シンゾウカクシ
あはは、ふふふ、そうだよね、いいよ、うん、はい、たしかに、なるほど。
相槌を打っていた。一番楽で誰も傷付かない数少ない相槌はとても便利だった。誰にでも賛成して、うん、と言って、それが私の取り柄でもあり、数少ない表現方法だった。それが本心なのか何なのか分からない。演技なのか何なのか分からない。
わたしにも分からない。
□■□■□
「あおいちゃん!今日カラオケ行かない?ありさちゃんとことみちゃんも誘ってさ!」
「うん、いいよ」
「やったあ。じゃあ、放課後に駅前集合ね!」
そう言って去って行った。
「うん」
彼女にも分からないだろうな。素なのか演技なのか。
人の気持ちが分からない私は無神経に物を言ってしまう事がある。それが相手に深く刺さって泣かせてしまう事もあった。何故泣いているのかもワタシには分からないし、私に何の落ち度があるのかも分からない。
そんな不運が度重なって、高校生の頃、ついにわたしの周りに人は近寄って来なくなった。
それでも悲しくも嬉しくもない私だったが、一度だけ思った事があった。
産まれた頃から感情がなかった。母親のお腹の中から初めて外界と繋がった時でも泣いたりしなかった。だが、その代わりに、ママ、パパ、と言った。物事を覚える速度はかなり早く、一度見た事は忘れなかった。赤ちゃんの頃の記憶もあるくらいに。生きて来た中で一度も泣いた事はなく、母親の言葉も父親の言葉もただ、うんと頷くだけだった。それを不思議がっていた母親だったが、それでも愛してくれた。
何も感じないのは何故だろう。ワタシは罰を与えられているのだろうか。私が何かワルい事をしたからカミサマから心臓を隠されたのか。
「感情ってどんなだろう。一度だけでもいいから知りたいな」
そんな心のない願いはカミサマに届くわけもない。
そう思ったのは悲しいからでもなく、ただ思っただけ。考えているだけで、何も感じていない。
「これがわたしの犯した罪なのかな」
■□■□■
ある日の放課後、何となく屋上に行ってみる事にした。
「今日も騒がしかったな」
屋上からの眺めを見つつ呟く。
「綺麗ってどんなだろう」
この景色は果たして綺麗なのか、そうでもないのか。最近そんな疑問が尽きない。
そんな事を思っていると、屋上の扉が開いた。
「……蒼さん?どうしてこんな所に?」
声を掛けてきたのは男の子。誰なのかは分からないけど、どうして私の名前を知っているんだろう。
「そうだけど、あなたは?」
「え、えっと、僕の名前は……。小村孝之って言うんだけど……知らないよね……?」
「うん、知らない。それであなたは何をしにきたの?」
そう言うと、彼は少し傷付いた表情をする。
ああ、また無神経な事言ってしまったのかな。
だが、彼は続けて話す。
「僕はここからの景色を見るために来たんだ」
夕焼けを眺めながら言う。
「綺麗?」
「うん、蒼さんは綺麗だと思わないの?」
思わないと言うか、綺麗かそうでないかなんて分からない。
「分からない、かな」
「そっか」
そしてしばらくの間、無言になった。冷徹で無表情で何考えているか分からない、そんなレッテルを貼られて以来、必要事項以外に人と話した事はない。その事は学年全体に広がっている筈なのに何故、彼は話し掛けてくるのだろう。知らないのか、単に馬鹿なのか。学年は上履きの色からして同じだし。
何故だろうか。
「……どうしてわたしに話し掛けてくるの?私が嫌われてるって知らないの?」
そう言うと、彼は不思議そうに首を傾げる。
「蒼さんがもし嫌われているとしても、僕が話し掛けちゃいけない理由にはならないでしょ?」
「あなたが嫌われるかもしれないよ?」
すると、彼は心配そうな顔でこちらを見る。
「蒼さん……。何か辛そうな感じだけど、大丈夫?」
