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未知との遭遇

「先輩、お、おはようございます」


 7時15分、いつものように玄関を開けるとそこには誰もいなかった。


「ん?」


 声はするが姿は見えず。


 俺は右手をバイザーのように額にあてながら「おかしいな〜」と周りをキョロキョロ見渡した。


「し、下です先輩。わかってて、や、やらないでください」


 もちろんわかってますよ。


 視線を下げるとプルプル身体を震わせながら涙目になっているつむつむがいた。


「いらっしゃい、つむつむ」


 右手でポンポンと頭を叩くと機嫌を直してくれたらしく、目を細めながら「えへへへ」と呟いている。


「餌付けでもしたの?」


 俺の背後からスッと現れた静がつむつむの様子を見ながら呆れている。


「ごめん、何も餌がないんだ。つむつむ、パンの耳でもいいか?」


「わ、私はウサギさんじゃありません」


 思春期の少女らしく、感情の起伏が激しいみたいです。


「ウサギもつむつむもかわいいぞ? わざわざ静を迎えに来てくれたのか? ありがとうな」


 俺は固まってるつむつむの横を通り抜けようとしたところ、手首を静に掴まれた。


「まあまあ、お兄ちゃん。入学したてのかわいい後輩を学校まで案内したいとは思わないの?」


「俺も一緒に? まあ、行き先は一緒だから別にいいけど?」


 不敵に笑う妹に不気味さを覚えながらも、瞳をキラキラさせているつむつむを悲しませるのも気が引けるのでおとなしく3人で登校することにした。


 学校までは歩いて15分。


 自転車でもいいのだがのんびりと歩く時間が俺は割と好きだ。


 朝はまだ肌寒さが残る4月後半。


 俺はブレザーの上からパーカーを、つむつむと静は薄手のカーディガンを羽織っている。


「お兄ちゃん、そういえば昨日ね、つむつむ呼び出しされてたよ」


 ニヤニヤと楽しそうな静に、ギクっとした表情でオタオタしだしたつむつむ。


「もう、静ちゃん。言わないでって言ったのに」


 ムッとした表情で静に詰め寄るが、のれんに腕押し。


「高校入ってから何人目だったかな〜?」


 ポコポコとつむつむに叩かれながらも、楽しそうな表情で指を折りながら人数を数えている静。右手では足りなくなったらしく左手を上げようとしたが、つむつむの手に阻まれた。


「み、みんなちゃんと断ったもん!」


 つむつむには珍しい大きな声。それはまるで俺に訴えかけているようだった。


「なんて断ったの?」


 先程までとは違う、優しい表情の静がつむつむに聞いた。きっと静はその答えは知っているのだろう。


 つむつむは隣の俺をチラッと見上げたかと思うと、目が合った途端に赤い顔で俯いた。


「……ますって」


「えっ?」


 俯いてるからだろうか、よく聞こえなかったのでつい聞き返してしまった。


「すきな、人がいますって」


 つむつむは俺の顔を見ながら、はっきりと聞こえるように言った。


「そっか」


 言葉を探しながらもつむつむと見つめ合う形になる。静寂の中、口を開いたのは静だった。

 そして、つむつむに軽く体当たりをして俺の方に飛ばした。

 左半身に伝わる温もり。驚きでフリーズしているつむつむの頭を撫でてやると、そのまま身体を預けてきた。


 天下の往来。朝の通学路ということもあり、同じ制服を着たやつらもちらほら見受けらる。そんな中でも離れる気配のないつむつむをどうしたものかと考えていると「西くん?」と聞き慣れた声が背後から聞こえてきた。


 最近では振り返らなくてもわかるくらい身近な存在になっている女神さま。


「紫穂里さん、おはようございます」


 つむつむとの距離を取りながら、身体を反転させて紫穂里さんに挨拶をするが、紫穂里さんは俺ではなくつむつむをじっと見ていた。

 いや、つむつむも紫穂里さんを見ているので見つめ合っていると言うべきだろうか。


「有松先輩、おはようございます」


 静はつむつむの両肩に手を置き、背後からヒョコっと顔を出して挨拶をした。その顔は最近ではよく見るニヤけた表情をしている。


 きっと悪巧みでも思いついたのだろう。


「あ、おはよう静ちゃん。えっと、その西くんに《《しがみついてる》》コはどなた?」


 そう、しがみつかれてるんです。左腕をですね。ギュッとされてるんです。

 えっ? 痛いかだって? ありきたりの返答で申し訳ないけど柔らかいですよ? けどね? 痛みもありますよ。

 それは突き刺さるような痛みというんですかね? 周りからの刺すような視線と、これでもかと抱きしめられる《《両腕》》。


 左につむつむ、右になぜか追加された紫穂里さん。

これだけを聞けば健全な男子高校生諸君らは羨ましがるだろう。


 腕を抱きしめられる=ラッキースケベだと。

 

 ん? この場合はちょっと違うのか?


 まあいい。本来ならば俺もよろこぶところなんだが、残念ながら両腕に魅惑的な柔らかさを感じることはできなくなっている。

 なぜ? それは彼女たちの羞恥心が勝っている証拠で、胸が俺の腕に当たらないように抱きしめているからだ。なので正直に言って痛い! 変に関節をきめられてるように痛い。


「あの紫穂里さん、車道側にいると危ないので俺の左側にきてくれませんか?」


「大丈夫だよ」


「なあ、つむつむ。そろそろ学校のやつらも増えてきたから離れた方がいいと思うぞ」


「大丈夫です」


 こんな状態でさっきから一向に変化がない。


 後ろを歩いてる静を見ると、スマホを構えて写真を撮っている。助けてくれる気は皆無だ。


 家から歩いて15分ということは、中学の学区に程近いということで、元同級生と会う可能性も「陣くん?」……あるわけで。


「あ、妙先輩お久しぶりです」


「「《《陣くん?》》」」


♢♢♢♢♢


「おはよう西くん。朝からお疲れね」


「おはよう久留米。まあ、いろいろとな」


 あれから久留米との付き合い方が変わった。

お互いの考えを理解しようとするようになったと思う。


「いろいろと、ね。まあ、悪いことじゃなさそうだから頑張って」


 それだけ言うと久留米は鞄からプリントを出して熱心に見ていた。


「今日プリントの宿題なんてあったか?」


 少し不安になって聞いてみた。


「ん? ああ違うわよ。新人戦のトーナメント表。さっきコピーもらってきたの」


 俺の方へ向けて見せてくれたトーナメント表の中にある久留米朱音は比較的簡単に見つけることができた。


「勝てそうか?」


 対戦相手の名前を指差して聞いてみると意外な答えが返ってきた。


「どうかな? 中総体の時に負けてるからね」


 昨年、1年生ながら県大会でベスト16まで勝ち進んだ久留米。その久留米に勝ってたんだな。


「強かったよ、桐生さんは」

「あの学校着いたし、そろそろ離れてくれます?」


「だ、そうよ大島さん?」


「せ、先輩の方こそ、お先にどうぞ」


「……静? お兄ちゃんを助けようとは思わない?」


「あ〜、……まあ、いっかな?」


「よくねぇよ」

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