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早起きは三文の徳

「スイッチ!」


 右サイドにドリブルで流れてきた帯人のボールをかっさらい中央までボールを運ぶと、左サイドにボールを展開する。

 背後をつかれた敵の右サイドバックの硯幹雄(すずりみきお)先輩が苦い表情で追いかけるが、ノートラップでアーリークロスを上げられ、中央に切り込んできた帯人がポストプレイで残っていた俺に落とす。

 ペナルティエリア手前から放ったボールはドライブ回転がかかり前がかりになっていたキーパーの頭を越えてゴールに吸い込まれた。


「ナイッシュー、陣」


 帯人やチームメイトとハイタッチやグータッチを交わしながら自陣へ戻った。


 サッカー部も今日から新入生が本入部して新たなスタートを切った。大所帯の俺たちは新入生同士の紅白戦が行われた後、新人戦のメンバー決めにも影響を与えるであろう2年生対3年生の紅白戦が行われていた。

レギュラーメンバー11人のうち、2年生は4人。その中に俺は含まれていない。俺の得意とする右サイドバックのレギュラーは3年生の硯先輩だ。


「終了〜、軽くジョグしてダウンしとけよ」


 試合は3対3のドロー。


 レギュラー争いをしているやつらが別のチームに組み込まれていたということもあり、白熱した展開になった。まあ、この紅白戦だけでレギュラーが決まるわけではないんだけどな。さっきの新入生同士の紅白戦を見る限り、昨年の帯人のようないきなりメンバー入りしそうなやつはいなかった。 


「お疲れ陣。今日は身体のキレが良かったな。別れてからの方がサッカーに集中できてるんじゃないか?」


 帯人の言葉はからかい半分ではあるが、あながち間違いではないかもしれない。やっぱり別れた当初は辛かったが、身体を動かしているときは他ごとを考える余裕はないからな。


「西くんお疲れ様。ちゃんと疲労抜いてね」


 紫穂里さんがタオルとスポドリを持ってきてくれた。

 京極と別れてから紫穂里さんが積極的になってきたような気がするが、練習中は気にすることはない。紫穂里さんも俺がレギュラーになれるように応援しているので、練習中にアプローチをしてくることはしないからな。


「今年も1年生いっぱい入ってくれたね」


 グラウンドの隅でクールダウンしている新入生たちを見渡しながら紫穂里さんはうれしそうにしている。


「紫穂里ちゃんのお眼鏡にかかる少年はいましたかな?」


 からかい口調で紫穂里さんをイジる帯人に紫穂里さんは「う〜ん?」と人差し指を唇に軽く当てて考えてるみたいだ。


「少年はいないんだけどね、ぜひ仲良くなりたい少女は入ってきてくれたかな?」


 恥ずかしそうに赤い顔で俯く紫穂里さんが、横目でチラッと見てくる。


 申し訳ないけど、俺は苦笑いするしかないですよ?


「帯人先輩! お疲れ様です。タオル使って下さい」


「ありがとう静ちゃん」


 爽やかな笑顔でタオルを受け取る帯人に対して両手の指をモジモジとさせている乙女がいる。


♢♢♢♢♢


 今日の練習は新入生の挨拶から始まった。

男子は全部で38人、マネージャーは6人も入ってきた。

 女子マネージャーが入ってくると聞けば、やっぱり気になるじゃないですか? 健全な男子高校生ですからね? でも、そんな俺の高揚感は初っ端からくじかれた。


「マネージャー希望の西静です。素人ですけど頑張ります」


 凍りついたね。帯人も知らなかったらしく一緒にフリーズしてたな。


「お、お前! 聞いてないんですけど?」


 自己紹介が終わりアップが始まる前に静を捕まえて文句の一つでも言ってやろうと思ったわけなんですがね。


「つむつむのライバルがいるらしいじゃない? 親友として、そして義妹として見極めようと思ったのですよ」


 ピシッと俺を指差してくる静だが、どうも様子がおかしい。


「まさかと思うが、帯人か?」


 その瞬間、静の身体が跳ねて固まる。


「は、はははは、はぁ〜、お兄ちゃんと姫ちゃんが別れたんだから、帯人先輩が彼女さんと別れる可能性だってあるのかな? って。その時、そばにいたいなって思ったの」


「悪い?」と言いながらそっぽ向いた静の耳が赤くなっているのを見逃さなかった。

 

