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握手


『砕魂!』


 ウルが魔法を唱えると、アースゴーレムたちの動きが止まった。

 

「あなたはまだ『砕魂』が使えないのよね」


 ウルが使用した『砕魂』は抵抗力の低い魂を打ち砕く魔法なのだけど、高度な順応が必要だから僕が使えるようになるのはずっと先だ。

 その割りに効果は微妙で、強力な魔物には効かず、弱い魔物相手にはもっと低位の魔法で対応ができる。『砕魂』を唱えるくらいなら温存して同じ棚に並ぶ他の魔法を使った方がいい。学校ではそう習った。


「教科書通りの考え方だとそうね。でも、下層の魔物たちの中にも魂が弱い魔物は意外と多いのよ。例えばその正体が雑霊に過ぎないゴーレムなんかにはよく効くわ」


 ウルは穏やかに笑った。

 実践に基づいた知識が彼女を大魔法使いにしたのだろうか。

 ゴーレムたちはやがて、ゆっくりと崩れ落ちた。

 大量の土砂が通路に散らばって土煙をあげる。


「異常をきたしたのが生き物だけではないのだね」


 ブラントが渋い顔をして頭を掻く。

 内心で組み立てていた推論と現実が乖離してしまったのだろう。

 手近な岩塊に座って考え込んでしまった。

 僕たちもそれに倣って各々が座る。

 元々休憩中だったので、その続きに戻るのだけど、話題まで戻されてはたまらない。

 僕はまだ痛む手を隠しながらウルの隣に腰を下ろした。


「あなたは何で魔法使いになったの?」


 ウルの質問は何気ない興味本意のものだろうけど、回答について少し考えてしまった。

 正直に言って怒られないものだろうか。


「えっと、僕は債権奴隷なんですけど、ご主人が色々と検討した結果他の職能にまるで適正がないと判断されまして、消去法で魔法使いになりました」


 そもそも冒険者になったことさえ偶然であって、自ら志願したわけではない。


「ふうん、じゃあ冒険者になっていなかったらどんな仕事をしていたの?」


 難しい質問だ。

 僕が生まれ育った田舎では、ほとんど全員が農作業と山仕事に追われていた。

 有望な農地があるわけでもなければ、材木を搬出する市場も遠い。

 全くもって貧しさを絵に描いたような村だった。

 時々、行商人がやって来ては古着や鍋などの日用品と村人の子供と交換していった。

 時々、奴隷狩りの一党がやって来ては村人をさらっていった。

 これは口べらしも兼ねており、村人は奴隷狩りがやって来れば大急ぎで身を隠すものの、連れ去られる誰かを助けようとすることはない。怪我をして働けなくなった者を養う余裕もないのだから、それが村での賢い生き方だった。

 僕も、親から行商人に差し出されたことはある。だけど商人は僕を一瞥すると商品を引っ込めてしまったのでその時は奴隷にならずにすんだ。代わりに、僕の商品価値の低さを知った両親から以後ひどく冷遇されることにはなったけど。

 その後、奴隷狩りに捉えられて今に至る訳だ。

 でも、捕まっていなかったとしても村にはいられなかったかもしれない。

 僕には粗食に耐えながら連日過酷な労働に従事する体力がなかった。

 重たいものを持つ力もないし、道具を作るような器用さも無縁だった。

 貧しい村で僕のような存在は無駄飯食いと蔑まれ、一人前とは見なしてもらえなかったのだから、遅かれ早かれ村は追い出されただろう。

 そうやって村を出た流れ者にどんな仕事ができるだろうか。

 僕は奴隷商人から文字を習うまで読み書きができなかったので、文盲でも問題ない肉体労働か職工見習、あるいは盗賊くらいだけど、どれも僕に勤まるとは思えない。

 残るのは男娼か冒険者だろうから、自分で選択をするならやはり男娼は遠慮したい。


「多分、冒険者以外の仕事はしていません」


「へえ、じゃあ職能を自由に選べるとしたら?」


 冒険者を志望する者の大半は戦士を目指す。

 それは冒険者を志望するものたちのほとんどが体力に自身を持つからであるのだけど、僕は痛い思いをしたくないのでたとえ体力が十分でも前衛なんて絶対に嫌だ。

 かといって僧侶も嫌だ。故郷の村には巡回牧師と名乗る宣教師のような聖職者が時々訪れたものの、彼らの説く理想よりも僕には食べ物が必要だった。そして、腹を空かした僕にパンのひとつも与えてくれなかった神にたいして無上の感謝を捧げろと強いられても困るのだ。 

 盗賊は悪くないな、と思うものの生来の不器用さが原因で親兄弟にひっぱたかれて育ったので、器用さが必要な場面に出会うたびに嫌な思い出が浮きあがってきそうなので敬遠してしまう。


「あ、魔法使いを選びますね」


 言ってから自分でもビックリした。

 そうか、僕は魔法使いになるべくしてなったのだ。今の今まで気づかなかったけど、どうやらそういうことらしい。


「じゃあ純粋な魔法使いじゃない。私と一緒ね。そうじゃない子は魔法使いになっても続かないものよ」


 ウルが嬉しそうに笑った。

 年齢は僕の親くらいなのだろうけど、彼らと違って表情に卑屈さがないため若々しく見える。

 ウルが僕の手をつかんだので、僕はドキドキしてしまった。 

 

「ねえ、せっかくだから今回の冒険の間に私が色々教えてあげるわ。あなたが先生と呼んでくれればね」


 賢者と呼ばれる大魔法使いの望外な申し出よりも、握られた手の方に意識が集中してしまった。


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