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千花の棘が君を×す  作者: シャーリー・ベイビー
第一章
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金雀枝に罪などなく

3ヶ月前の一件から世間では津和吹一家は、忌み嫌われる存在となってしまった。

以前までは古き良き任侠一家として囃し立てられたはずだったが人の感情は簡単に変わってしまうものだ。

しかし、世間がどう変わろうと津和吹の方針は変わらず、反権力ではあるものの弱き者を助け平和と秩序を守る…代々受け継がれてきたその生き方は忘れていない。


しかしそんな津和吹も組長である万櫻の死、そして例の動画が立て続けに起こり、組内の混乱はいまだ収まっていなかった。



そして本日、月に一度の定例集会



津和吹組総本部には主要都市に存在する各支部を任せられてる幹部たちが集まっていた。

格式高い屋敷のなかでも一際異彩を放つ集会部屋。和室には壁に歴代の組長の肖像画が飾られている。その中には、新しく万櫻の肖像画も加えられていた。

部屋の両脇に黒服を着た幹部達が座り誰かが口を開く様子もなく、しばらく沈黙が続いている。

正面の席は空席だった。本来組長が座るはずの席だ。万櫻が死に3ヶ月以上は経つが未だ組長が決まらないまま定例集会が開かれている。



「さて、始めようか」



そう口を開いたのは津和吹組若頭、栄西(エニシ)と呼ばれる男。彼がそう告げるや否や、その場にいる全員が一斉に頭を下げた。


「いやいやそんな畏まるな。組長が不在の今、俺はあくまで代わりだからな」


栄西が笑いながら、表をあげるよう手をヒラヒラと上下に動かす。

その言葉をきくと各々顔を上げ始めた、重苦しい空気が多少緩和されてくる。ちらほらと話しをするものも現れ始めた。

そして、その中で幹部の1人が「ひとついいでしょうか」と堂々と手を上げる。栄西はそれを見てにこりと笑うと、発言するよう促した。


「失礼ながらお伺いしますか……いつまで組長不在のままなのでしょう」


その言葉に周囲の組員もざわつき始める。

周りの反応など気にせず、男は栄西の目を真っ直ぐ見つめていた。


「………」

「栄西さん、俺たちはもうあんたを組長として担ぎ上げる準備はできてんすよ」


その場にいる全員が、決意を表した鋭い視線を一斉に栄西に向けた。

六代目組長であった万櫻の死後、誰もが気にはなっていた七代目組長のことだが…立て続けに起こる騒ぎも相まって、しばらく話も進めることができていなかった。

通常なら若頭である栄西が組長として昇格するのが慣しだが、栄西は未だ若頭の役割を担い、これまでの集会もあくまで組長代理として仕切りを務めていた。


皆が期待を込めた視線を集めるが、それに対して栄西はバツが悪そうな顔をする。


「皆が心配してるのは重々承知だ、組長のいない津和吹一家なんて締まりが悪いからな」

「なら」

「千華が」

「……っ」


名前をだされるや否や、組員の誰もが口籠った。

再び室内は静寂に包まれる。


「千華が今朝襲撃に遭った」


栄西の顔つきが変わる。

口調はさほど変わらず柔らかいが刺し貫くような形相に隠しきれない憎悪が現れ、その場にいた組員が凍りつく。

今朝の襲撃に関して、既に知っているものもいれば中には初めて聞いたのか驚いた顔をしている者もいた。


「お嬢にお怪我は」


1人の組員が心配そうにそう尋ねる。

栄西が首を振ると、尋ねた組員は安心したようにホッと息を撫で下ろした。


「例の動画の件について…何かわかったか」


例の動画とは、事の発端である津和吹万櫻の動画の事だった。

栄西がそう問いかけても誰も口を開こうとはしない…答えられない、といった方が正しい。

その様子に栄西はため息をついた。


津和吹組の中で、あの動画について知っているものは誰もいなかった。

当時も動画の騒動に気づいたのは、津和吹万櫻が亡くなった後だったために、当の本人に真偽を問いただすこともできなかった。

組長の死後速やかに栄西が主体となり、津和吹組総動員で事態の究明に動いていたが……今になっても真相はわかっていない。

(組長も、とんでもないもん残して死んでいきやがったな…)

