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千花の棘が君を×す  作者: シャーリー・ベイビー
第一章
3/4

岩鏡は日没を待つ

若頭に絡まれた後、嘉神はしばらく屋敷内を散策していた。同時に自身の雇い主である津和吹千華を探しているのだが、一向に見つかる気配はない。

(…ったく…どこにいんだよ)

軽く舌打ちをして辺りを見渡すと数え切れないほどの部屋の種類に心が折れそうになった。

一つずつ開けて探すのは気が引ける。

試しにすぐ近くにある部屋を見つめ、襖を勢いよく開けた。しかし、そこには誰もいない。

誰かがいた形跡なのか、窓は開いたままでカーテンが風に吹かれて大きく揺れていた。窓の奥には中庭である綺麗な日本庭園が見える。誰かが外でも眺めていたのだろうか、そうなればその誰かとは、1人しか思いつかない。

引き返そうとしたところで、部屋の中にある1つの写真が目についた。棚の上にたけかけてあるその写真は、揺れるカーテンの近くに置かれているせいで今にも倒れそうだ。

写っているのは…嘉神の立つ場所からははっきりとは見えないが、家族写真のように見えた。

嘉神はその光景を見て少し考えた後、迷いながらも部屋の中に入る、一度写真を手にとり片手で窓を閉めた。

写真を確認すると、3人の男が写っていた。1人は嘉神が1年前から何度も見かけていた顔、津和吹万櫻、お馴染みの着物姿で椅子に腰掛けている。その背後には2人見知らぬ男が立っていた。見た目だけで言えば、1人は40〜50代、ちょうど若頭と似たような年に見える。もう1人は20代、千華や嘉神と年が近く見える。

誰もが家族写真だと思うその写真の中に千華は映っていなかった。

(確か千華は津和吹万櫻の孫だったよな…じゃあこと男達は誰だ)

嘉神は不思議に思いながらも千華を見つけることを優先し部屋を後にした。


***


10部屋以上を回っても、一向に千華は見つからず、嘉神の表情も徐々に険しくなる。

そしてたどり着いたのは一際異彩を放つ部屋だった。閉ざされた襖にには黒地に金の龍の柄が施されている。

1年間毎日この屋敷に足を運んでいるが必要な時以外は余り部屋に入らないようにしていたために、嘉神がまだ入ったことのない部屋も多く存在する。

今、目の前にある部屋だけは嘉神も嫌ほど見てきた。

今は亡き元組長、津和吹万櫻の部屋。

屋敷には組長部屋という専用の部屋も用意されているが、この部屋は万櫻が自身の趣味で作らせた個人部屋だった。

嘉神が千華の護衛として雇われてから1年間なんども万櫻に呼び出されては千華の報告をさせられていた。

(いつ見ても…趣味の悪い)

部屋に来るたびに思っていた。顔に出ていたのか一度だけ万櫻に、部屋の感想を聞かれたことがある。嘉神が素直に答えると万櫻はただ笑っていた。


襖を勢いよく開けると、目的の人物、津和吹千華

は目の前にいた。


「ここにいたのか」


嘉神はそう声をかける。

ちょうど出て行くつもりだったらしい。襖に手をかけようと伸ばしている途中で襖が開いたために2人の距離が近い。

千華はさほど驚いている様子もなく、色のない顔で嘉神を見つめる。


「何してたんだ、ここで」

「花に水を…」


そう言って千華は部屋の隅へと視線を向ける。視線の先には、大きな白椿が飾られていた。

黒を基調としたデザインの部屋に飾られているとその白い花弁がやたらと目立つ。

万櫻が亡くなって3ヶ月、その部屋は以前と変わらず綺麗なままだった。

以前万櫻が雇っていた清掃員はもう来ていない、千華が断ったのか、だが屋敷は嘉神が見る限りではあまり汚れている様子はない、となれば千華がある程度掃除をしているのか、それは定かではない。


「彼はどうなったの」


千華は嘉神を見つめそうだずねる。

表情は何一つ変わっていない。相変わらず何を考えているかわからない…そんな彼女が嘉神は苦手だった。


「…お前に言われたとうり、いったん気絶させて逃したが」


彼、とは今朝まさに千華を襲撃してきた輩だった。

嘉神は千華から"全員生かすよう"指示されている。だから今回も顔面に蹴りを入れて気絶させたあと、屋敷から遠く離れた場所に捨て置いてきた。


「そう」


千華はそう呟くと、嘉神の隣を通り過ぎてやや早急に歩き出す。

嘉神もその背後につきながら共に歩き始めた


「おい、どこ行くんだよ」

「彼の住まいに」

「は…家ってお前…殺そうとしてきたやつにわざわざ会いに行くつもりか?」


何も返事は返ってこない。

しかし、歩く速さは徐々に増して千華はただ前へと進んでいく。


「……おいこら」


嘉神が静かにそういうと。千華は前を向いたままで束になったある資料を渡してきた。

それを素直に受け取り内容を確認する。最初のページには今朝千華を襲った男の顔写真とプロフィールが書かれていた。次から次へとページをめくれば同じように見覚えのある顔とプロフィール、またこれまでの経歴まで事細かく書かれている。

