ファランのだいぼうけん ~俺は何年でもお前を追いかける~【簡易版・俺は何度でもお前を追放する・後日談】
※こちらは【簡易版】の後日談です。
※本編30000pt感謝を込めて書きました。
できるだけ本編の読後感を損ねないよう配慮したつもりですが、あの話に後日談は不要! と思う方は読むのをお控え下さい。
また本編読了後、時間を開けて読むことをオススメします。
「え、エリウスが生き返っただあああぁあああ!?」
遠征先から帰還し、クエスト達成の報告へと訪れた冒険者ギルドで衝撃の事実を告げられ、ファランは思わず叫び声を上げた。
「はい。アランが奔走して、そういう結果になったようですね」
あくまで事務作業の片手間、という感じで、ギルド受付嬢のミリアムが対応している。
「アランが⋯⋯そうか、魔王討伐の英雄なら、まあ、そういうこともある⋯⋯のか?」
少し考えてから、ファランはミリアムへと質問した。
「しかし、せっかく勇者様の秘書になって王宮付きになったってーのに、またギルドに逆戻り⋯⋯か、残念だったなぁ」
「別に構いませんけど」
相変わらず事務作業をテキパキとこなすミリアムを眺めていると、ファランはふと疑問が浮かんだようだった。
「なあ、ちょっと聞きたいんだけど」
「なんですか? 忙しいんですけど」
「いや⋯⋯ミリアム嬢、アランの奴を男って嘘ついてエリウスのパーティーに入れただろ?」
「はい」
「結構危ない橋なんじゃねぇの?」
「はい。バレたらクビですね。今じゃアランをよく冒険者にした! みたいな扱いですけど」
「なら、なんでそんな事を?」
「放っておけなかったんです、似てたので」
「誰に?」
「魔王軍に殺された、妹に」
「お、おう、そうか⋯⋯」
少し気まずい空気が流れたが、ミリアムは特に気にした様子もなく淡々と続けた。
「ええ。だからあの娘が元気になってくれて安心してます。魔王を倒したあとの一年間の空元気は、見ててつらかったですから。私に気を使ってたんでしょうけど」
「そうなの?」
「ええ。涙の跡を見られたくないから寝室に入るなだの、仕事を嫌がるフリするくせしてどんどんスケジュール埋めさせたり。だから、今の方が良いです⋯⋯と、できた」
事務作業が終わったのだろう、ミリアムがトントンと書類を揃えた。
「ちなみに、さっきからなんの作業してるんだ?」
ファランが興味本位で聞くと、ミリアムはまたもや淡々と返した。
「竜牙の噛み合わせ、再結成の承諾書です。エリウスさんが一度死亡扱いになってましたので、必要書類が多くて大変でした」
「なんだと!?」
ファランはパーティーを抜けて以来、フリーとして様々なパーティーを渡り歩いている。
だからこそ、思うことがあった。
あのパーティーは、色々あったが最高だった、と。
今は助っ人ということで分配金を誤魔化されるケースは後を絶たないし、何よりエリウスは頼りになる男だった。
「そっかあ。なら俺も戻ってやってもいいかなぁ」
ファランが呟くと、ミリアムは呆れたようにため息をついた。
「お呼びじゃないんじゃないですか?」
「いやいや、そんな事ないだろう。竜牙の噛み合わせの意味は当然知ってるだろ? 名の通り、俺たちは固い絆で結ばれてるってもんよ」
竜牙の噛み合わせ。
竜は多くの牙を持つが、それが噛み合わせた際に一切の乱れなく揃う事から、「竜牙を噛み合わせるが如く」というような、強い絆や団結を表すのに用いられる。
追放騒ぎを起こしておいて、それを主張するのはどうか、と少し思う所もないではなかったが、ファランが胸を張って告げると⋯⋯。
「はい、それは当然知ってますが」
「だろ?」
