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1)空、遠く。


大好きな人が関西に転勤になって、もうすぐ1年が経つ。

別に付き合っているわけではない。それなのに、自分でも大したものだと思う。

まさかこれだけ離れても「好き」という気持ちがこんなにも薄れないものとは思いもしなかった。

私は郊外書店のアルバイト。「彼」は私の同僚の友人で、違う店舗での勤務だったがその同僚を通して親しくなった。そのころから仲はよかったように思うが、「恋愛」の二文字は少なくとも私のほうにはなかったように思う。むしろ、そのころはこちらに別の相方がいた。


かつての相方とは、同じ職場だったのだが、私の仕事が変わってからすれ違いが増え、お互いに仕事中心の生活に移っていくに連れ最終的には話し合いで終わりにした。嫌いになったわけではなかったが、そういう状況が続けばうまくいくはずもなく、特に喧嘩をするわけでもなく穏やかに幕を閉じた。

でも本当の理由は今でもよくわからなかったりする。

生活時間のずれを何とかする方法もあったんじゃないかと思う。でもそれを考えたりする時間を作ろうとしていなかったし、多分考え付いても実行に移さなかったんじゃないかと思う。

そのころの二人は本当に仕事が大事で、それを続けるにはお互いの存在が邪魔―までは行かないにしろ、多少のストレスに近いもの―になっていたのは違いなかった。

2年付き合って、その間同棲もして、お互い知り尽くしていたのに…いや、知りすぎてたからなのか。

その人を好きだったことは否定しない。もう昔みたいに何かにつけて理由が必要な子どもではないから。でも、その人のどこが「好き」だったのかがもう思い出せない。

過去の恋愛なんて、そんなもんなんだろうな、と勝手に納得することにした。


そういう別れがあってから3ヶ月くらいのことだったと思う。

店舗交流やら会社の研修などで「彼」と一緒に行動する機会が増えた。知り合ってまもなくのころよりは話すようになったし、こちらもフリーになったことで異性に対する変な遠慮がいらなくなっていたことで、私はいろんな意味でバリアフリーな状態だった。

そういう状態は「彼」だけでなく周囲の人間全員が知っていたのかもしれない。別の人が誘ってくることもあったし、下心がなかったにしても、バリアフリーな女と男が仲良く2人でいたら周りの人は変な空気を感じるに決まっている。むしろ、そういう状況を作り出されてしまい、心中に波風を立てられた私はヤケになってヘラヘラしていた。

その日は研修の日だった。研修終わりに、引率の上司が

「打ち上げしよう、せっかくビアガーデンやってるし!」

と誘ってくれたのだった。

ビールは苦手だった。でも上司がこうやって上機嫌で誘ってくれることも滅多にない。断る理由はないけれど、少し休んでから移動したいな…と考えながら、周りが移動を始めるのに返事代わりでついていこうとした時だった。

「あ、僕、スーツなんで着替えようかなと。車も置いていきたいんで一回家帰ります」

「彼」が皆を見送るようにして言った。

「そうだな。じゃあ先に行ってるから後で合流しようか」

「はい…でも一人だけ抜けて合流ってのもちょっと寂しいからどうしようかなと」

「彼」は少しもじもじしながらそう言った。

「じゃあ私、付いていくよ。」と、気づいたら私も言っていた。「彼」は、うん、と頷いた。

そうして、その日私は「彼」の車に乗って家に初めて行き、シャワーを浴びて着替えるのをソファーでうとうとしながら待ち、地下鉄に乗ってビアガーデン会場へ他愛もない話をしながら向かった。


「彼」の寂しいからどうしよう、という言葉は、別に私に向けてそれを言ったわけではなかったかもしれない。こちらを向いていたかどうかは私のいた位置からはわからなかったし、それを本人に聞いて確かめることも出来るだろうけど、きっと「彼」は憶えていないだろう。

けれど、その申し出は私にとってはこの上ない助け舟であったことは言うまでもない。そしてその時の「彼」のもじもじした顔は、今まで私が出会った男性の中で一番魅力的な顔だった。


その時に私が恋に落ちたかどうかはわからない。簡単に恋に落ちれるほど恋愛経験が少ないわけではなかったし、そもそも一緒にいる時間が増えたから「好き」と思うには直前の経験から無理がありすぎた。ただ、「彼」を自分にとって「特別な存在」と認識するには充分すぎるきっかけだった、とは思う。

それからまた3ヵ月後、突然転勤が決まって「彼」が関西に経つ日に、私はそれまで心で暖め続けてきた気持ちを電話で伝えた。空港の喧騒をバックグラウンドに「彼」は、ありがとう、と照れくさそうに言ってくれた。数十分後、「彼」を乗せた飛行機が青空に飛び立った。

電話を切った後、その青空を私は川沿いの堤防からずっと見上げていた。


空が青く見えるのは大気が光を吸収したり反射したりしているからだ、という科学的な根拠が解明されてはいるが、そのことを必ずしも全ての人が知っていなければならないというわけではない。

それと同じように、私が「彼」を「好き」になった根拠がどこかにあったとしても、それがわかろうがわかるまいが、私の気持ちは変わらない。「こういうところが好き」という後付された理由の逆が起こったとしても、それが「彼」を「好き」でなくなる理由にはならないからだ。かつての相方と私が、そうであったように。


空は気まぐれに表情を変える。穏やかな青空の時もあれば、不安を誘う曇天の時や雷雨になることだってある。それでも私と「彼」は等しく同じ空の下にいる。遠く離れていても、同じ空を見上げることが出来ているなら、その距離は私の気持ちにさほどの問題は与えないだろう。


次に「彼」に逢う時、空を見上げれたらもう一度気持ちを伝えてみようと思う。

空よりも近い距離で、彼の照れくさそうな表情を本当は見たいのだ。

それまでは同じ空を見上げて、「彼」を想おう。

続き物ではなく、短編集として定期的に執筆していく予定です。

何篇まで続くか未定ですが…お付き合いいただけると幸いです。

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