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臭えよ

『おい陣! あれはどういうことだよ!』


 放課後、帯人からのしつこい程の着信に観念してスマホを耳に近づけた瞬間、あまりの声のデカさに思わずスマホを遠ざけた。


『聞いてるのかよ陣! なんで織姫ちゃんが佐々木と手繋ぎながら帰ってるんだよ! お前はお前で部活サボりやがって!』


 佐々木? ひょっとしてバレー部の佐々木のことか? そういうこと? 好きなやつが出来たからもう用済みよってやつか?


「なあ帯人。佐々木ってバレー部の佐々木か?」


『そうだよ! って電話じゃ埒があかないからちょっと出てこいよ! 俺も朱音もこのままじゃ今日は寝れねぇよ!』


 久留米? そう言えばあいつ、今日おかしなこと言ってやがったなぁ。


『そんなあんたが織姫にフラれたらどうなるんだろうね?』


 ひょっとして京極から聞いてたんじゃないか? なるほど、いまの俺が見たくて帯人使って呼び出してるわけだ。

 

 いい趣味してやがる。


「久留米に聞いてくれよ。たぶんこうなること知ってたはずだ」


『んなわけねぇだろ! いまも訳がわからずにオロオロしてるわ! とりあえずお前の家に行くからな!』


 帯人はそれだけ言うと一方的に通話を切った。


「っとに帯人もうるせぇな。俺が一番わけわかんねぇよ」


 ベッドに飛び込み枕に顔を埋めた。


『ピンポーン』


 ん? 誰か来たのか?


 家には同じ高校に通う1つ年下の妹と母さんもいるはずなのでそのまま不貞寝をしようと瞼を閉じると『バタン!』と激しく扉を開かれた。


「お兄ちゃん、帯人先輩きてるよ」


「……お前、ノックくらいしやがれ」


 開かれた扉の向こうには妹の(せい)が両手を腰に当てながら立っていた。


「急に開けられて困ることでもしてたの?」


 揶揄うような声色で……、ああ実際に揶揄っているんだろうな。

 入学して間もないのにすでにクラスでカースト上位に君臨するコミュ力を携えている。


「お前は何を想像してやがる」


 こんな昼間っから自主トレに励むほど女に困って……ああ、これからは必要にって、今はそんなことどうでもいいだろ!


「そんなんだと姫ちゃんに愛想を尽かされるよ」


 本人としては冗談半分で言ってるだけなんだろうけど、今の俺相手では地雷でしかない。


「お前に何がわかるんだよ! あんなやついなくなって清々してるわ!」


 呆れ顔の妹に声を荒げて詰め寄る。


「えっ?」


 俺の態度に戸惑いの色を隠せない静は肩をビクッと震わせて固まった。

 いつもは俺に対して高圧的な態度を取ることもある静だけど、本当の姿はお兄ちゃんっ子だ。いわゆるツンデレって属性だな。


「おいおい、静ちゃんに当たるなんて陣らしくねぇな」


 入り口で固まっている静の後ろから帯人がひょこっと顔を出して俺を諭してきた。

 

 その右手は静の頭に乗せられている。


「せ、せ、せ、先輩っ!」


 突然の出来事が重なったために静の頭の中はオーバーヒートしてしまい、へなへなと座り込んでしまった。


「ありゃ、悪い悪い。いつもの癖でついついやっちまったな。静ちゃん大丈夫か?」


 座り込んでいる静に右手を差し出す帯人だが、いまの静には逆効果。手をついたままカサカサと後ろに逃げて行った。


「……何やってんだ?」


「あははは。本当に……じゃねぇよ。お前、織姫ちゃんと何があったんだよ」


 苦笑いが一転、真剣な顔で聞いてくる帯人が俺のことを心配してくれているのは十分に伝わっている。


「何がって、正直俺にもよくわからねぇよ。って、久留米も一緒じゃなかったのか?」


 電話では一緒にいると言っていた久留米がいつまで経っても現れないことに気づき、帯人の後ろを見てみるがどうやら家にまでは来てないみたいだ。まあ、あいつなりに黙っていたことへの後ろめたさがあるんだろう。


「朱音はお隣だ」


 顎をクイッて上げて隣へと視線を向ける帯人。

 なるほど、第二段階の打ち合わせってところだな。


「作戦会議か」


「作戦会議?」


 俺が呟いた言葉に訝しむ帯人だったが、俺は肩を竦めるだけで特には取り合わなかった。


「まあ、いい。なんとなく事情も察してるし。結論から言うとお前捨てられたんだろ」


「言い方! お前もう少し言葉考えろよ! 誰がボロ雑巾だよ!」


 事実としてはそうなんだろうけど、友達からの言葉としてはあまりにも辛辣だ!


