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シュレディンガーの恋心  作者: 司弐紘
9/2-A
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 二瓶はすぐに戻ってくるかと思われたが、冷蔵庫を探っているようだ。

 ため息をつき終わった広大が声を掛ける。

「僕にもコーラくれ」

「なんや、キツいの飲んでるな。俺もこれ貰うわ」

 返事と共に冷蔵庫が閉まる音。そして広大はベッドから滑り落ちて、テーブルの前へ。

 やがてペットボトルと、コップを二つ抱えた二瓶が戻って来た。

「順番言うのはなぁ、愛を育てるのに時間がかかるものだろうか? いう問題に関わってくるんや」

 そんな持って回った二瓶の説明を、広大はそれぞれのコップにコーラを注ぎながら、簡単にまとめた。

 数学の結論もかくや、と言う程に。

「つまり、痴情のもつれか」

「お前は散文的やなぁ」

「でも、この場合……うん? 三角関係だとすると――」

 二瓶を無視して、広大は推理を続ける。

 多歌が三角関係の頂点だとする前提を客観的に受け止めるためか、心持ち早口で。

「――取り合ってる男が出てくるだろ?」

「そう。どうも淵上の方が熱を上げてたみたいなんやけどな。相手は生徒やのうて、准教授や。ええと……」

 そこで、二瓶はようやく持ってきたメモ帳を広げた。

「“城倉じょうくらろう”――やな。学校のサイトで顔も確認出来るんやけど、まぁ、ハンサム」

「直球だな」

「ここで言葉飾ってもなぁ。天パなんか知らんけど、ウネウネした髪で『それ役に立つんか?』みたいな小さな眼鏡かけとった」

 あとで確認しよう、と広大は決意しながらも、大体のイメージは掴めたと一時保留にする。

「で、淵上さんは、その准教授の彼女だと」

「いやいや。それやったら不倫なってまうやろ」

「あ、結婚してるのか。この准教授」

「そこがまたややこしくてな。生徒の中の噂だけで、信頼性が何にもないんやけど」

 今までの二瓶の話も怪しい事には違いない。

 つまり、それ以上に怪しくなるのだろう。

「准教授は派閥のボスの娘と結婚しててな」

「入り婿か? その前になんの准教授なんだ?」

「せやった。ええと……日本の文学関係の教授や」

「頼りない」

「情報元からしてあやふややからな。それでまぁ、言ってみれば淵上は愛人」

「……という、あやふやな噂があると」

「で、それをあやふやにしてるんが、ボスである岳父の政治力やという、あやふやに輪をかけた噂があってな」

「じゃあ、そういう姿が目撃――これ変だな」

「そう。淵上は学校来てないわけや。もちろん学校の外で逢ってたらわからんねんけどな。その可能性に、みんな希望を託してるわけや」

 「希望」という言葉に対して、超過任務を申しつける圧力団体が発生しているようだ。

 だが、それを二瓶とこねくり回していては、話が先に進まない――と、広大はコーラを呷った。

 そしてコップをテーブルに叩きつけるように置く。

「で、愛人だったという希望的観測を前提にして次に登場するのが戸破と」

「そや。まさに順番や」

 広大の言葉に、二瓶は頷く。

「こっちも、目撃情報が少ないのか?」

「そうでもない。こっちも戸破の方が積極的らしくてな。この准教授の取り巻きちゅうか、まぁ、そんな感じやったみたいや」

「……“取り巻き”? そんなものが大学に発生するのか?」

「するんやろうなぁ。国立やと。で、准教授も愛想良うらしくて、つまりはティーチャーズペット(先生のお気に入り)

「その言葉(ティーチャーズペット)はお前が付け足しただけだな」

「当たり前や。お前以外の奴にうたら口ポカーンや。それが結構可愛い子らしくて」

「ほう」

 と、多歌の顔を思い出してしまったせいで、受け答えがおかしくなる広大。

 まるで長屋のご隠居だ。

 さすがに二瓶が怪訝な顔を浮かべている。

 広大は慌てて続けた。気になっている事もある。

「可愛いから、目立っていたと。で、こっちも文学関係の学部か?」

「ああ……それは聞かんかったな。重要か?」

「どうかな? 僕も何となく気になっただけだから」

 なるほど、この情報は流れていない。

 ――と、一旦はそう判断した広大だったが、親指をカクンと逆に曲げた。

「まぁ、これぐらいが成果かな。これぐらいちゅうか、いっぱいいっぱいうか」

 広大を、見つめながら二瓶は一段落つけた。

 さらにコップの中のコーラを呷る。

 それを斜めに見ながら、広大はさらに突っ込むことにした。

 いよいよと言うべきタイミングが近付いてきていることを受け入れながら。

「……どうも、偏りがあるように思うけど」

「元が噂やからな。それは偏りだって出てくる」

「犯人の方が普通、噂にならないか?」

「それだけ淵上の方がエキセントリックちゅうこっちゃろ」

「戸破は? 普通だと?」

「そういうことなんやろ」

「学年は?」

「あのなぁ、広大」

 おかわりのコーラを注ぎながら、二瓶は居住まいを正した。

 居直った、ようにも見える。

「そろそろ、そっちの番やろ。お前、何を隠し……いや違うな。何を知っとるねん?」

 二瓶はさすがに気付いていた。

 いや、気付く、ということなら電話で広大と話したときにもう気付いていたのだろう。

 だから、そろそろ潮時ということなる。

 広大は自分のコップにコーラを注ごうとしたが――それをやめた。

 喉が……ゴクリとなる。

「……実は……『戸破多歌』を僕は知っている」

「なるほど」

 二瓶はすぐに頷いた。

 そう言った事情がある事を予想していたのだろう。

「どっちかわからんかったけど、重要参考人の方か。それでなんや? 無実やと? ああ、それも似合わんな」

 確かに、知り合いだから無実に違いない――とは自分は考え無いだろうな、と広大は苦笑を浮かべる。

 そのわかりやすい変化に、二瓶の表情がさらに引き締まった。

 だからこそ広大は改めて思い知る。

 自分がどれほどの異常事態に巻き込まれたのか。

 そして、その“気付き”はまた――

「広大?」

「ヒバリさんは、俺の部屋にいる。もう一つの世界で」

 重ねての二瓶からの呼びかけ。

 それに対して反射的に広大は告げた。

 告げてしまった。致命的とも言える“もう一つの世界(言葉)”を。

 不意に背から押されたように。

 それを聞かされた二瓶の眼鏡越しの瞳に光は無い。

 広大を胡散臭く思っている……わけでは無く、単純に広大の言葉を理解しかねているのだろう。

 だが、こんな二瓶に、どう対応すれば良いのか広大にはわかっていた。

 つまり――


「説明きくか?」

「聞かいでか!」


 ――二瓶琢己とは、こういう生き物なのだ。

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