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負けませんから!

 男女の仲というのは親しくなるにつれ距離が縮まるわけで、俺とつむつむとの仲も徐々に———ではなく一気に縮まった。


「それじゃあ、基本的なところからいこうか」


 まだ中学1年生の彼女相手なのでじっくりと基本から積み上げていこうと思い、インステップ、インサイド、アウトサイド、インフロントなど基本的なキックの仕方を教えていった。


「えっと、こうですか?」


 普段の行動を見ていると、どうも鈍臭いイメージを持ってしまうのだが実際のつむつむは飲み込みが早く、練習はスムーズに進んでいった。


「おっ! 筋がいいなつむつむ。早々に俺の役目終わるんじゃないか?」


 別につむつむに教えるのが嫌という訳ではない。むしろつむつむとの時間は楽しかった。見てるだけで癒されるって言うのかな? アニマルセラピーならぬ、つむつむセラピーと言うべきものだった。


「えっ? い、嫌———じゃなくてまだまだ全然です。い、いきますよ先輩。えいっ」


 つむつむがわざとらしく蹴ったボールはフワリと俺の頭を越えていった。いやいや、意識的に浮かせられるってのがすごいと思うよ?


「あ、あー、ごめんなさい先輩」


 台詞棒読みだぞ大根役者。

ボールを取りに走り寄ってきたつむつむを手で制して「いいよ」と声をかけた。

 ボールに追いつきクルッと振り返ったところで視界が真っ暗になり、顔にむにゅっとした感触がした。


「きゃっ!」


 どうやらいいよと言ったにも関わらず、つむつむもボールを追いかけてきてたらしく、俺が突然しゃがんでボールを取ったのでそのまま突っ込んできたみたいだ。

 

 ……わざとじゃないよね?


「す、すみません」


 つむつむはさっと身体を離して真っ赤な顔で俯いた。さすがにパフパフは恥ずかしかったみたいで事故だったことが証明され———「やりすぎちゃった」なかった。


「ごちそうさ、いや、気をつけようね?」


 ついつい本音が溢れそうになってしまったがなんとか思い留まることができた。


「陣〜、そろそろ帰ろう〜」


 中学時代、付き合ってはいなかったが仲のいい幼馴染だった京極とは登下校は一緒だった。


「京極先輩」


 京極の登場で小さな身体をさらに縮めるつむつむ。


「紬お疲れ様。そろそろ陣返してもらうね」


 ニッコリとつむつむに笑いかける京極の表情には自分のものだという自負と余裕が現れていた。まあ、その頃は京極に惚れていたのだから仕方ないんだけどな。


「じゃあつむつむ。今日はこれくらいにしようか」


 つむつむの頭の上に手をポンと置いて慰労をした。その途端に強張っていた表情はふにゃっと崩れて「えへへへ」と言う声が洩れた。


「むぅっ! 陣行くよ」


 それを見た京極は機嫌を損ね、俺の袖を引っ張ってさっさと歩き出した。思えば京極もつむつむを色んな面でライバル視していたんだろう。結局、京極が引退するまでつむつむは希望していたリベロではなくセッターで起用されていた。それはそれですごいんだと思うけどね。


♢♢♢♢♢


「つむつむ、高校でもやっぱりリベロ?」


 俺たちが中学を卒業した翌年、つむつむ達は全国で準優勝した。その大会は俺も京極と見に行ったがつむつむはコートを縦横無尽に動き回り、ボールを拾いまくった。俺はその姿に感動の涙を流し京極と静にドン引きされた程だ。


「は、はい。今度こそ京極先輩に———」


『ピンポーン』


 つむつむの言葉を遮るように家のインターホンが鳴り「は〜い」と母さんの声が聞こえてきた。


「陣〜、姫ちゃんきたわよ〜」


「は?」


「は? じゃないわよ。姫ちゃんよって。早く出てあげなさいよ」


 母さんはそう言うとパタパタと小走りでキッチンに戻って行った。


 京極? 今更何しにきたんだ?


 俺が難しい顔で思案していると「あ、あの」とつむつむが覗き込んできた。


「私、そろそろ帰りますね」


 いつの間にか荷物を持ったつむつむが階段を降りようとしていた。静が「送るよ」と声をかけてたので、俺は静の肩を掴んで「つむつむは俺が送るよ」と言った。


 つむつむも静も目をまん丸にして驚いている。


「お兄ちゃん、姫ちゃんは?」


 何かを感づいているのか、静が恐る恐る聞いてきた。つむつむは訳がわからずオロオロ。


「もう別れたんだから俺の知ったことじゃないだろ?」


 感情的にはならないように落ち着いて言えただろうか? 俺の言葉につむつむも静も言葉をなくしている。


『ピンポーン』


 再度、インターホンが鳴った。


「陣、何してるの? 早く出てよ」


「私出るね」


 母さんの言葉を遮って静が玄関へと走って行った。


「あ、静、こんばんは。陣いる?」


 いつもと違う弱々しい声。落ち込んでる時の京極の声だ。


「あの、姫ちゃん。お兄ちゃんと別れたって本当?」


 ドストレート。静は京極に問い詰めた。

隣でつむつむが息を呑む。


「……うん」


「そうなんだ。じゃあ、ごめんね?」


 静は無表情で京極を無理矢理玄関から押し出して鍵をかけた。あまりの出来事に俺は硬直。


「ちょっと静、どうし———」


 母さんが様子を見にきたが無表情の静を見て黙り込んだ。


「母さん」


 俺は階段を降りて静のところへ行き、頭をぐりぐりと撫でた。


「……髪型乱れる」


 涙目で抗議する静だが、その涙はもちろん髪型に対してのものではない。


「京極とは別れたから今後は俺に取り継がないでくれ」


「……別れた? 姫ちゃんと? なんで?」


 ギギギギと錆びたロボットのように首を回した母さんが俺に向き合った。


「俺は彼氏としてはイマイチなんだと。つまり振られたって訳だ。もうあいつには新しい彼氏もいるから」


 簡単に説明をし、未だ階段で固まっているつむつむの手を引っ張り玄関まで連れて行った。


「じゃあ、つむつむ送ってくるから」


 つむつむははっとした顔になると、ローファーを履いて「お邪魔しました」と母さんに頭を下げた。


 外に出るとすでに京極の姿はなかった。まあ隣だしすぐに家に入ったんだろう。


 すでに辺りは暗くなっており、少し肌寒く感じた。


 街灯の明かりの下、つむつむの家まで歩いているとピタッとつむつむが足を止めた。


「……先輩。京極先輩と別れたんですか?」


 俯いていた顔を上げ、俺を真っ直ぐに見据えてつむつむが聞いてきた。


「ああ、別れた。いや? 振られたかな?」


 自嘲気味に笑うと、つむつむの小さい身体が俺の左腕にしっかりと抱きついてきた。


「じ、じゃあ、こんなことしても怒られませんよね?」


「はっ?」


 あまりの出来事に言葉を失ってしまう。でも、抱きつかれた左腕からつむつむの優しさが感じ取れる。温かく、柔らかい。


「先輩! 私負けませんから!」


 つむつむには珍しく言い切った言葉。


「バレーでも恋愛でも負けません。だから———」


 グイッと左腕を引っ張られ、左頬に柔らかな感触。


「先輩も、覚悟しておいてください、ね?」


 俺は何を覚悟すれば良い?


「は? あの後お兄ちゃんに宣戦布告した?」


「(コクコク)」


「戦線布告は京極先輩にじゃない?」


「……(グッ!)」


「恥ずかしいのはわかったけど、無言でサムズアップはやめよ?」

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