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シュレディンガーの恋心  作者: 司弐紘
9/2-A
10/52

多歌の消失

 目が覚めた広大は右手を枕元に伸ばし、むんずとスマホを掴む。

 そして確認する。

 時刻では無く日付を。


 9/2


 広大はガバッと起き上がりベッドの横の床を見る。

 誰もいない。布団も敷かれてはいない。

 当たり前だ。記憶はある。

 定食屋を出て、ウダウダと話しながら二瓶に送って貰い、深夜のバラエティを何となく見て眠った。

 大学生の平均的な夏休みの風景と言えるだろう。

 何なら自堕落具合が足りないほどだ。

 しかし、そんな生活は広大にとっては「一昨日おとつい」という感覚になるのだ。

 昨日の記憶から連続しているなら……

 広大は顔をしかめる。

 昨日は「九月一日」だった。そこから一夜明けた。だから「九月二日」。

 そこに何の不思議もない。

 だが、昨日と認識しているBの「九月一日」から連続した「九月二日」だとは広大には思えなかった。

 ベッドから出る。

 シャツにパンツ。

 このシャツは洗濯したモノだ。

 これはBと同じだ。これでは区別出来ない。

 冷蔵庫を開ける。卵の数を数える。減っていない。「八月三十一日」から。

 Bの記憶が正しいなら、この卵の数はおかしい。

 広大はついでとばかり、卵を二つ取り出してボウルに放り込んだ。

 目玉焼きを安定させるために、まずは常温に戻そうと広大は考える。

 状況を確認するついでだ。

 “ついで”。

 この建前が使える時こそ、人はもっとも能動的に動けるのかも知れない。

 その“ついで”が積み重なった結果、今の広大の頭の中には「目玉焼きを理想の形に仕上げるためのノウハウ」が積み重ねっている。

 だが成功した試しはない。

 頭でっかちの見本だ。

 その点「フライパンが曲がっている」という指摘は新鮮だった。

 もちろん、それを確かめる方法もないし、買い換える必要も感じない。

 それはAでもBでも同じこと。

 何かを否定するために、広大は聞きかじっただけの――ネットで拾っただけの――知識を使うことにした。

 そして、パックご飯を引っ張り出す。


 当たり前にベーコンエッグは失敗し、非常に偏った黄身が箸をつけるタイミングを限定してくる。

 幸いと言うべきか、広大の好みはガチガチのハードボイルドだったので偏ったところで、被害は少ないのだが。

 塩胡椒をかけただけのベーコンエッグを箸で分解していた広大の手が、ふと止まる。

 が、それを誤魔化すように、さらにベーコンエッグを分解していった。

 そして減っていないインスタント味噌汁を啜りながら、スマホをスワイプ。

 調べたいのは女子大生の「自殺」――いや「殺人」ということになってしまった。

 

 淵上ひとえ

 戸破多歌


 この二つの名前で検索すれば、自動的に今、世間を騒がしている殺人事件がピックアップされてしまうからだ。

 広大はさらにテレビを点ける。

 朝のワイドショーをハシゴしていくと、問題の殺人事件が扱われていた。

 全国で報道されている――いや、それだけの要素はあるようだ。

 被害者は首にロープをかけた状態で発見されたらしいが、死因は刺殺。もしくは出血多量。

 その他、凶器になり得る物騒な道具が部屋から発見されている。

 そして、その凶器を用意したのは、被害者である淵上ひとえであるらしい。

 死体が発見された部屋も、ひとえが借りていた部屋だ。

(部屋、か)

 テレビとスマホを等分に見ていた広大は、その上朝食を摂りながら情報収集に努める。

 ネットにも上げられていたが、現場となっているアパート「明月荘」は空撮の対象となっているらしい。

 全体像、それに周辺の様子も窺える。

 アパートは木造で随分古く、減価償却は随分前に果たされた事が伝わって来るし、周囲の風景も「再開発を待て」と言わんばかりの状態だ。

 テレビ局は中継車まで投入しているようだが、それはあまりにも「殺人事件」に似合いすぎるロケーションだからなのでは? と広大は邪推してしまう。

 それほどまでにアパートの周囲はゴミゴミしながら、それでいて寒々しさを両立させていた。

 そして重要参考人として捕まったのは同じ大学に通う戸破多歌。

 痴情のもつれ、などという単語が脳裏に明滅する。

 そして、その言葉と現場の風景は「昭和」という要素を加えれば、実にベストマッチングの風情を醸し出すことになるだろう。

 情報収集を一段落させた広大は食器を重ねて、流しへと運び流れ作業のままに洗い始めた。

 そんな機械的な動きの中で、広大はとりあえずの外出を考えてみる。

 通り一遍の情報収集を終えたが、広大はまだ不足と考えていたからだ。


 ――この世界が、Aの続きだと判断するには。


 しかし洗い物が終わり食器を水切りのために縦に並べ終えても、広大は流しの前に立ち尽くしたままだった。

 これから自分が動いて情報収集したとしても、ただ傍証が集まるだけだ。

 広大はその事実に思い至って、動きを止めた。

 左手の親指をカクンと逆に曲げる。

 やりたい事と、やるべき事はずっと前から一致していた。

 だが、その行動を起こすための“ついで”がどうしても思いつかない。

 広大は、ずっと前からその“ついで”を探していたのだ。

 情報収集のために外出しようと考えたのは、まさに“ついで”を探すための“ついで”であったのだが、本命が見つかる未来を広大はどうしても想像出来なかった。

 となれば――思いきるしか無い。

 広大は、ベッドに腰掛けスマホをタッチ。

 流れのままにRINEを起動し――


 ――>昨日の事件、詳細を知りたい。何か情報入ってるか?


 と、二瓶にメッセージを送る。

 それが「正解」であることは広大もわかっていた。

 だがそれでも、今の広大は時限爆弾を仕掛けたような感覚を味わうことになってしまう。

 昨日の今日だ。

 Aの世界が連続しているのならば。

 自分の行為が果たして許されるものなのか?

 そんな疑問を抱きながら、逃避のために広大はそのままスマホで、適当な動画を眺め続けた。

 これは二瓶からの連絡にすぐに応対出来るという“ついで”も成立している。

 そうやって、昼過ぎ――


『何や、昨日の今日で』


 二瓶から連絡が入った。

 今度は平均的な大学生の起床時間に起きたらしい。


 ――いや、あれはBの世界での話だったか?


 広大は整理の必要性を感じながら、二瓶に呼びかけた。

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