全て殺人チャレンジで千華を襲おうとした者たちだった。

(こんなにもいたのか)

中には嘉神が見た覚えのない人物もいた。どうやら彼の目の届かないところで千華は同じように襲撃に遭ってたらしい。

資料を流れ読みしながら、嘉神は不機嫌に眉をしかめて口を尖らせた。


「で……お前が奴らを調べてたのは分かったが、どうして会いに行く必要がある」

「調べるために」

「だから何を」

「………………」


相変わらず口数の少ない千華に嘉神は深いため息をついた。

このように質問を繰り返さないと返事が返ってこないことが度々ある。1年前から護衛として着いてからもこれはまだ慣れない。短気な嘉神はむしろ嫌気がさしているところだった。


「彼らが、本当にお金を手にしているか…それを確かめに行く」


その言葉に思わず立ち止まった。

それに気づいた千華も足を止めて後ろを振り返る。相変わらずぴくりとも動かない表情筋。黒く深い瞳はまっすぐ嘉神を見つめていた。


「お前、あれがネットの出任せじゃないとでも思ってんのか?」


嘉神の問いかけに千華はコクリと小さく頷いた。


「……殺人チャレンジに参加したとネットに投稿していたのは2486件。私の写真と札束を載せ信憑性が高いと言われたのが13件。その中で隠し撮りしただけの人物を除くと実際に行動に移していたのは1件…その1人は一番最初に私を殺そうとした人物」


ネットであれほど騒がれていた殺人チャレンジだが、蓋を開けてみれば実際に関わっていたのはほんの微々たる人数だった。

そして、千華を攻撃し金を受け取ったと主張したのは1人の男のみ。

"金に関しては男の虚言だった"

その結論に至り津和吹組も殺人チャレンジなど相手にせず、それよりも肝心な動画の真相究明に力を入れていた。


しかし、わざわざ自分を殺そうとした人物にこれから会いに行くということは、千華自身ははどうやら津和吹の意向には納得していないらしい。


「ネット上では名が上がっていないけれど、私を攻撃した者たちは実際に25人いる。そのうち世間から知られているのはただ1人だけ…」

「それがどうした」

「24人はどうして黙ってると思う」

「そりゃあ…殺人チャレンジをしたものの、何も得るものがなかったからだろ」

「ならどうしてその事実を広めようとしない」

「それは…」


「"大金を手にしたから"目立たないように黙っているのかもしれない」


千華の言葉に嘉神は一瞬口籠る。

その様子を見た千華は再び背を向け歩き始めた。

数秒後、はっと我に返った嘉神もあとを追いかける。


「警察に捕まるのが嫌だから黙ってるって可能性もある。金が嘘なら逮捕されないとあの男が言ったのも嘘かもしれないと思うだろ?」


(まあ実際…こいつが被害届すら出さないから警察も動いていなんだが)

嘉神は先ゆく千華の背中を睨む。

最初に起こった殺人未遂からこれまで、津和吹組が警察に助けを求めたことは一度もなかった。

やはり仮にもヤクザ、任侠一家と謳ってはいるが警察に介入はされたくないのだろう。


「そうかもしれない、でも確かめないと分からない」


(………めんどくさ)

どれだけ嫌だとしても、雇われている以上護衛として千華についていかなければならない。

だが今回ばかりはわざわざ危険な道を進もうとしているため流石に止めなければ、あの過保護な若頭に後で文句を言われるのは確実だった。


「お前、大人しくここにいろよ」


嘉神は少し強めにいうと細い腕を掴んだ。

無理やり引き止められた千華は少しよろけて、半歩後ろに下がる。


「……若頭には後で私から話す。面倒だと思うならついてこなくていい」


千華は顔色一つ変えずにそう言葉を返す。

腕を掴まれたことや引き止められた事に怒っている様子はない。

嘉神は、自身の心情を見透かされているような気分だった。感情が篭っていない機械的な話し方も相まって不気味すら感じていた。

(この女…是が非でも行くつもりだな)

嘉神はしばらく考える。同時に千華の少し外れた思考も痛感する。今ここで調べに行けば、千華が若頭に話したところで結局のところ嘉神に白羽の矢が立つのだ。

千華を行かせた事に文句を言われるのは今嘉神がついて行っても行かなくても同じこと。むしろついて行かない方がより酷く言われるだろう。


「………確かめれば気が済むんだな?」


その問いかけに千華は素直にうなずいた。


「……じゃあ行くぞ」


そう言って嘉神は掴んでいた手を離す。



黒い瞳が少し揺らいるように見えたが、きっと気のせいだろう。


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