「でも、竜も歯が抜ける事くらいはあるのでは?」
「どういうことだよ」
「だって⋯⋯」
あまり遠慮なく物をいう彼女には珍しく、しばらく言いにくそうにしていたミリアムだったが、しばらくして、やはり淡々と告げた。
「三人はもう街を出ましたよ?」
「⋯⋯はい?」
「もうこの街に居ません」
「俺に、挨拶は?」
「してもらってないなら、無いんじゃないですか?」
「⋯⋯」
しばらく黙り込んだファランだったが、やがて気を取り直したように言葉を発した。
「⋯⋯った、たくよー。エリウスも生き返ったばっかりでちょっとぼけちゃってるのかな? 仕方ねぇ、俺の方から顔を見せてやるとするか!」
そう言うと、大慌てでギルドを飛び出していった。
その背を見ながらミリアムが小さく嘆息し、またしばらく事務作業を片付けていると⋯⋯。
「やっほー、ミリアム! 出発の挨拶に来たよー!」
ギルドへと現れたアランが、ミリアムへと声を掛けた。
「あれ? アラン? 出発は昨日では?」
「いやいや、今日だよ!」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ! だいたいミリアムに、挨拶もなしに出発するはずないじゃん!」
「まあ、それは、その、嬉しいです」
「もう、ここ数日変だよ? ミリアム」
「変じゃありません」
その後二人は多少の思い出話に花を咲かせていたが、やがてそれはミリアムからの小言へと変わった。
「あなたは少し時間にルーズな所があります、気をつけて下さい」
「夜の間食は控えなさい」
まだまだ続きそうなミリアムの言葉を、アランは遮った。
「もう、別れが寂しいからって、別れ際に色々言わないで!」
「寂しいとかではありません」
「え? 僕だけ?」
「ええ。私はあなたが前を向いてくれるのが嬉しいんです」
そんなミリアムを、アランはしばらくジッと見つめたあと⋯⋯。
不意にミリアムへと抱きついた。
「アラン?」
「ミリアム、本当に、色々、ありがとう」
そのまましばらく抱き合っていると、ミリアムが苦しそうに、震えながら声を出した。
「本当にね、寂しいとかじゃなかったんです」
「うん」
「でも、そんなこと言われたら⋯⋯」
「うん」
「こんな風にされたら⋯⋯」
「うん」
「寂しくなっちゃうじゃないですかー! もう、アランの、バカーっ!」
しばらくワンワンと泣くミリアムの背を、アランは優しく撫で続けた。
会えそうで、会えない。
ファランは、そんな旅を一年ほど続けた。
エリウス達の噂は聞こえてくる。
「ちょっと前に、隣の村でそんな人たちを見かけたよ」
「ああ、その人たちなら、昨日までここにいたよ」
「今朝出発したよ」
「あれ? おかしいな、五分くらい前にそこに立ってたけど⋯⋯」
でも、会えない。
まるで運命に焦らされているかのように、会えない。
だが、彼らに追いつく、最大のチャンスがやってきた。
「ここか⋯⋯遠かったな」
ファランは眼前に聳える山を見上げた。
ここは、『スキル仙人』なる人物が住む山らしい。
訪れる者に試練を課し、『天授スキル』の覚醒を促すという。
その修行は厳しく、期間は最低でも半年。
だが、ここにエリウス達が入山したのは、つい1ヶ月前、ということは調べがついている。
「すれ違いが続いたが、やっと会えるなエリウス」
入山し、山頂に着くとそこには、ムキムキの体躯をした、スキンヘッドの老人がいた。
胸元に『スキルにコミット』とかかれたTシャツを着ている。
「よく来たな、若人。修行を付けてやろう」
老人がファランへと話かけてきた。
「いや、俺は別に修行に来た訳じゃ⋯⋯」
