東洋坊主、つかの間の愉悦に身を浸す。
「これでいい。さて、はじめようか」
「その覚悟、潔し。華々しく散ってみせい」
「死ぬ気はないよ」
ブラントは一瞬、前方に踏み込むフェイントを混ぜてから後ろに飛んだ。
一息に呪文を三つ発動させる。
『硬化』
『加速』
『障壁』
体中を巡る血液が加速していく。
距離を詰め、剣を振るう。心臓、と見せかけて太もも。
細剣は狙い通り足に刺さり、内部の動脈を切断するはずだった。
が、剣先は一センチほど刺さり込んで止まっていた。
なんだこいつは?
即座に引き抜いて、次は脇腹を突く。
比較的、柔らかいはずの脇腹だったが、弾かれて剣先が流れた。
手には鉄板を突き損なったような感覚が残った。
瞬間、ブラントは東洋坊主の胸板に両手を当てて強く弾いた。
東洋坊主がびくともしなかったため、ブラントは自らの腕力で大きく後ろに飛び下がった。
「うむ、なかなか。地上の兵士どもよりずっといい」
東洋坊主は相好を崩した。
「そうかね。納得したのならこの辺で容赦願いたいモノだね」
ブラントは激痛に突き出されて吹き出す脂汗をぬぐう余裕もなかった。
わずか一瞬の交錯にブラントは全力をかけ、結果、太ももに浅いひっかき傷を一つ作るのが精一杯だった。
対して、ブラントの右足は、一瞬のうちに踏み砕かれ足首から先が完全に機能を失っていた。
東洋坊主の様子を見るにほんの児戯なのだろう。
片足になり無様にバランスを取る。
しかし、最初の視線から解っていた事ではないか。
この怪物は己より力があり、素早く、技術も高い。
「容赦というのが、楽にしてくれという意味なら聞かん事もないぞ」
言って東洋坊主は拳を握る。ゴツゴツとした、巨大なこぶしが出来上がり、ブラントに大穴を穿とうと睥睨している。
「そういう意味ではないのだが……」
お互いに解っていて無駄口を叩く。
最後の一撃に合わせて悪あがきをしなければならない。
左足に渾身の力を込め、体を前にはじき出す。
『大癒流』
回復魔法によって即座に復元した右足によって、迎え撃つ拳から間一髪、身を躱す。
歩法を駆使して無防備な側面に回り込む。
最後のチャンスだ。
人間である以上鍛えようのない弱点、耳に向かって渾身の突きを放った。
しかし、直前で東洋坊主は首を振り、剣先はその頬に吸い込まれていった。
クソ、次だ。
毒づいて剣を引き抜こうとしたが、びくとも動かなかった。
剣身は左の頬から入って右の頬に抜けている。
東洋坊主は口の中で刃を噛んでいた。
剣をあきらめ、ブラントは再び距離を取った。
予備の武器、と言うよりも多用途で使用する小ぶりのナイフを取り出す。
東洋坊主は頬面を貫通している細剣を慎重に引き抜いた。
「おお、いててて」
血が垂れる頬を撫でながら東洋坊主はブラントの右足を指さした。
「お主、先ほどなにか使ったな。確かに潰れたはずの足が、戻っておる」
「回復魔法さ」
ブラントは素直に教える。
少しでも時間を稼いで作戦を練りたかった。
「ワシにも使えるかの」
バカめ。ブラントは顔をしかめた。
魔法の類いは、確かに練習すれば誰にでも使えるようにはなるが、それでもある程度の基礎が必要になる。
「ゴリラには無理だよ」
「ゴリラ? ふむ、よく知らんが、やってみようか」
東洋坊主は血が滴るその頬をピシャ、ピシャと叩きながら「治れ」と声に出していった。と、頬の傷がみるみるふさがり、あっという間に消え失せた。
「なるほど、これはいい事を教わった」
ブラントは言葉が出なかった。
自分が回復魔法を使えるようになるまで、どれくらい時間がかかっただろう。
「どれ、ではそろそろ決着を付けて亡霊殿に挨拶に参るかの」
決着など、とうについていた。
ブラントははじめから彼我の戦力差を理解していたのだ。
ただ、弟子達を逃がすためにこの場にとどまったに過ぎない。そして、それは既に成功している。
それ故、もはや抵抗もせず、東洋坊主が近づいてくるのを眺めた。
大きな拳が神速で飛び来て、ブラントは死んだ。
*
ブラントが倒れたのを見届けた東洋坊主は、そのまま上機嫌にイシャールの間に入っていった。そして、一方的に怪物達を蹂躙したあと、改めて下の階に向けて歩き去った。
どうも、東洋坊主というキャラは書きやすくてとてもいいです。
問答無用で強く、おしゃれな言い方をすればバトルジャンキー、または修羅道に堕ちてそれをひたすら享受する者ですが、読者さんからの感想を読むと人気がありそうです。
また、この東洋坊主という名前は本名ではなく、東洋(出身の)坊主(僧侶の類)という意味の便宜上のあだ名です。
つまり、極東地域一帯の仏教僧全般を指しますが、物語の舞台では仏教僧がとても珍しいので、特定の人物を指す固有名詞の働きも満たします。