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技の一号

 彼女が振り回す綺麗事と、その身に秘める強大な暴力に対して僕は言い返せなくなった。

 こうやって黙ってしまったときには大体、不満そうな表情を相手になじられるのだ。


「ほら、そうやって拗ねて。情けないったらないわね。言いたいことがあるなら言ったらいいじゃない」


 一号は容赦なく僕を追いたてた。

 相手の立場をおもんばかって、プライドを傷つけないように接していたら相手はこんな風に調子に乗る。

 これで言葉通り言いたいことを言えば殴られたり痛い目を見ることになるのだ。

 僕はわずかに深く息を吸い、心を落ち着かせた。こういうときに暴力や立場で劣るものが感情に流されるとそれは敗けとなる。


「いえ、特になにもありませんよ。あなたの言う通りです」


 事実としてそうなのだ。

 無限に力があれば彼女を助けたかったし、仇を討とうとするかもしれない。

 一号にはその力が備わっているのであれば当然、そうするべきだと考えるだろう。

 僕にその力がないことには想像も及ばずに。

 往々にして強者と弱者は互いに無理解を突きつけ合う。


「テリオフレフはいい人でした。彼女の敵討ちをしたいと思うのなら僕も賛成します」


 一号はまだ怒気を含んだ目で僕を見据えていた。


「さしあたって、彼女を追い詰めた人間と言えば僕ですね」


 一号の目にわずかな困惑の光が宿った。

 僕が邪教徒討伐隊の一員であったことは話したはずだけど、失念していたのだろうか。

 

「でも、君はテリオフレフを愛したんでしょう?」


 僕は首肯で応える。

 一号は判断を付けかねて眉間にシワを寄せた。


「僕は全然死にたくないんですけど、それでも彼女の顔をしたあなたが彼女のために僕を殺す、と言うのなら受け入れたいと思います」


 言った瞬間、パチンと頬をはたかれた。

 彼女の動きも見えなかったし、叩かれるとは思っていなかったので何をされたのか理解するまでに時間がかかった。

 痛い。でも首が飛んでいないということは手加減をしてくれたのだろう。


「君ねえ、それでテリオフレフが喜ぶと思うの?」


 一号はそのまま、ポロポロと涙をこぼし、やがて本格的に泣き出してしまった。



 彼女の泣き方は号泣と言うよりもすすり泣くといった感じで、泣き止むまでに時間がかかった。

 その間、ずっと考えていたのだけど彼女は変だ。

 悪意の迷宮の、異常が支配する深層にあって、普通も変もないのだけど、やはり彼女は変だった。

 魔力で出来た疑似生命体なのに感情がある。それも、妙に人間臭い。

 それこそ吸血鬼を除いたアンデッドには人格なんてなくて、淡々と行動原理に従って動き続ける。

 彼女の父だと言うバイロンは一体、なにを思って彼女を作ったんだろうか。


「ねえ、一号さん」


 一号の涙がだんだん止まってきたので、僕はできるだけ優しげに声をかける。

 彼女は涙を拭うと目線だけでこちらを見た。

 その仕草は幼女のようで、可愛らしいなと場違いに思ってしまった。 

 

「約束します。僕はテリオフレフのためにも懸命に生きます。そして彼女を忘れないことが一番の供養じゃないかと思っています」


 僕が言うと一号は満足気に頷いた。

 そしてそのまま両腕を広げる。


「ん」


 短く言って顎をしゃくらせる。

 僕がどうしていいのかわからないで突っ立っていると、一号が怒ったように口を開いた。


「抱き締めてあげるって言ってるの。さっさとしなさい!」


 勢いに押されて、僕はおずおずと一号の体を抱き締めた。

 と、一号もガバッと僕を抱き締める。

 とても魔力で出来ているとは思えない触感だった。

 手に触れる皮膚は柔らかく、そして固い。

 骨と肉を内包した人間の肉体そのものだった。

 かつて、テリオフレフを抱き締めたときを思い出す。違いはあの甘い匂いだけだ。

 一号は僕をぎゅっと抱き締めたあと、そのまま僕の頭を撫でてくれた。


「ほら、私とテリオフレフに誓いなさい。頑張って生きるって」


 僕も抱き締め返して、誓った。

 そのまま数分、抱き合っていただろうか。やがて一号が手を離したので名残惜しかったのだけど僕も離れた。

  


 一号が椅子に座り、僕も対面するように椅子に座った。

 

「ところで、その体って本物の人間と変わらないけど本当に魔力で出来ているの?」


 何となく、敬語を使わずに聞いてみた。

 テリオフレフに対してそうだったように、彼女にも普通に話しかけたくなったのだ。


「本当よ。魔力を用いて受肉する秘術なの。私の父であるバイロンはいろんな秘術を知っていて私もそれを受け継いでいるの」


 一号はすこし自慢げに言った。

 

「あの、一瞬で移動する術も秘術なの?」


 魔力を用いて空間を跳躍する、という魔法は存在している。

 それでもああいう風に消えたり出たりするものではないというのはわかる。

 

「あれは『影渡り』ね」


 彼女は楽しそうに話をしてくれた。

 僕も、彼女と話すのが楽しくなってきた。

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