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愛弟子は妹の親友

 紫穂里さんとのデート……もとい、買い出しが決まり自宅に帰ると見慣れないローファーが玄関にあった。


「んっ? 静の友達でもきてるのか?」


 妹はよく家に友達を連れてくる。

理由は「でかけるの面倒だし」だとさ。


「ただいま」


 ニューバラのスニーカーを脱ぎ捨てて玄関に上がると2階から扉が開く音がした。


「お兄ちゃんお帰り」


 珍しく静が階段の上で出迎えてくれている。黒のブラウスにギンガムチェックのキュロットに身を包んだ妹はちょっと大人びていて背伸びをしているような印象だった。


「ただいま。友達でもきてるのか?」


 なぜかニヤニヤしている妹に違和感を覚え、俺は警戒心を抱きながら訝し目な表情で対応した。


「せ、先輩?」


 返ってきた声は妹のものではない、かわいらしい声だった。


「……つむつむか?」


 その声は今までも何度も聞いたことがある大島紬(おおしまつむぎ)のものだった。


「は、はい。お久しぶりです。先輩」


 つむつむは静の親友であり、うちの高校に入学してきた俺の後輩でもある。静に背中を押されたつむつむは学校帰りに寄ったのだろう。真新しい制服に身を包んでいる。

 

 そう、制服姿で階段の上にいるのだ。

もちろん俺は下から見上げることになる。


 制服姿のつむつむを。


 ミニスカ姿のつむつむを。


「っと」


 ミニスカからチラチラと誘惑してくるピンクの布から視線を逸らすと、その行為の意味に気づいたつむつむがかわいらしい声を上げた。


「ふぇ?」


 つむつむは慌ててスカートの裾を押さえながら階段から離れようと後退るが、真後ろにいた静に当たりバランスを崩してしまった。


「危ない」


 階段を落ちてくるつむつむを受け止めるべく階段を駆け上がり間一髪受け止めることに成功した。


 むにゅ


 つむつむの腰を両手でホールドし、視界は真っ暗。そして顔は柔らかいものに覆われている。


「んっ」


 艶かしいつむつむの声が耳元で聞こえる。


「だ、大丈夫か?」


 すぐに身体を離して平静を装うが、対するつむつむの顔は真っ赤だ。


「だ、大丈夫、です」


 俯きながら小声で返すつむつむに、ニヤけ顔の静が揶揄うように口を開いた。


「パンツを見られて、パフパフもしちゃったけどね」


「せ、静ちゃん」


 階段を駆け上がり静の口を両手で塞ぐつむつむ。


 いや、だから見えてるってば。


 男が苦手で普段は警戒心が強いけれども、俺には慣れているせいか、どうも警戒心が低い。


「え、えっちです。先輩はえっちだと思います」


 エッチ? いや俺のせいか?


 肩にかかるくらいのツインテールが小刻みに揺れている。真っ赤な顔もかわいらしい。


 階段を上り静の後ろに隠れているつむつむの頭を撫でる。艶のある髪をサラサラと撫でると「えへへへ」とはにかんでいる。


「この子、お兄ちゃんに限りお触りOKだったね」


 静が言う通り、つむつむが俺に好意を持ってくれているのは周知の事実。だってこの子、素直すぎて隠すの下手なんだもん。

 中学時代も何度かやらかして京極からマークされてたんだよな。あいつ、かなり嫉妬深いからな。同じバレー部ってこともあってつむつむも大変だったろうに。あの頃もつむつむかわいさにそれとなく京極から庇ってたからな。あいつも単純だから頭撫でてやれば機嫌直ったけど。


「そういえば明日から部活見学だろ? つむつむはバレー部に行くのか?」


「はい。もちろんです」


♢♢♢♢♢


 つむつむとは静の紹介で知り合った。たしか中2の夏休み直前だったかな? その日は午前中に部活でしごかれて夕方、自室のベッドに倒れ込んでいた。


「いくらサイドバックはスタミナが命だからって走らせすぎじゃね? 事あるごとに走れ走れって俺はメロスか!」


 ベッドに突っ伏したまま顧問への愚痴をこぼしていると部屋の扉が「ガチャ」と開かれた。


「お兄ちゃん入っていい?」


 みなさんお気づきだろうがこの妹、すでに部屋の中にいます。


「……ノックって知ってるか?」


 顔を向けるのも面倒だったので、枕に顔を突っ伏したままで問いかけてみた。顔を見なくても今の静の表情がわかる気がする。


「別にいいじゃん、それとも見られて困ることでもしてたの?」


 俺は妹にどんな印象を持たれているのか聞くのが怖かった。俺ってそんなに発情してるように見えるのか?