「おれは腐ったみかんだなんて言ってないぞ?」


「俺だって言ってねぇよ! 耳鼻科に行くことを強く薦めるぞ?」


 こいつなりの優しさなんだろうけど、あまりにも不器用過ぎる。


「あははは。健康診断で問題なしだったけどな。まあ、それはいいとして、朝あれだけ見せつけといてどんな変わり身の速さだよ?」


 それについては、考えられることは一つだけ。


「二股だろ? それ以外考えられねぇ」


 吐き捨てるように言った俺に帯人も「だよな」と一言返すだけで黙り込んでしまった。


「なあ」


「うん?」


「何がどうなってるんだよ?」


「……それを聞きに来たって言ってんだよ」


「だよな。まあ、さっきから言ってるように俺も混乱してるんだよ。いきなり彼氏としてはダメだとか別れようとか言われたんだから。それまでは今まで通りだったんだぜ? なんで……だれか、教えてくれよ」


 帯人とくだらないやり取りをしたせいか、気持ちが油断してしまい不意に涙が溢れてきた。


「うっ、うぅぅ」


 両手で顔を覆いうずくまるように泣いていると頭の上に何かを被せられた。


「落ち着いたか?」


 どれだけ泣いていたんだろう? 泣き尽くしたのを見計らったように帯人が声を掛けてきた。両手で覆っていた顔を上げると頭からジャージがかけられていた。

 

 こういうところがイケメンたる所以なんだよな。


「……臭えよ」


「はっ! 言ってろバカやろう」


 ジャージで帯人の表情はわからないがきっと優しい表情なんだろうと想像できた。

 ジャージを乱暴に剥ぎ取り帯人に差し出す。


「さんきゅうな」


「おう」


 マジ泣きを見られたという気恥ずかしさもありしばしの沈黙が訪れた。


「あ?」


 そんな沈黙を破ったのは帯人だった。


「お前、これまで無断で部活休んだことなかっただろ? 紫穂里(しほり)ちゃんが心配してたぞ。後で連絡しておけよ」


「あ〜、マジか。了解」


 有松紫穂里(ありまつしほり)は俺たちの一つ上の3年生のマネージャーだ。

 サッカー部では『癒しの女神』と言われる存在だ。彼女の「ファイトです!」の一言でどれだけの勝ち星を拾ってきたことか。


 俺はスマホをフリックして紫穂里さんにメッセージを送った。


♢♢♢♢♢


「じゃあね」


「うん。わざわざ来てくれてありがとうね」


 放課後、私と帯人はそれぞれ織姫と西くんの家を訪ねた。


 理由は……


「おいおい、あれはどういうことだよ」


 部活を終えた私は校門で帯人と待ち合わせた後、カフェで放課後デートをしていた。春の日差しが心地よかったこともあり私たちはテラス席でおしゃべりをしていた。

 このカフェへ通学路に面していることもあり、同じく部活帰りの生徒が時折通り過ぎて行く。


「そう言えば陣のやつがいなかったんだけど何か知ってるか?」


 帯人はブレンドコーヒーを啜りながら私に訊ねてきた。


「うん。なにがあったのかはわからないんだけどね、お昼休みに真っ青な顔して教室に戻ってきたかと思ったら鞄を抱えて帰って行ったらしいよ」


 午後の授業が始まっても私の前の席の住人が戻ってこなかったから、他のクラスメイトに聞いたことを帯人に説明した。


「ふ〜ん。あいつ、誰にも……」


 帯人が言いかけた言葉を止めて固まっている。その視線を追ってみるとそこには信じられない光景が見られた。


「おいおい、あれはどういうことだよ」


 帯人のセリフは正しく私の思ったことを表していた。


「あれって、バレー部の佐々木くんだよね?」


 そこには他の生徒に紛れて仲良く手を繋いでいる織姫と佐々木くんがいた。


「……そういうことか」


 私と帯人はきっと同じことを考えてたと思う。


『織姫が西くんを捨てて佐々木くんと付き合っている』


 これが西くんがいなくなった原因なんだろう。それにしてもどうして? 今朝だって人目も憚らないほどイチャイチャしてたのに。お昼だって織姫の手作り弁当を一緒に食べてたはずなのに。


「おい陣! あれはどういうことだよ!」


 帯人はものすごい形相で西くんに電話をかけていた。

 その怒りの矛先はもちろん電話の相手ではない。私の彼氏は優しい人だから。

 私と帯人は電話をしながら西くんの家に向かって行った。

「お、帯人先輩。良かったら晩ご飯食べていきませんか?」


「えっ? 突然来たんだから俺の分なんてないでしょ?」


「お兄ちゃんの分があります」


「おいこらっ、それじゃあ俺の分がなくなるだろ」


「戸棚にカップ麺があるよ」

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