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なれの果て

「こいつらはアレだな。俺、何度か見た事があるぞ」


 ナフロイが事切れた剣士たちの顔を確認しながら言った。

 ブラントも一人だけ残した剣士の体をヒモで縛りながら頷く。


「そうだね。彼らは迷宮に喰われた冒険者の成れの果てだよ」


 言いながら、ノラが斬り飛ばした手足の止血も忘れない。


「冒険者の成れの果てってなんですか?」


 言葉の意味がわからなくて、僕はウルに聞いた。


「迷宮に順応しすぎちゃった人の事よ。学校でも習うでしょ」


 確かにそんなようなことは習った。でも、僕が習ったのは魔物に変じてしまうと言う事だったはずだ。

 対して剣士たちはどう見ても人間ではないか。


「慣れてくると段々わかってくるわ。迷宮の奥深くに呼ばれた気がするの。それでずっと深くまで潜っちゃうと帰りたくなくなっちゃうのよ」


 それはナフロイとウルにも当てはまるのだろうか。

 

「段々、下に行くことしか興味がなくなってね。でも下に行くのは大変でしょう?」


 僕は曖昧に頷いた。

 確かに、一つ階を降りるだけで魔物の強さは格段に上がる。

 シガーフル隊なら地下三階を歩くのも危ない。


「だからもっと順応を進めるためにひたすら戦闘を繰り返すの。そうなると中身はもう魔物と同じだわ」


 他者に喰らわれずに残った者が下に進み、また手当たり次第に戦いを繰り返すのか。

 

「そうして、完全に欲求を塗りつぶされて下に降りる事しか考えられなくなった人のことを私たちは成れの果てと呼んでいるのよ」


 なるほど。そうなってしまった者を指して「迷宮に喰われた」と表現するのは上手いな、とどうでもいいことに感心してしまった。


「そうして、本来は迷宮の奥に飲み込まれた筈の者達がこんな地下一階まで上がってきているというのが大問題なのだよ」


 ブラントが話に割って入る。

 今回のパーティは、彼の補佐のために集められている。

 彼がなにがしかの真実に近づければ、それで今回の冒険は成功だ。


「そうねえ、やっぱり魔力濃度が高い場所に体が馴染んでいるとここは息苦しいものね」


 ウルの言葉には、実感がこもっている。

 と言う事は彼女も人間から魔物に近づいているのかもしれない。


「それよりもあなた、さっきの魔法はよかったわよ」


 ウルは一転して明るい声で僕に話しかけてきた。

 僕は一瞬、何を誉められたのかがわからなかった。


「私が無駄に魔法を使うなと言ったばかりなのにあなたは躊躇わずにそれを使った。意外とできる事ではないわ」


 普段、誉められ慣れていないので僕はどんな表情をしていいかわからずにただむず痒い。

 死にたくなくて、恐ろしくて魔法を唱えてしまっただけだとは言えなかった。

 

 その間も、ブラントは成れの果てを観察したり反応を試していたりしていたのだけど、ある程度やって気が済んだのか、細剣でトドメを刺した。


「ダメだね。どうも正気を失くしておかしくなっている。それも一時的な混乱とも違う。よくわからないね」


 ブラントが口ひげを撫でながらため息をついた。

 僕は表情には出さないものの、その言葉に違和感を覚えた。

 正気の人間はそもそもこんな迷宮に立ち入らない。もし迷宮にかかわるのなら他人に入らせてその上前をはねるのが理性的な付き合い方だろう。

 そう言った意味で僕も含めて迷宮にいる全員が正気とは無縁なはずだ。


「あ、坊主。おまえ解っていないな」


 急にナフロイが僕を指さして来てドキッとした。

 表情には出さなかった筈なのに看破されてしまったのか。


「迷宮を潜り続けて成れの果てになっちまっても会話が通じないわけじゃないんだよ」


 言ってナフロイは腕を組む。

 ウルも頷いて同意する。


「下に降りるためには腕力や魔法も必要だけど、頭の良さも必要なのよ。それだって有効な武器なのだから。だから、成れの果てになってしまっても会話は通じるし、むしろ頭脳は明晰になるわ。ただ、下に降りる欲求を満たす以外の価値観が欠落してしまうだけなの」


 そんなものなのか。先ほどブラントが観察をしていた剣士は会話が通じる様子ではなかった。

 

「いずれにせよ、聞いたこともない状況だね。ということは彼らをこんな風に変質させた原因がどこかにあるはずだ。とりあえずは探索しながら下に降りていくしかないだろう。とりあえず地下十階くらいを目指していこう」


 その言葉に僕は吹き出しそうになった。

 僕はまだ地下四階までしか降りたことがない。そこから先は本当に未知の世界である。

 とはいえ、僕以外はそれを当たり前と受け取っていて、地下五階までにしましょうなんて言えるはずもなく前進が始まった。



 戦闘と探索を繰り返しながら地下四階で遭遇した四匹の熊は僕に邪教徒討伐を思い出させた。そのときはギーが吹き飛ばされて死にかけたのだ。

 そんな熊の一撃をナフロイは腕に取り付けた小さな盾で正面から受け止めた。

 ナフロイはびくともせず、攻撃を仕掛けた熊の方が反発で体勢を崩す。

 瞬間、降り下ろされた反撃の大鉄槌は熊の脳漿を撒き散らした。

 その横で、ブラントとノラが巧みに急所を攻撃して熊を倒す。

 最後の一匹も、小雨の投石が鼻っ面を強打し、大きくひるむ。そこにノラが踏み込んで熊の首を掻き切った。

 熊は口から血を吐き、もんどりうって倒れ、戦闘が終了した。

 

 ノラと小雨は戦闘を重ねるごとに連携の動きが綺麗になっていく。

 無口同士、ほとんど会話なんて交わさないのに。

 いや、だからこそ気が合うのかもしれない。

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