プロローグ
ソッと口に含んだ劇物は、以外にも甘く、蕩けるような味がした。
人生最後になるであろうその味を、少年は少し味わうように口の中で転がすと、ゆっくりと嚥下する。
ヒンヤリと冷たいソレが喉を伝って胃の中に流れ込む感覚を味わいながら、少年は、独り静かに涙を流したのだった。
死ぬことが恐ろしいのでは無い。
ただ、悲しかったのだ。
こうなる前にもっと他にやりようはあったのじゃないか。本当にこれ以外に方法はないのだろうか。
いくつもの想いが脳内をぐるぐると駆け巡り、自分自身にも把握しきれない複雑な感情が涙となって流れ出る。
フラリと体が傾いた。
劇物が入っていた小瓶を巻き込んで、少年は机の上に上半身を突っ伏す。
体に力が入らない。
どうやら小瓶に入った劇物は、少年が考えていた以上に即効性のあるものだったようで・・・少年は、その少女にも見える美貌を苦痛に歪めた。
嚥下した瞬間は、喉を通るその冷たさに驚いたものだったが、今やソレは胃の中で激しい熱を持ち少年を苦しめている。
熱は胃からじわじわと広がって全身を巡り、額からは大粒の汗が流れ落ちる。
少年は顔を苦痛に歪めながら、震える桜色の唇をソッと開いた。
「・・・・・・助ケテ・・・」
何故、そんな言葉が口から出たのかは本人にもわからない。
自ら望んで死へと向かった筈なのに。
ようやく・・・この腐りきった現実から逃れることができるというのに。
笑って逝けると思っていた。
何故なら”死”こそが少年の悲願なのだから。
心は安堵に満たされると、そう思っていた。
だからこそ少年は、自身の口からこぼれ出た言葉に困惑する。
何故?
どうして?
答えは出ない。
そも、
少年に答えを探す時間など残されていないのだが。
体が・・・熱い。
これが地獄の業火だとでもいうのか。自身の罪を考えるのならば、この身を焼かれる熱さにも納得がいく。
だんだんと思考が鈍化していく。
視界も端から黒く染まっていき、終わりの時が近い事を少年に悟らせる。
――― 見つけた。
・・・声が、聞こえた。
深く、心地よく耳に染みいるようなテノールボイス。
優しげな声と表現する人もいるだろう。しかし、少年にはどうにも其の声が、死へと誘う死神のそれにしか聞こえなかった。
「やっと見つけた。ボクのプリンセス」
ああ、なんという皮肉か。
毒を飲んだ白雪姫を迎えに来たのは、キスで目覚めさせる王子様では無く、道化の化粧をした一人の怪人であったのだ。
◇