何を言われたのか理解できなかった。動揺して、何も考えられない。
世界の美しさも分からないわたしが、何も分からないわたしが辛いなんて、そんな筈あるわけないのに……。
すると、彼の手がわたしの頭の上に乗った。思わず顔を見上げる。
「えっと?ご、ごめん!別にやましい事があるわけじゃなくてね?!気づいたら勝手に……」
必死に弁明している。その行為が悪い事なのか分からないけど、不思議とない筈の心臓がしめつけられる気がした。
「……別に、いいけど」
「え、えっと?」
「撫でてくれていいけど……何か、不思議な感じするし……こんなの初めて」
「え、う、ん?え、ええええ?」
彼は非常困っていて、目と手が泳いでいる。
「そ、それじゃあ、い、いただきます……?」
そっと頭に手が載せられて、不器用にポンっと撫でられる。
「こ、これでよろしいでしょうか……。僕、殺されないでしょうか……」
「なんで殺されるの?こっちが頼んだ事なのに」
「え、えっとそれはですね……。海より深く、山より高い理由があってですね……」
よく分からないけど、何か理由があるらしい。別に気になる事でもないし、追求しなくていいと判断。
それよりも、この不思議な感じはなんだろう。胸の奥で小さくモヤモヤする。今までも、お母さんやお父さんにされても何も思わなかったのに。
「小村くん」
「は、はいい?!」
ビクッと背筋を伸ばした彼に言う。
「わたしと、付き合ってくれない?」
目を大きく開き、驚いた顔をする彼は、しばらくしてから口を開いた。
「それは、どういった理由か、聞いていいかな……?」
「小村くんに頭を撫でられた時、不思議な感じがしたの。それが何故かなって気になって」
言い終わって、彼は少し残念そうな感じだった。
「僕は、僕の事が好きな人と付き合いたい。だから、悪いけど断る」
そう一言。
「つまり私が小村くんを好きじゃないって事?」
「そう。だって、蒼さん、さっきからずっと辛そうな顔してるし。学校いる時もずっと」
また、モヤモヤする。わたしが辛そうなんて、なんで分かるの。
「でも、一緒に出掛けてくれないかな」
彼はそう言うが、声は震えていた。
その日の出来事は酷く記憶に残っていた。何日経っても記憶がリピートされる程に。
□■□■□
携帯の着信音が鳴る。アプリを開き、メッセージを見る。
『明日、西野駅前集合でいいかな?』
彼からのメールだった。あの日の後に、提案を受けてから連絡先を交換したのだ。何を思っての提案なのかは分からないけど、私の疑問も解けるからいいかな、と思った。
『はい、大丈夫です』
メールは律儀に敬語。友達経験が少ないから距離感が分からない。そもそも彼とは友達なのかも分からない。
彼からは即レスで『了解』と来た。今日はそれ以上何も起こらなかった。
それから何回か彼との外出を重ねて、気づいた事があった。
「小村くんと一緒にいるだけでモヤモヤする……」
それが何故なのか、分からない。その疑問を解消するために会って、遊んでいるのに全く分からない。
別れる前に「楽しかった?」って聞かれた事があった。だけど「よく分からない」って答えた。それが何故か後悔に変わって、まるで自分に嘘をついているかのようにモヤモヤする。
わたしは誰なんだろう。
■□■□■
今日も彼との外出日だ。
待ち合わせ時間より少し早くついてしまった。まだ彼は来ていない。時計を見ると九時五十分を指していたので、後数分で時間だ。
「ごめん!待った?!」
「うん少し」
「そこは待ってないって言うとこだよ……」
「そう、なのね」
このやり取りを何回もやっているのにまた嫌われる原因を晒してしまった。そんな自分が分からなくなる。
「ごめん、全然気にしてないし、事実だから大丈夫だよ!」