栄西は今は亡き万櫻の姿を思い浮かべ、心中で苦笑いをする。


「千華は血は繋がっちゃいねぇが、俺は家族同然のように思っている。先代組長も…千華を気にかけていた事はお前らも知ってるはずだ」


栄西の言葉に誰もがうなずいた。


先代組長万櫻にとって千華は如何程大切か、生前の行動から誰がみてもわかるほどだった。

だからこそあの動画を見た瞬間、組員の誰もが戸惑い、疑問に感じていた。


「真相を確かめるまでは俺も組長を務める気はない……わかったな」


反論するものは1人もいなかった。

室内は再び静寂に包まれる。重苦しくなった空気を切り変えるために栄西は手を一回強く叩いた。

パンッ…!という衝撃音と共に全員が顔を上げる



「さあ話はここまでだ、いつも通り定期報告をしてくれ」




***




定期集会を終えると、持ち場に戻るために各々が移動を始める。

栄西も次の行動に出るため屋敷の長い廊下を歩いていた。現若頭、次期組長候補といえど住まいは別にある。今回の集会のような特別な事がない限り、この広い屋敷には普段はほとんど立ち寄らない。

現在この屋敷に住んでいるのは津和吹千華とその護衛だけだった。

だが護衛といっても寝泊まりは屋敷近くの別宅に住まいを構えているため実質千華ただ1人で暮らしていることになる。

いくら護衛がいるからといえど、今朝の襲撃もあり、栄西も心配で気がきでならなかった。

(うちで住めとも言えないしなぁ)

どうしたものかと頭を抱えながらすすんでいると、ふと…角を曲がった見えない先から誰かの足音が聞こえてきた。

男ばかりに囲まれる生活を送っている中、よく聞き慣れた足音だが、周りの静けさと木製の床が相まってやたら大きく響いて聞こえる。

組員達が屋敷を後にした今、この場所にいる人物といえば限られてくる。


足音からして女性ではない。千華ではないとなると、護衛の誰かだろうと考えるのが妥当た。

栄西はとある1人の人物を大方予想して、一瞬不服そうな顔をしたがすぐに切り替え口角を上に上げた。


角を曲がるとすぐにその正体が現れた


「よお、ひさしぶりだな」

「……どうも」


現れたのは栄西の予想通りの男だった。

栄西から話しかけたにもかかわらず、そっけない返事に内心頭にくるが顔にはださないよう精一杯の笑みを保つ。

(こいつ…一応俺若頭だぞ!?)

男は頭を下げる様子もなく立ち止まる動作もなしに栄西の横を通り過ぎようとする。


「いやちょっとまて」


栄西が思わず声に出すと、男はようやく立ち止まりゆっくりと振り向いた。

あからさまに眉を下げめんどくさそうな顔をしてくる。


「何か用でも…」


いちいち鼻のつく言い方をしながら、さらにはため息をついてきた。

その態度にさすがに注意したくもなるがそれよりも要件を済ますことを優先させる。


「今朝も千華を狙う奴がいたらしいな…お前が護ったんだろ、ご苦労だったな」


栄西は少し前から、1人の護衛の噂をよく耳にしていた……『千華が自ら雇った凄腕の護衛がいるらしい』という噂だ。

先代組長に溺愛されていた孫、千華は、今程ではなくとも以前から十分すぎるほどの専属の護衛が付けられていた。それは全て組長、又は若頭によって雇われた元達だ、千華自身が誰かを護衛につけることなど今まで一度もなかった。

1年ほど前か、栄西は組長への挨拶で屋敷に立ち寄った際にたまたま千華を見かけていた。その時もう既に嘉神は護衛として雇われていたのか、それは定かではないが、千華のそばに佇む見知らぬ男に首を傾げたことは覚えていた。

というのも、たとえ雇われた護衛だとしても護衛対象は組長の孫。組と関わる事となればその素性は全て調べ上げられもちろん幹部達にも知らされる。多少なりとも挨拶は交わす風習が津和吹組にはあった。嘉神のような者は珍しい。