「西くん。ひょっとして」


 タイミングを測っていたのか、会話が途切れたところで紫穂里さんが声をかけてきた。


「あ〜、まあ妹です」


「やっぱり!」


 なぜか紫穂里さんの笑顔が輝き、静と俺の顔を交互に見ている。


「う〜ん、よく見ると似てるような〜」


「似てません、やめてください」


 不愉快だとでも言いたそうに静は右手を額に、左手を腰に当ててため息をついている。


「うふふふ。高校生でお兄ちゃんと似てるって言われてもうれしくないか。私は3年生の有松紫穂里です。よろしくね静さん」


 納得顔で笑う紫穂里さんを静は顎に手をやりじっと観察するかのように見渡す。


「なるほど。先輩ですねお兄ちゃんの彼女候補のマネージャーさんは。あ、申し遅れました西です。これからお世話になります」


 行儀よく挨拶する静に不気味さを覚えた俺は思わず引いてしまった。


♢♢♢♢♢


「なあ愚妹よ」


「なによ愚兄」


 帯人の使っているタオルをじっとみる。あれはサッカー部のものではなく……


「お前、勝手に俺の部屋に入った上に買ったばかりの新品タオルをパクりやがったな」


 恨みがましく静を睨みつけると、紫穂里さんも何かに気付いたらしく、「あ、そのタオルこの前のデートの時に買ってたやつだよね」とみんなのいるところで暴露してくれた。


 そう。帯人が首にかけているPUMAの地中海ブルーのタオルは先日の買い出しの最後に寄ったスポーツ用品店で購入したものだ。


「へ〜、デートでねぇ」


 タオルの端を掴みニヤニヤしている帯人と静。失言に気づき狼狽える紫穂里さん。

 俺へは複数の殺気を含んだ視線が突き刺さった。


♢♢♢♢♢


 『ピピッ、ピピッ、ピピッ』


 枕元で鳴るスマホのアラームを止めて「ん〜!」と身体を伸ばした。

 

 時刻は5時30分。


 パジャマを脱いでTシャツとハーフパンツに着替えた。


 1階に降りていくとまだ薄暗い廊下の向こうのキッチンには灯りがついていた。


「おはよう陣。ランニング?」


 階段を降りる音に気づいた母さんが顔を出してきた。


「おはよう。少し走ってくる」


「まだ薄暗いから車に気をつけてね。深夜や早朝は飛ばす人が結構いるから危ないのよ」


「了解」


 GWを間近に控えたとは言え、早朝はまだ寒いという表現が当てはまり、Tシャツだけでは肌寒く手早くストレッチをして走り出した。


「はっはっ」


 白い息を残して住宅街を駆け抜けていくと、前方に小さな人影を見つけた。

 左右の短いポニーテールを上下させながら軽快な足取りで走るその背中に追いつくと「おはよう」と声をかけた。


「ひゃっ!」


 突然声をかけられて驚いたのか、芸人並みに飛び退いたつむつむが倒れそうになった。


「っと、あっぶね〜。大丈夫か、つむつむ」


 間一髪、左腕を伸ばして腰をグイッと引き寄せた。


 細っそりとしていながらも芯は強いその腰にドキリとしたが、目を見開いて口をパクパクさせているつむつむに思わず吹き出した。


「あはははは。驚きすぎだよ」


「せ、先輩⁈ な、なんで?」


 なんで? と言われてもなぁ。


「何でってランニングだよ。つむつむはどこまで走るんだ?」


「あ、あの口論議(こうろぎ)まで」


 口論議とは地元にある大きな運動公園で温水プールやテニスコート、野球場にサッカーグラウンドなどがあり、なでしこリーグなんかの会場にもなったりするほどの設備の整った運動公園だ。


「ん、じゃあ一緒に走るか?」


「は、はい。お願いします。や、やった。三文の徳だ」


 小さくガッツポーズをする姿に安上がりの良い子だなと思ってしまった。


「つむつむは毎朝走ってるのか?」


「はぁはぁ。い、いえ。昨日から、です。この前の試合で体力落ちてるのを痛感した、ので」


 なるほど。たしかに少し肩の上下動が激しくなってるかも。


「そっか。相変わらず頑張り屋さんだな」


「せ、先輩は、毎日走ってるんですか?」


「いや、今日から。新人戦が近いしな」


「そ、そう、ですか。……あ、あの、よろしければ、明日からもご一緒しても、いいです、か?」


 おずおずと聞いてくるつむつむ。


「ああ。いいよ。そのかわり、ひとつ約束」


「約束? ですか?」


 コテンと首を傾げる、つむつむ。


「家出た時、まだ暗かっただろ? 明日からは俺が迎えに行くから家で待っててくれ」


 さっきまで白かった息はすでに見えなくなっている。その代わりに、じんわりと汗も浮かび暑さを感じるようになってきていた。


「えへへへ」


「おはよう、つむつむ。どうしたの締まらない顔して」


「あ、静ちゃん、おはよう。締まらない顔?」


「えへへへ、えへへへって。だらしない顔って言った方がいい?」


「えっ? そ、そんな顔してた?」


「してたしてた。なんかいいことでもあった?」


「う、うん。先輩と、連絡先交換しちゃった」


「あ〜、なるほどね。エッチな自撮り送るのはほどほどにね?」


「し、しないからね!」

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