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愛しきカナリアの舌を切る  作者: 榊 すずめ
二章
4/6

「初代カナリア」

挿絵(By みてみん)


「ただいまーっ、兄様!!」


 燦々(さんさん)と太陽が降り注ぐ玉響座の本邸に、柚の元気な声が響いた。

 ばたばたと、少し年季の入った茶色の廊下を、着物の裾をはしたなく(たく)し上げ、柚は全力で駆け抜ける。

 鳴り響く足音に驚いた小鳥達が、一斉に廊下から羽ばたいて逃げていくが、それすらも目には入らない様子で、ただひたすら目的地を目指していた。


「兄様ー、お仕事終わったよー!」


 目指しているのはもちろん、大好きな兄の仕事部屋だ。

 彼の部屋は、本邸の一番奥にある。

 一座全体の書類を集めて確認し、各芸者達の売り上げを管理するのが兄の主な仕事であるため、鳴り止まない楽の音が少しでも和らぐこの場所を選んだらしい。


睡蓮(すいれん)兄様!!」

「柚……。

そんなに私の名前をしつこく連呼しなくても、ちゃんと聞こえているよ……」


 ばんっ、と閉めきられていた障子を勢いよく開いて、柚は兄の部屋へと飛び込んだ。

 障子は衝撃に耐えられず、みしっと音がしたようだが、そこはあえて聞こえないふりだ。

 綺麗好きな兄、睡蓮らしい乱れひとつとない整然とした室内。

 殺風景ともいえるその室内の中心で、睡蓮は漆塗りの艶が光る机で書類を纏めているところだった。


「あの……障子を壊さないでね、柚……?」


 多分、障子の軋む音が聞こえたのだろうか。

 睡蓮は、筆を握る手を休めることなく、若干及び腰で顔も向けずに言う。

 そんな睡蓮に、柚はぺろりと舌を出して笑ってみせた。


「つい、力が入っちゃって……。

でも、大丈夫よ。

見た目には、どこも傷はないみたいだから。

それに、もしも壊れちゃっても千歳に直してもらえるように、おねだりしてあげるわ」


普段から柚に構って欲しくてたまらない千歳は、柚がちょこっと潤んだ眼差しで上目遣いにおねだりすれば、大抵の願いはひとつ返事で叶えてくれる。

それはもう物心ついた頃から身に付いた習慣だから、間違いない。


「いや、見た目の問題じゃないんだけどね……。

それに、あまり千歳を困らせないようにしてね?」


 障子をまじまじと確認してそう言う柚に、睡蓮はぼそりと呟いた。

 そして。


「柚、舞い用の衣装で走ると危ないから、せめて歩いておいで」


 睡蓮は困ったような笑みを浮かべて、柚にようやく肩越しに顔を向けた。


 彼の髪は、柚と同じ真っ赤に色づいた紅葉のよう。

 腰よりも遥かに長いそれを高い位置で一つに束ね、振り返ったときの動きに合わせて、ふわりと柔らかく揺れた。

 あまり外へ出ないためか、こちらに向ける顔は真っ白で、雪のように美しい。

 透明感のある水晶を見ているような色を放つ瞳は困ったように細められ、口元には苦笑いが浮かべられている。

 柔らかく包み込んでくれるような優しい雰囲気とは裏腹に、しっかりと引き締まった体は逞しい。

 思わず胸に飛び込んで、抱きしめて欲しくなるほどに包容力抜群だ。


「大丈夫よ、兄様。

この衣装、見た目とは裏腹にとっても動きやすくて、舞っている時に心地いいのよ!」

「そうかい? それはよかった」


 はしゃぐ柚に笑いながら、睡蓮はやんわりと頷いてくれる。

 笑顔につられて笑い返しながら、柚は再び睡蓮をみつめた。


(口調と物腰は似ているのに、千歳とはやっぱり違うわね)


 睡蓮も、千歳と同じ年。

 お互いに唯一無二の親友だと言い合えるほど、二人は仲がいい。

 仕事での相性も抜群で、この玉響座の最高級芸者、カナリア発祥はこの二人だという。

 当時たった九歳だった二人により紡がれた、一矢乱れぬ阿吽の呼吸の舞い芸は、それはそれは見事で、それを讃えてカナリアと持て囃されたのがきっかけだ。

 玉響座の運営にカナリアが追加されて、はや十年。

 一年前に睡蓮が一座を継ぐために、二人が同意の上でカナリアを解散した今でも、この天才の壁を越えられるカナリアは現れていない。

 睡蓮は讃えられるに相応しい人格なのに対して、千歳からは全くそういった落ち着きのある雰囲気は見られない。

 同じ仕事と生活をして育ってきたはずなのに、この二人の差は一体何なのだろう。

 不思議でたまらない。

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