違和感。

 その単語が多歌から出てくるとは。

 それに広大は驚いたのか。それとも――

「そんなに聞きたい曲があるんだ?」

 だが、自らの膝に寄りかかったままの多歌は、そんな広大の姿を見てはいなかった。

 そのまま話を続ける。

「……“きこえるかしら”(※注1)という曲だよ」

 広大が、ぽそり、と返す。

「知らないなぁ」

「そうだろうな。随分昔のアニメの曲らしい。僕は二瓶に聞かせて貰ったんだ。あいつの部屋のオーディオセットで」

「そんなに違ったんだ。スマホで聞くのとは」

「ヘッドフォンもまずいんじゃないかな? あの曲は、身体全部で“聞く”ものだとおもう」

 あのアニメのオープニング映像もそんな感じだった――という印象を広大は語らなかった。

 どうやっても話が長くなる未来しか見えないからだ。

「じゃあ、ボクも聞かないでおくよ」

「……ここで聞くつもりか?」

「随分、物分かりが良くなったね」

「聞かせるとは言ってない。それにコンポ自体無いだろ?」

「ここに“居る”事はOKなんだ」

 愉快そうに多歌が笑いながら、広大を見つめる。

 その笑顔に広大は――


 その後は洗い物。

 ホットプレートの手入れに互いにてこずりながら、どうにかこうにか片付ける。

 お好み焼きとは、何よりも洗い物が多くなるものだ。

 その上、ソースに青ノリと、汚れも頑固なものが多くなる。

 片付けが終わった後、二人がインスタントコーヒーで、一息ついたのも無理のない話。

 しばらく、まったりとして交代で風呂に入る。

 まるで慣れた作業をこなすように。

 多歌も無闇に挑発しないし、広大も下手に警戒しない。

 その後は深夜バラエティの芸人の好き嫌いで、一悶着あったが――就寝に至る。


 やたら寝付きの良い多歌の寝息が、ベッドの下から聞こえる。

 側に男がいるのに無防備過ぎる、などという説教にもはや意味は無いのだろう。

 それほどに馴染んでしまった。

 広大はベッドに横になって、暗闇の中、目をこらす。

 見えるのは見知った天井だけ。

 それは必要な事。

 だがそれ以上に広大の心を占めているのは、多歌が口にした「違和感」という言葉。


 ――違和感。


 普通とは違うと言うこと。

 つまり多歌は“普通”の広大を知ったということ。

 広大は今、進行中の実験の理由を考える。

 その実験が予想通りなら――その“始まり”を考え無ければならない。

 どこまでが確定していたのか。

 どこから世界がおかしくなったのか。

 恐らく場当たり的に、日々を過ごすだけではどうにもならないだろうし、ずっとこんな状態では広大が保たない。

 その原因を考えることは、決して無駄では無いはずだ。

 そこに何かの鍵がなければ――自分がこんな状況に晒されている事を説明出来ない。

 今度ばかりは広大は諦めることが出来なかった。

 自分の身を守るため。

 そして――

 広大はベッドの下でタオルケットを抱きかかえて眠る多歌を見る。

 理由だけならいくらでも思いつけた。

 口に出す必要も無い。

 やがて広大は意を決して親指をカクンと逆に曲げ――暗闇の中で目を閉じた。

※注1)

日本アニメーション・名作劇場「赤毛のアン」のOP。

ちゃんとして環境での音響の響きはまじで凄い。

しかしながら作者は「赤毛のアン」自体が受け付けないので一種のOP詐欺である。

ちなみに富野由悠季氏は、本作を見てあまりの動かなさに「ズルい」怒ったという(演出の一環と理解しながら)エピソードがあるらしい。

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