そう言って笑う彼。なんで嫌な事言われて笑っていられるんだろう。
「それじゃあ行こうか」
歩き出して駅のホームに入る。
ちょうど電車が来る時間だったので待ち時間はない。
「今日はどこ行くの?」
実は集合場所を言われただけで、どこに行くかまでは言われていない。
「えっとね、遊園地行こうと思ってる」
「遊園地って久しぶりに行くな」
「そう?良かった久しぶりで!僕も小学生以来来てないよ」
などと電車に揺られながら話す。基本、彼が質問してきて、それに答える形式だったが。
他愛ない会話をしているといつの間にか到着していた。
「二人分です」
受付にチケットを渡して中に入る。
その後はジェットコースターに乗って、彼が体調を崩したり、お化け屋敷に行って、彼が腰を抜かしたりなどがあった。
「ごめん、カッコ悪いとこ見せちゃって……」
そう言って、頭を掻く彼。その姿が何故か可愛くって「フフッ」って小さく笑ってしまった。それを見てまた彼も笑う。
「今日、実はこれだけじゃないんだ」
急に真剣な顔になり「こっち来て」と呼ばれる。ついて行くと青色のライトで彩られているイルミネーションまで連れて行かれた。
「ちょっと待ってて」
そう言って、空を見上げる。
釣られて見上げたまま待っていると
「花火だ……」
色とりどりの花火が打ち上げられていた。胸の奥がモヤモヤする。最近、モヤモヤが大きくなっている気がする。
「あの」
彼がこちらを見てくる。
「よかったら、僕と、付き合ってくれないかな。最近、蒼さん笑う事多くなってきたし、顔も楽しそうで、こんな事言ったら自惚れてるかもしれないけど、もしかしたら、僕のおかげかなって思ったんだ。僕、僕の事が好きな人と付き合いたいって言ったよね、でも、僕は蒼さんの事嫌いって言ってないよね、だから」
そこで息を吸う。
「君の事が好きだ。付き合ってください!」
手を差出し、顔を下げる。
何を言われているのか、なんで気持ちが、心臓が破裂しそうなほどドキドキしているのか分からなかった。
今まで、止まっていた感情が溢れ出しそうで、ないと思っていた涙も溢れ出しそうで--------
気づいたら彼の胸に飛び込んでいた。
「ワタシ、私、わたし……」
彼は頭を優しく撫でてくれる。
今まで分からなかった事が分かって、彼と出会って初めて綺麗だと思った。
ない筈の心臓が、カミサマにカクサレタシンゾウが、バクバクして、ドキドキして、戻って来た気がした。
「わたしが辛い事に気づいてくれたあなたが、好き……。感情をわたしにくれたあなたが好きで、世界が綺麗だと思わせたあなたが、大切で、愛おしくて……」
「楽しい?」
あえて今日とは言わなかった。過去形にもしなかった。いつか分からない楽しいは、永遠に生き続けて、忘れた頃に思い出させてくれる。
「うん。今日もその前も、その前も、その後も、ずっと楽しい」
そう言うと、彼は頬を掻きながら「俺は感情ってこう思うな」と言った。わたしは「どういう事?」と聞いた。すると彼は自分の考えを話す。
「カミサマが与えたシンゾウは、完全なものではない。それは、それこそが、人間だから」
そう言い終わって、心配になったのか「こんなんでいいかな……」と聞かれた。
それは今までのわたしを肯定するものではなかった。でも、今のわたしを肯定している。感情について答えはないけど、わたしにとっての答えは見つけられた。大切なものを与えてくれた彼が愛おしくて、
わたしは返事の代わりに
「大好き」
と答えたのだった。
□■□■□
カミサマにシンゾウをカクサレタ少女はシンゾウを見つけた。大きな感情を注ぎ込まれてシンゾウは満たされ、シアワセが宿った。
彼と彼女は大きな意味を見つけた。
小説書くのって難しいね……。