「で、なんだよ? 用がないならさっさと、……そちらさんは?」


 静の後ろにはいかにも1年生ですと言わんばかりのダボダボのセーラー服を着た小さな女の子がいた。静だってそんなに大きくないのに、その少女の頭は静の肩にも届いていない。


「友達の大島紬ちゃん。かわいいでしょ?」


 ふむ。俺はベッドから身体を起こして静の背後の少女に目を向ける。身体のサイズ的なことだけではなく大きな瞳に形のいい唇、天使の輪のある艶やか髪。


「ん、間違いないな」


 この子は間違いなくモテるだろうな。って俺は何をさせられてるんだ?


「あのねお兄ちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど」


 お願い? 静のお願いなんてパシリしか思い浮かばない。


「アイス買ってきて」とか


「ポテチ食べたい」とか


「シャー芯なくなったから買ってきて」とか


 今日はなにか? 友達が遊びにきてるからオヤツ買ってきてってことか?

 まあかわいい女の子を見れたんだからそれくらいはしてやるか。

 財布を持って静に言ってやった。


「甘い系か辛い系。どっちがいい? 紬ちゃんは甘い系かな?」


 やっぱりかわいい子には甘いものが似合うよね。アイスか? チョコか? それとも和菓子か?


「お兄ちゃん、おやつは後で買ってきてもらうとして、本命は違うんだ」


 結局オヤツは確定なんだな?


「あ、あの」


 その子は俺の目の前にくると、その愛くるしい顔を真剣な表情にして訴えていた。


「私に、ボールの蹴り方を教えて下さい」


 しっかりとした口調でそう言うと深々と頭を下げた。


「どゆこと?」


 真剣な表情のつむつむからは強い意志が伝わってきた。なにかを成し遂げようとしているような意志が。


「私、バレー部に入ったんです。それで、リベロなんですけど、同じポジションの先輩がすごく上手で。普通にやってたらダメだなって。なりふり構わず頑張らなきゃって思ったんです」


 スカートの裾を両手でギュッと握る姿は彼女の強い意志を表していた。


「私、小さいじゃないですか?」


 思わずセーラー服のリボンを見てしまった。その年にしては育ってる方じゃない?


 ……身長だよね。


「だから左右に振られちゃうと、咄嗟に切り返せなくて。そんな時に足も使えたら便利じゃないかなって。だから……私にボールの蹴り方を教えてください」


 うん。気合いの入ったいい表情だね。

そのギャップに惚れちゃいそうだよ。


 それにしてもリベロねぇ。


 今のレギュラーって……。


「ねぇ、つむつむ」


「つむつむ?」


「かわいくない?嫌ならやめるけど」


「い、いえ、いえ。嫌じゃないです。好きに呼んでください」


 両手を突き出して左右にパタパタとして否定する。かわいい。


「じゃあ、改めてつむつむ。君のライバルって?」


「あ、はい。2年の京極織姫先輩です」


ですよね。


 当時はまだ片思い中だった相手。そのライバルになるかもしれない子からのお願い。


 迷うなぁ。

 

 姫に嫌われたくはないけど、この子の思いにも応えてあげたい。


「だめ、ですか?」


 顎に手をやりウンウンと唸ってたので彼女も心配になったみたいだ。そんな潤んだ瞳で上目遣いってずるいと思うよ? わざとだったら相当あざといからね?


「う〜ん?」


「あ、あの先輩。ただでとは言いません。ちゃんとお礼はします」


 真剣な表情で頭を下げられるのは何度目だろう? それにお礼? エッチなのはだめですよってやつだよね?


 しかし、いつまで経ってもその名言は現れない。まさか、どんな願いも叶えてくれるのか?


「あ、あの」


 ん? ここでくるか。焦らし作戦だな。


「ん?」


 俺は特に意識してませよ〜という雰囲気を醸し出しながら返事をした。


「ひ、ひとつだけでお願いしますね」


「……お願いの内容は?」


「先輩にお任せします」


「仕方ない。コーチは任せてくれ」


 即答した。妹の視線が痛い。


 こうして俺はつむつむと師弟関係を結んだわけだが、当初は小さい身体におとなしい性格のつむつむがバレー? って思ったけど、コートでのこの子は別人だ。小柄な身体は全身バネか? と思う程の瞬発力で相手のサーブやスパイクを拾いまくっていた。


「へぇ、すごいな」


 素直に思った。身体的なハンデがなければ姫以上なんじゃないか? 鍛えれば確実に伸びる。


 そこから俺とつむつむとマンツーマンの秘密の特訓が始まった。





「あのねお兄ちゃん」


「ん?」


「つむつむ、高校に入ってからDがキツくなってきたんだって」


「せ、静ちゃん!」


「あ〜、だいぶ差をって、ペン先を目の前に向けるな!」


「チッ!」

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