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つむつむの逆襲

 新人戦が近くなり、試合形式の練習に大半の時間を費やした。

 俺は特に縦ラインの南雲先輩と、逆サイドの東野との相互理解に時間を費やした。

 

「南雲先輩、先輩が中に絞ったときはサイドも意識して下さい。空いたスペースは俺が使います」

「東野、基本はつるべの動き意識するけど帯人が持った時は積極的に行こうぜ」


 そしてうちの司令塔はというと、人が変わったかのように先輩達ともコミュニケーションを取るようになっていた。特に中盤の底でコンビを組む植田先輩とはピッチを離れてもサッカー談義に花を咲かせていた。


「植田さん、やっぱバルサっすよ。どっちかって言うと俺はイニエスタ的な役回りじゃないっすか?」


「何言ってるんだよ唐草。お前ピルロになれって言われたんだろ?やっぱりミラン時代のピルロ最高だよな!」


「あっ? 何言ってんだよ植田さん。ピルロっつったらユーヴェ時代だよ。あの熟練の技見てなかったの。それとも理解できる頭がないとか?」


「あっ? お前何調子乗ってるんだ?」


 これはあれだな。純粋にうちのチームの話だけにしてもらいたいな。


 帯人と植田先輩が部室でやいのやいの言っている間に着替え終わった俺は「お疲れ様でした」と残ってるやつらに声をかけて部室を後にした。


 部室を出て鞄からスマホを出すとメッセージが届いていた。


『一緒に帰りたいな』


 紫穂里さんからのお誘い。断る理由は特にないので『了解』と送り、体育会系のマネージャー共同の部室の側で待機していた。


「あ、先輩。お疲れ様です」


 制汗剤の匂いだろうか、ほのかに柑橘系の匂いが漂うつむつむが鞄を後ろ手に持って覗き込んできた。


「おっ、バレー部も終わったか」


 俺の顔を覗き込みながら、うれしそうに微笑んでいるつむつむは動物セラピーならぬ、つむつむセラピーと呼んでいいほど癒される笑顔だった。


「ふぇっ?」


 あまりのかわいさについつい頭を撫でてしまう。それもまたつむつむクオリティ。


「あ、悪い悪い。つむつむ見てると撫でたくなるんだよなぁ。静を待ってるのか?」


 お絹もかんざしもいないということはそういうことだろう。帰りはいつも一緒だって言ってたからな。


「あ、はい。いつも部室終わったらここで待ってるので。あ、あの? ひょっとして先輩も一緒に帰ってくれるんですか?」


 キラキラと目を輝かせているつむつむに、俺は馬鹿正直に紫穂里さんを待っていると言ってしまった。

 

「……そう、ですか」


 そう言ったつむつむは、俯いたまま鞄を正面で持ち直してブラブラさせている。


「あ〜、つむつむごめんね。待った?」


 どうしたものかと悩んでいると、静が紫穂里さんと一緒にやってきた。


「ううん。私も今きたところ」


 なぜかデートの待ち合わせをしたカップルのようなやり取りをしだした静とつむつむ。


「お待たせ西くん。帰ろうか」


 気落ちしているつむつむを他所に、紫穂里さんは俺の左腕に抱きついてきた。


「紫穂里さん?」


 俯いていたつむつむが顔を上げて、じっと俺を見つめてくる。


「あ、あの……せ、先輩達はひょっとして、お付き合い、してるんですか?」


 その声色は弱々しく、身体は小刻みに震えている。


「あ〜、いや。お付き合いしてないぞ」


 正直に俺が答えると左腕がぎゅ〜っと締め付けられた。不機嫌ですと言わんばかりの紫穂里さんを他所に、つむつむはほっとした表情でそっと俺の右腕に触れた。


「よ、よかった。ま、まだダメですよ?」


 ん? 何がダメなんだ?


「くふふふふ。お兄ちゃん。そろそろ覚悟決めないと後で後悔することになるかもよ?」


♢♢♢♢♢


 翌朝、朝食を食べ終わり学校に行く準備をしているとインターホンが鳴った。


「は〜い」


 1番近くにいた母さんが対応していると、「あらあら。ちょっと待っててね」と弾んだ声。


「陣、かわいい女の子がお迎えにきてくれたわよ」


 右手で口元を隠しながら「ふふふ」と笑う母さんはとても不気味だ。


 それにしてもかわいい女の子って?


『せ、先輩! さっきぶりです!』


 扉の向こうで母さんの言う通り、かわいい女の子が勢いよく頭を下げていた。


「おお、早いなつむつむ。静ならさっきトイレに入ったからちょっとだけ待ってて———」


「ちが、ちがいます。今日は先輩を、じ、陣さんと一緒に学校に行きたくて迎えにきました」


 ん? 陣さん?


「へっ? 俺?」


 あっ、やべっ。変な声出たや。


「はいっ、これから毎朝よろしくお願いします」


 さっきよりも勢いよく頭を下げたつむつむ。ランドセルを背負っていたら荷物を全部落としそうだ。


「はい? 毎日?」


 俺の聞き間違いであって欲しいという願いを込めた問いかけは「毎日です」というつむつむの満面の笑顔の前に消滅してしまった。


「それにしてもつむつむ。準備早くない?」


「そ、そうですか? ちゃんとシャワー浴びてきました、よ?」


「メシは?」


「……」


「メシは?」


「……学校で朝練の後に、食べます」


「……俺、そこまでもたねぇや」

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