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秘すべし

 

 本来その階層に巣くうような魔物と、場違いに強い魔物たちの割合はどのくらいだろうか。

 戦闘を繰り返していくうちに、どちらも僕の手に負えないという意味では同じになって来た。

 今しがた戦った熊だってシガーフル隊なら全滅も考えられる。

 それよりもさらに強い巨大蜘蛛や、妙に装備の整った亜人種系の魔物たちを打ち倒して進み続けているのだけど、ウルは一度も魔法を唱えていない。

 上級冒険者ともなると魔法を使うタイミングを逃すこともないだろうから、強力な魔物達を相手取ってさえ、援護が必要ないと判断しているのだろう。

 そして、それは正しい。

 前衛はここに至るまでほとんど傷も負わずに、一方的に殺戮を繰り返している。


 しばらく休んでいなかったので、僕たちは休憩をとることにした。

 多分、疲れているのは僕だけだ。

 前衛の三人も投石で援護をしている小雨も、疲労の様子は見えない。

 対して、僕はぐったりと疲れていた。

 情けない話だけど恐ろしいのだ。前衛を全面的に信頼していたのだとしてもすぐそこに見たこともないような魔物が存在するというのはその都度、僕の精神力を削る。


「さっきのあれ、ずっと考えていたのですけど肘ですね」


 小雨がノラに話しかけた。

 ノラは何のことかといぶかし気な表情を浮かべて警戒している。

 

「剣士を倒したとき、あなたは鍔競りから右に動き、それだけで敵は倒れました。あの技の正体を知りたいのです」


 ノラはしばらく考え込んでいたのだけど、やがて首を振った。


「技の解説はしない」


「結構。では私なりの推理をお話しします。それだけなら文句もないでしょう」


 小雨は足を肩幅に広げて立つ。

 仮想の敵からの剣戟を、仮想の長刀で受けとめた。その手には何も持っていないのに本当に敵がいるように思える見事な演武だった。


「このあと、あなたは右に動きながら肘打ちを相手の脇腹に叩き込みました。しかし、問題があります。相手の脇腹を打つにはその左肘が邪魔なはずです。そこでおそらくは相手の左手首を一瞬、掴んで引くかして脇を開けさせたのでしょう」


 ノラはその話を聞いても無表情だった。そうだとも違うとも言わない。


「なんだよ。そんなまだるっこしいこと考えて戦っていたのかよ。思いっきりぶん殴ればいいのに」


 ナフロイが横から口をはさんだ。しかしそれは彼の恵まれた才能ゆえに言えることだ。ナフロイは動きが速く、力が強い。その上、場面ごとの判断は正確だし、繰り出した攻撃も外さない。

 戦闘時のナフロイを見ていると戦いの神に愛された、というより彼が戦いの神そのもののような気さえする。


「それでは稽古にならない」


 ノラが面倒そうに吐き捨てた。ということは、今回のような強敵たちとの戦闘でもノラにとっては余力があるのだろうか。


「手首じゃなくて指じゃないのかね」


 ブラントが小雨の後ろから声をかける。

 その言葉に、ノラの目線がブラントに向いた。

 

「私には真似できないがね、東からやって来る者の中には互いの指を絡ませて動きを操る術があると聞くよ」


 一同の視線が正誤の判断を求めてノラに向けられた。しかし、ノラはその視線を受け止めることもなく地面に視線を落とした。

 先ほど宣言したように、自分の技を人に教える気は欠片もないのだろう。

 

「そうですか。ではやってみた方がいいですね」


 小雨はそう言うと、僕の手を掴む。

 意外と小さくてかわいらしい手だな、と思ったのは一瞬で次の瞬間には指を捻りあげられていた。

 激痛が一気に脳内を駆け巡る。


「痛い、離してよ!」


 どうにかして振り払おうとしたのだけど、掴まれた手はビクともしない。その小さな手のどこにそんな力があるのか不思議なほどだった。


「おかしいですね。全然思い通りに動かせません」


 小雨が首を傾ける。


「技術だからね。力任せに捻ったって上手くはいかないよ」


 ブラントに言われて小雨はようやく僕の手を解放した。

 手の指を動かしてみると強烈な痛みが残っているものの、骨は折れていない。

 絶妙な力加減は僕への当てつけか。涙目になったまま、僕は自分の手を強くつかんだ。

 

「この技は便利そうですね。私に教えていただけませんか」


 小雨はノラに語り掛けたのだけど、その言葉は当然のように無視された。


「神は言いました。互いに知識を共有しあえと。私からあなたに神の真理をお教えいたしますので、代わりにその技を教えてください」


「要らん」


 ノラが忌々し気に言った。それはそうだろう。興味もない宗派の教義と引き換えに大事な技を教えたがる人間はいない。


「では何か、こちらで提供できるものをおっしゃってください」


「俺は仇を追ってここにきている。人に物を教えているような暇はない」


 言いながらノラは刀を抜いた。他の連中も武器を構える。

 その視線を追うと、通路の奥を見つめている。

 やがて、暗闇から人型の巨体が現れた。

 岩石で覆われた体。ナフロイを超える巨体。

 特徴的な体躯からアースゴーレムだということは一目でわかった。下層の有名な魔物で、骸骨戦士が力を得たものだという。

 動きは鈍いものの、岩石の体に由来する高い防御力と攻撃力を誇る厄介な魔物である。

 しかも、アースゴーレムは複数いた。

 前に並ぶ巨体のせいで後ろの方は確認できないのだけど、少なくとも五体はいる。

 これはひょっとしてまずいのではないだろうか。

 舌打ちをしながら投石を諦めた小雨を見て、僕の背中を緊張の汗が濡らした。


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