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愛しきカナリアの舌を切る  作者: 榊 すずめ
二章
6/6

「男はみんな狼」

「でもね兄様、昔は昔、今は今よ。

私、カナリアは兄様と一緒がいいって、ずっと言ってたじゃない」


 柚は脳裏を掠める様々な思いを振り切るように首を振り、睡蓮に少々強引に話題を捩じ込む。

 そんな柚に、睡蓮は困ったように眉尻を下げ、視線をさ迷わせながら頬を指先で掻いた。


「もっとカナリアをやりたいのは、私も常々思っているんだけれど……。

私はもう、営業活動はさすがにダメかなぁ」


まだまだ現役で働ける年齢だしね、と睡蓮は笑った。

道半ばで無理やり解散したも同然で、睡蓮自身未練はかなり残っているはずだ。


「一座の運営のことで手一杯だから、本部の幹部達から怒られてしまうよ。

だから、私よりも実力のある千歳を相方にって選んだのだけれど……」

「それも、わかってるけど……。

千歳とは、その……荷が重いかなぁって……」


 わがままを、言っている自覚はある。

 何を言おうと実際は、柚が逃げているだけだろう。

 でも、その根本的な原因には、やっぱり千歳がいるのだ。

 今日の初仕事でわかる。

 多分きっと、千歳を慕う多くの女性客を敵に回したかもしれない。

 何せ、始めから終わりまで、終始彼女らの視線が矢のように遠慮なく突き刺さってきたから。

 舞いは文句なしに楽しかったけれど、今でも胸は重苦しいままだ。


「そうかな……?

柚は、私や千歳が二人掛かりで必死に芸者としての技術を教えてきたのだから、周りよりも遥かに十分な実力を持っているよ。

私には、お似合いな二人に見えるけどねぇ」


「どうして?」と兄が不思議そうに首を傾げた。

 それを上目遣いでみつめながら、次の言葉を探していた時。

 廊下から、どたどたと騒がしい足音が聞こえてきた。


「柚っ!」

「あら。 意外に早かったわね、千歳」


 声で誰かがわかった柚は、ちらりと視線だけを向ける。

 すると案の定、太陽の逆光を浴びながら、息を切らして柱に手をついた千歳がそこにいた。


「どうして一緒に帰ってくれなかったの!?

突然いなくなっちゃうから……っ!

慌てて探し回ったよ、拐われたんじゃないかって……!」

「沢山のお姉様に囲まれて、ちやほやされてる間に日が暮れるわ。

それに、いつも歩いている道なんだから、大丈夫よ」


 柚は冷たく言い放ちながら、つん、とそっぽ向く。

 そんな柚に千歳は少しだけ、むっとしたように表情を歪めた。


「柚は男をわかってない。

男はね、みんな肉食の狼なんだから」

「なら、そういう千歳も肉食の狼なのね」


 もちろん千歳も男なのだから、その肉食の狼とやらの括りに入る。

 柚がずばっと容赦なく鋭い言葉を返すと、千歳は返す言葉を失い、悔しげに唇を尖らせた。


「柚」


 千歳が柚の名前を呼ぶ。

 しかし、柚はその言葉を振り払うかのように、勢いよく前にいた兄に抱きついた。

 どんなに楽の音が素晴らしかろうと、顔が綺麗で格好よかろうと、柚はやっぱり兄がいい。

 千歳みたいに女誑しな遊び人ではないし。

 とても真面目で優しくて、誠実な兄の方が何倍も素敵だ。


「こらこら、柚。

近くに墨があるから、着物が汚れてしまうよ」


 ぎゅうぎゅうと睡蓮の背中に回した腕に力を込め、顔を胸に押しつける。

 困ったような睡蓮の声が頭の上から降り注いでくるが、柚は顔を押しつけたままで、返事はしない。

 その代わりに、まるで小さな子どものように、睡蓮に甘えてみせた。


「柚?」


 睡蓮は、柚の名前を再び呼んだ。

 柚は頬を睡蓮の胸に擦り寄せて、ちらりと上目遣いでみつめる。

 すると、ふわりと優しい手つきで、甘える柚の頭を睡蓮は撫でてくれた。


「どうしたの、柚?

何か、あったのかい?」


 耳に届く心配そうなその声は、柔らかく優しい。

 睡蓮はたとえ言葉がなくても、柚の僅かな言動で何となく気持ちを理解してくれる。

 それがとても心地よくて、自然と甘えたくなってしまうのだ。

 しかし、それをよしとしない人物も、やっぱりいるわけで……。


「……柚。 ちゃんと、俺の言葉を聞いて」

 

 案の定、というべきだろうか。

 むすっとした千歳の声が、柚の背後から投げかけられた。

 次いで、すっと暗い影が伸びてきて、すぐ近くで布擦れの音が聞こえてくる。

 少しの空白の時間を過ごし、やがて。


「ねぇ、柚。

君は……、俺が嫌い?」


ぽつりと、千歳が呟いた。

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