彼氏失格
この作品はカクヨムで投稿していたモノのリメイク版です。
「陣、おはよう」
朝練を終えた俺は教室に向かう途中、隣のクラスから声をかけられた。
京極織姫
彼女は栄北高校2年A組でバレー部に所属している。姫とは家が近所で家族ぐるみで付き合いのあるいわゆる幼馴染であり、かつ自慢の彼女だ。入学直後に俺から告白して付き合い始めて早1年。
さまざまなイベントや経験をしながら充実した甘々ライフを過ごしてきた。
「あっ、陣これあげる」
廊下に面した席に座りながら姫は手に持っていた箱からポッキーを取り出して口でくわえた。そのまま廊下に身を乗り出してきて俺に食べろと促す。朝からポッキーゲームだ。
周りからは呆れと射殺さんとする視線を向けられるが、学年随一と言っていいほどのバカップルにはそんなものは通用しない。
焦らすようにチョコのついた部分を少しずつ食べていくと、不満顔の姫が残りのポッキーを素早く食べてしまった。
「ポッキー邪魔」
そう言うと俺の両頬を両手で包み込みながら熱いキスをしてきた。
周りからは「おおー」という感嘆の声が上がる。
「おーい、バカップル。朝から死人出すなよ〜」
呆れ顔で注意してきたのは唐草帯人。姫と同じくA組で俺と同じサッカー部に所属している。イケメンの司令塔さまとは昨年、同じクラスだったこともあり仲良くなった。ちなみに俺は隣のB組でサッカー部では控えに甘んじている。
「ん〜、仕方ないなぁ。じゃあね陣。続きはお昼に、ね」
「おう」
後ろ髪を引かれる思いで隣の教室に入り自分の席に着いた。
「朝から見境ないわねぇ」
真後ろからの声に軽く右手を上げてヒラヒラと挨拶代わりに振る。
「おはよう久留米。お前も人のこと言えないだろう」
俺の後ろの席に座っているのはテニス部の久留米朱音。先程の帯人の彼女だ。こうやって俺たちのことをなんやかんや言ってくるがこいつらも立派なバカップルだ。
「あんた達とは質が違うのよ。いい? 私たちは誰もがうらやむ爽やかカップル。対してあんた達は誰もが目を覆いたくなるバカップル。あっちでチュッチュこっちでチュッチュ。見境なくキスし過ぎなのよ。ちょっとは自重したらどうなの?」
うわ〜。
こいつ自分たちのこと爽やかとか言いやがったよ。そりゃ美男美女のカップルかもしれんがうちの姫だって負けてない。胸こそは残念だが……頭も少し残念なところもあるが、愛くるしい表情に誰からも可愛がられる人懐っこい性格。顔だって彼氏のひいき目を抜きにしても去年の文化祭のミスコンに推薦されるくらいはかわいい。
「姫がかわいいんだから仕方ないだろ? それにどちらかと言うと俺がいつもされる側だ」
さっきの見てなかったのか?……
ああ、隣の教室だったな。
心の中で1人ツッコミをしていると久留米から訝し目を向けられていた。
「ほんとに、なんであんたみたいな人がモテるのかわからないわ」
久留米から聞き捨てならない台詞が聞こえてきた。
モテる? 俺が?
「おいおい、モテるって言うのは帯人みたいなイケメンが不特定多数の女子に好かれることを言うんだぞ? 俺みたいに姫オンリーの彼女持ちには当てはまらん」
やれやれと呆れ顔を見せながら久留米の主張を否定する。
そもそも不特定多数の女子にモテる必要はなく、俺には姫さえいればいいのだから。
「はいはい、ご馳走さま。あんたの鈍感さには呆れるけど、織姫の彼氏としては満点よ」
呆れられてるのか褒められてるのかよくわからんがとりあえずは納得してくれたらしい。
「でも、そんなあんたが織姫にフラれたらどうなるんだろうね?」
かわいい顔した小悪魔が不敵な笑みを浮かべている。
「変なフラグ立てんなよ。心配すんな。結婚式には呼んでやるから今のうちからスピーチ考えておけよ」
久留米の目の前で親指を立ててウインクをする。
「……キモ」
「ひどっ! お前には俺に対する優しさってものがないのか!」
「あるわけないじゃん」
即答。後で帯人に泣きついてやるからな!