当時、組長にも直接嘉神について尋ねていた。すると組長は『千華のはじめてのお願い事だ』と楽しそうに笑っていたために、その時はあまり気にも留めなかった。


1年前からいるはずの嘉神が最近になりやたら噂が立つようになったのは、3ヶ月前の騒動からだ。

どうやら嘉神は、殺人チャレンジに乗せられ千華を狙う輩を全て1人で叩きのめしているらしい。


そんな凄腕の護衛がついているのであれば安心できる。しかし、だからこそ素性の知らない人物というのが唯一の気がかりとなった。

栄西としてはこのような場で交流を深め、少しでも相手を知ろうと考えているのだが…


「まあ…それが俺の役割なので」


嘉神はそう言って、また歩き出そうとする。

(当の本人がこの様子では、交流を深める以前の問題だな…)


「嘉神よ、あんまこういうこと言いたくないんだが…ちょっと態度がそっけなさすぎやしないか」


なるべく丁寧に、優しく伝えたつもりだった。

嘉神の実力について組の中で評判が広がると同時に、その普段の行いや態度に関しても悪い意味で噂が広がりつつあるのだ。

嘉神は組の中でも立場も年齢も若い。確か年は千華とあまり変わらないとか…となれば彼が気に食わないと思う輩も増えてくるだろう。誰もが皆万櫻や栄西のように寛容ではないのだ。


嘉神は何を思っているのか黙って栄西を見つめていた。


「お前は千華の専属の護衛だろ…もう少し気をつけねえと立場が危うくなるぞ」


そう告げると、嘉神は目を逸らして考えこむ。

(しまった…少し脅しみたいに聞こえたか?)

栄西は自身の言葉を振り返り少し後悔した。心配しての言葉だと訂正を加えようとしたが、先に口を開いたのは嘉神だった。


「立場も何も、俺はあいつに雇われてるだけなので組の人間じゃないです」


ピキッ


栄西の中で、何かが切れる音がした。


(落ち着け俺…俺は誰だ…津和吹組の若頭だ。それで目の前にいる男は誰だ、そうただの護衛だ。そして俺は何歳だ、そう48歳だ。それで目の前にいる男は何歳だ、そう25歳だ。俺からしてみれば千華と同様まだまだ子供だ、そんな奴にいちいち腹を立ててどうする………ん、というか千華のことあいつ呼ばわりしてなかったか!?あいつって言ったかてめぇこのやろう!!くそ!何様のつもりなんだ!)


眉をピクピクと震わせながら吐き出しそうな暴言の数々をなんとか寸前で飲み込む。


「そ、そうか…まあいい…何、ちょっとした助言みたいなものだからな、あまり気にするな」


精一杯の笑みを浮かべながら嘉神の肩に軽く手を添える。

しかし嘉神はそれを振り払うように栄西から背を向けて、そのまま一言も発せずに歩き出した。


「………」


しばらくして嘉神が見えなくなる。


栄西は周囲に人がいないかを確認すると、近くの壁を壊れない程度にぶん殴った。

ひりひりと手に痺れを感じてるがそんなものを気にする余裕はない。


「なんなんだあいつは…あれがゆとり世代ってやつなのか……ジェネレーションギャップか?最近の若者はみんなああなのか…理解できないのは俺がおっさんだからなのか…」


そう呟きながら、最近組に入った若い衆を思い出す。

彼らはどれも嘉神とにたような歳で、または明らかに年下もいたと思われるが…思い出される光景は深々と頭を下げて挨拶まわりをする姿だった。

その後もう一度先ほどの嘉神の態度を思い出せば、それは世代の問題ではないのだと痛感する。

なんでも世代のせいにしてはいけない、嘉神がそういう性格と言うだけなのだ。


「千華はなんであんな男を雇ったんだ、若頭の権限でやめさせ…」


そういい言いかけてすぐに思い出したのは、『千華のはじめてのお願い事だ』と楽しそうに笑っていた万櫻の顔だった。



「……………はぁ〜…」



大きなため息が広い廊下で響いた。

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