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シュレディンガーの恋心  作者: 司弐紘
9/2-A
12/52

被害者の横顔

「いきなりか? でも他にやりようが無いか。前置きなんていらないしな。でも被害者から……これも他にやりよう無いか」

 興奮気味の二瓶を諫めるつもりがあるのか。

 単純に広大が戸惑っているのか。

 しかし広大の狙いの有無関係無く、広大の指摘で二瓶は自分を省みることが出来たらしい。

 まずスマホをテーブルの上に置いて、今度はポケットからメモ帳を引っ張り出した。

「何だ? 随分とアナログだな」

「結局、書いた方が早い」

 そして、意気揚々とペンを回す。

 さらには、あぐらをかいているのに貧乏揺すりまで始めた。

 一体何に興奮しているのか。

 とにかく、喋らせるしかない――と、広大は諦めた。

「で、何か問題がある被害者なのか? その、淵上さんってのは」

「問題あっても所詮は対岸の火事。それは同じ学校の奴らも同じ心境らしくてな。あの学校のSNSは昨日からずっと賑わってたようやで」

「お前、それわかるのか?」

 そんな広大の質問を振り切るように、二瓶が流しへと消えた。

 カップ焼きそばのお湯を捨てに行ったらしい。

 ベコン、とシンクからの音が響く。

 お湯を捨てるなら水を流しながらやれ、と広大は二瓶に言った覚えがあるが、改めて注意する気にはならなかった。

 無言で広大が待っていると、二瓶が戻ってくる。

「……やから、基本はネトゲなんや。そこから辿ったら、あの学校の生徒も引っかかる」

「なるほど」

 他に合いの手の入れようがない広大。

「で、音声チャットじゃ、保存はどうにもならん。こういう時はアナログや」

 どうやらアナログ呼ばわりにしつこく抗弁したかったらしい。

 言いながら、丁寧にソースと麺を混ぜて行く。今度は割り箸を回しながら。

 一本一本にソースをからめるように。

「……なんにしろ尋ねられたことが嬉しいんやろな。それに、とにかく淵上ひとえの話がしたい。水向けるだけで、べらべらとほんまに」

「つまり……問題児だからこそ有名人?」

「そうとも言えるな。今はみんなで情報集めて、すり合わせしてるようなもんや。やってることは間違いなく下世話やけど」

「よくわからん」

「ようはあちこちで散発的な情報が出てくるわけや。それをつなぎ合わせると、なかなかけったいな女、ちゅうことが浮かび上がってきてな」

「反対の……と言うのも変だが、戸破さんは?」

 思い切って、広大は口を挟んでみた。

 あまり素直すぎるのも不自然だと感じたからだ。

 そんな広大に二瓶はニヤリと笑ってみせる。

「まぁ、待ちぃや。順番や順番。まず一般的なプロフィールから。四年生やな。文学部」

「文学部か……そういうのが存在していたのか」

「まったく、そんな学部抱え取って……それは、今はええことにする」

 一瞬、広大は失敗したと感じたが、二瓶は気付かなかったらしい。

 そのまま「淵上ひとえ」の説明に入る。

 広大はそれに添うように、少し突っ込んで尋ねてみた。

「それで? 淵上さんの容姿(ルックス)は?」

「鋭いとこ突くなぁ。さすがに写真UPするんはおえへんかったし、俺も要求せんかったんやけど――」

「正解だろうな」

「――髪はロングやな。黒いちゅうか濡れ羽色、みたいな表現になるらしい」

「なんでだ?」

「それも順番なんや。で、何だか痩せててアクセサリーも付けてへん。服はなんともその……貧乏そうで……」

「モノトーンってことか?」

「いや、それがどうも生活に疲れた主婦みたいな感じらしいわ。洗い晒しで……もっとも、そんなに目撃されてへんねんけど」

「じゃあ、学校に出てない?」

「最近は行ってなかったみたいやな。それでたまに見かけると前髪で顔隠して、それでちょっと離れ目でな」

「何となくイメージが掴めた気もする」

 広大の言葉に頷きながら、二瓶は焼きそばをひっくり返す。

 そのまま付属のふりかけを投入した。

「ただ淵上さんの場合、それが全部“コスプレ”の可能性がな」

 そして、不可解な説明を付け足す二瓶。

 これには広大も自然に訝しそうな表情を浮かべることが出来た。

 二瓶はようやく出来上がった焼きそばを啜りながら、続きを説明する。

「……コスプレうんは、つまりその言葉が便利や、いうだけの話でな。やけど、ほら、貧乏な書生、言うたら納得出来るような格好してたわけやし」

「書生って……あれ?」

 さすがにツッコミを入れようとした広大の頭の中に引っかかるものがあった。

 それは朝方テレビで見た、事件現場からの中継。

 あの風景からも広大は一種の時代錯誤アナクロを感じていた。

 レトロと言った方が聞こえは良いのだろうが。

 それが淵上ひとえからも感じられるなら……そして実際、彼女はあの界隈に住んでいたわけだ。

「中継、見たんか」

 タイミングを見計らったように、二瓶から鋭い指摘があった。

 それはつまり、二瓶の気付きが「正解」であると言うこと。

 広大は複雑な表情で、親指をカクンと逆に曲げる。

「なるほど。“コスプレ”な。つまり趣味の一環でそういう格好をして、そういう生活を送っていると」

 一応の納得を得ることが出来た広大。

 わざわざ、濡れ羽色、なんて言葉を使ったのもこの辺りが理由だろう。

 二瓶も割り箸を回しながら頷いた。

「せや。実際どういう経済情況なんかはわからんけど、どうも好きでやってるんやないか疑惑」

「昭和趣味とか」

「そういう意見もあったな。やけどコスプレのコンセプトとしては――」

「コンセプト……」

 思わず呟かざるを得ない広大。

 大仰なような、適切なような。

「――大正から昭和初期の文豪やな。生活苦で自殺してまうと言うか、思い詰めて死を選んでまうというか」

「それで“貧乏な書生”か。ああ、そう言えば首にロープなんて報道もあったな」

「それや。そこがもうSNSが盛り上がってる原因やな」

「自殺……だと重要参考人が拘束されないよな。いや……あ、刺殺……」

「な? わけわからんやろ? 淵上ひとえちゅう女の事を知れば知るほど、わけがわからんくなる」

「それで戸破……の方は?」

 もう容疑者は呼び捨てでないと不自然だと広大は判断した。

 一瞬、焼きそばを啜る手を止める二瓶だったが、説明を続ける事を優先する。

「だから、まだ早いねん。なんでこんな事が起こったんか? という疑問が出てくるやろ?」

「それは容疑者の説明してくれたら自然にそういう話になるんじゃないか」

「甘い! お前は時間差を考えて無いねん!」

 残りの焼きそばを一気に啜り上げると、二瓶は立ち上がって流しへと向かった。

 容器を捨てに行ったようだ。

 それはありがたかったが……広大はこっそりとため息をついた。

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