♢♢♢♢♢
「陣!」
昼休みになるとかわいらしい包みを持った姫が廊下から手を振って呼んできた。
「おう」
俺も朝、姫から受け取った包みを持って廊下に出た。
「屋上?」
「だな」
うちの学校の屋上はちょっとした庭園になっていて季節の花や家庭菜園があり、ベンチがいくつか設置されているため恋人達の御用達になっている。この日は運良くベンチが空いていて俺たちはそこで弁当を広げた。
「お〜! 鶏肉のてりかけではないですか! とうとうモノにしたか」
地元のソウルフードとも言われる鶏肉のてりかけ。小中の頃は給食で出た日にはテンションが上がり、誰かが休んで余った日にはバトルロイヤルが繰り広げられたものだ。
「えへへ。陣これ大好きだもんね。美味しくできてればいいんだけど」
ハニカミながらも一口サイズのてりかけを箸でつまみ、「はい、あ〜ん」と俺の口元に持ってきたので「あ〜ん」とパクついた。
うまい!
給食で食べてたのよりもはるかにうまい気がする。彼女の手作り補正がかかっていたとしてもこれは究極とも至高とも言える逸品だ。
「どうかな?」
上目遣いで聞いてくる姫にすかさずサムズアップ。
「やばい! めちゃうまいんだけど!」
興奮気味に話す俺を見た姫がお腹を抱えて笑い出した。
「あはははは。大袈裟だよ。でもありがとうね。頑張った甲斐があったよ」
顔を赤らめて照れる姫の頭を優しく撫でるとふにゃっと表情が和らいだ。
「俺のためにありがとうな〜」
「えへへへへ〜」
しばらく頭を撫で続けてると姫が不意に顔を起こした。
「そうだ! 今日は大事なお話しがあります」
ピシッと右手を上げた姫が選手宣誓でもするかのごとく俺の前に立った。
「お、おぅ?」
正直どんな宣誓が出てくるのが皆目見当がつかない。姫が後ろ手を組ながらも少し考える素振りをみせる。
「うぅ〜ん、ねぇ陣。私たち付き合って1年になるでしょ?」
「おう、そうだな」
入学式の帰り道で俺が姫に告白をしてから1年と5日が過ぎていた。1周年記念は最近流行りのパンケーキ屋さんでお祝いしたからな。
「でね? ふと思ったの」
「ほうっ」
「私たちって仲良すぎると言うか、全然気を使う必要ないじゃない?」
「まあ、そうだな」
話の着地点がいまいち読めない。
仲が良すぎるて困ることなんてないはずだ。
本人たちにはなっ!周りには迷惑だけど。
「私、陣といるとすっっっごく安心できるの。それこそもう夫婦なんじゃないかってくらいの」
「あはははは、まあな」
「だからかな? 安心し過ぎてドキドキがないの。それって恋人としてどうかなって思うんだよね」
はっ? ドキドキ? 俺はお前の笑顔を見てるだけでドキドキするってのにか?
「だからね? 一旦別れようと思うの」
……はっ? 今なんて言った?
「陣って彼氏としてはどうかな? って思うのね、あっ、でも———」
姫は俺に対して具体的に何がダメなのかを説明してるみたいだが、今の俺の耳には何も聞こえない。
「———ね。だから陣には———」
「わかった」
「えっ? わかってくれたの?」
「もうこれ以上は聞きたくない」
俺は膝の上に乗せていた弁当をぶち撒けながらその場から逃げ出した。
「あっ、陣!」
姫……いや、京極が何かを言っていたが聞こえないフリをしてそのまま階段を駆け下りた。
俺はこの日を境に地獄を見る……はずだった。