そう言って、ファランは周囲を見回すが、老人の他に人影はなかった。
「あの、ここにエリウスってぇのは来ませんでしたか?」
「エリウス? ああ、ひと月前に来たな」
「今は?」
「奴は来たその日に剣聖になった、ちょうど誕生日だったらしくてな」
「ど、どういうことだよ!」
「剣聖のスキルってのは、剣豪の覚醒型でな、条件の一つに年齢があるのだ。奴は剣豪とは思えんほどの修行を既に積んでおってな、年齢の条件を満たした瞬間に剣聖になったな、ワシの出る幕などなかった」
「⋯⋯そうか、じゃあ俺はこれで」
あいつ、やっぱり凄い奴だったんだな。
逃がした魚はとことんでかい、一刻も早く追いかけようとファランが踵を返そうとすると⋯⋯。
老人に、ガシッと肩を掴まれた。
「まあまあ、せっかく来たんだ。修行してけ、しろ、させる」
「ちょ、最後おかしい、おかしい!」
「ははは、ワシの修行は厳しいぞ! ついて来れるかな! 来い! 来させる!」
「いちいち語尾が不穏なんだよぉおおおお!」
ファランはみっちり一年、修行を課せられた。
スキルは『槍王』となった。
「ひでぇ目にあった⋯⋯」
修行を果たし、ファランはようやく人里へと戻ってきた。
スキルの覚醒は果たしたものの、失った時間は大きい。
なにより、山は禁欲的な生活だった。
それがなによりつらかった。
「あー、なんか旨いもん食いてぇなあ」
ファランが食事をしようと店を物色するために周囲を見回していると⋯⋯。
ドン。
人とぶつかってしまった。
「あっ、すまない⋯⋯おっ?」
「いや、こっちこそ余所見⋯⋯おおおおおおっ!」
そこには、探し求めた相手がいた。
ぶつかったのは、エリウスだった。
その後、エリウスと酒場へと向かった。
他の二人は、たまたま今日は別行動ということで、男二人のサシ飲みだった。
話はつきなかった。
一緒のパーティーだった頃の思い出、ここ数年、別行動だった間のお互いの近況。
あっというまに、夜は更け──。
「ファラン、久しぶりに会えて今日は楽しかった。またな」
「おう!」
立ち去るエリウスの背に、ファランは手を振る。
そしてエリウスが曲がり角に姿を消してからしばらくして、ファランは地面へと突っ伏しながら叫んだ。
「パーティーに誘ってくれよぉおおおおおっ! もおおおおおおおおっ! あの鈍感やろおがあああああああっ!」
言えなかった。
流石に自分から飛び出していったくせに、「エリウス君パーティーにまたいーれーて!」とは、言い出せなかった。
それでも、結構アピールした。
つもりだった。
「俺あれからずっと一人だったんだよなぁ。でも最近は、また誰かのパーティーに入るのも悪くねぇ、例えば、前の竜牙の噛み合わせみたいな頼りになるリーダーがいるパーティーとかさ! そんなふうに考えるようになってきたんだよなぁー」
チラッチラッ。
とか。
「剣聖になったんだってな! 俺も槍王になったんだ、剣聖と槍王が組めば、どんな強敵でも勝てそうだよな?」
チラッチラッ。
とか。
だが、その都度、エリウスは。
「そうか」
とか
「そうだな」
と言って頷くだけだった。
「忘れてたぜ、奴が筋金入りの鈍感だったって事をよ⋯⋯」
しばらくそのまま地面に伏せていたファランだったがやがて顔を上げて、誓った。
「こうなったらエリウス⋯⋯勝負だ。絶対に、絶対に⋯⋯」
拳を固く握りながら、叫ぶ。
「お前の方からパーティーに入らないかって、誘わせてみせるかなぁああああっ!」
ファランの冒険は、続く。
またすれ違ったり、エリウスに「お、最近よく会うな」などと言われながら。
彼がパーティーに復帰するかどうか、それは、まだ、定まっていない運命。