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所有権

「それで、なんの御用でしょうか?」


 ローム先生は渋面を浮かべながら僕を見た。

 場所は応接室ではなくて舎監室である。

 応接室ほどではないが、舎監室にも小さな応接セットが設えてある。

 

「なにって、ローム先生にお会いしたくて伺わせていただいたのですが、いけませんでしたか?」


 愛想よく微笑んでみせる。もちろん、皮肉を込めて。


「私とあなたは気安く行き来し合う間柄ではないでしょう」


「そのとおりです。だけど、いくつかのお礼をしたくて参りました。手ぶらで申しわけありませんが、ステアの警護の件については早い対応を取っていただきありがとうございました」


 ああその件ね、とローム先生は鼻を鳴らす。


「いいのですよ。ステアは我が教会の者ですから危険が迫れば対策を打つのが監督者の責務です」


 本心からそう思っているのなら、あの条件はなんだったのか。

 僕は内心でわき起こる感情を無視して、あくまで平静を貫く。


「それから罪を償う機会を与えてくださったことにも深く感謝致します。おかげで目が覚めました」

 

 ローム先生が意外そうな表情を浮かべる。

 僕の口から恨み言以外が出るとは思っていなかったのかも知れない。

 

「ええ、いいのですよ魔法使いさん。罪は誰もが犯します。それを償い、真っ当に生きる権利は誰にでも用意されているのですから」


 言いながら、ローム先生は何かを警戒している。

 だけど実のところ僕がローム先生を訪ねたのは単純におだて上げて機嫌を取るためで、なにも企んでなどいなかった。

 それに、事実としてローム先生は既に下手を打っている。それをわざわざ指摘してあげるほど僕は彼女の事が好きではない。


 彼女は配下の者を使って僕に危害を加えた。それも無法がまかり通る迷宮の中ではなく、都市の目と鼻の先で。


 もちろん、ローム先生に言わせればそれは僕が望んだのだと主張するのかもしれない。

 だけど、奴隷を否定する活動ばかりして奴隷の本質を忘れている。僕に対する生殺与奪を一手に握っているのは本来、ご主人なのだ。

 馬や牛が望んだから、と言って家畜を傷つけられて許す所有者がいるだろうか。

 『荒野の家教会』の暴行はラタトル商会の会長が所有する個人財産を一方的に侵害したのだ。同時にご主人には十分な額の賠償金を請求する権利を得たということでもある。


 シグとステアはパーティメンバーだから除外するとしても、ベリコガとチャギが負傷を目撃している。お屋敷の番兵とミガノさんも僕が暴行を受けた跡を目にしている。

 僕がご主人に事実を伝えれば、ご主人は現金を獲得するために領主府に申し出るだろう。

 そうなれば領主府の役人により捜査がなされ、ローム先生と件の暗殺者は出頭の上で申し開きを行わなければいけなくなる。

 最終的には所有財産への損壊として幾らかの賠償額が課され『荒野の家教会』からご主人に支払われて終幕するのだ。しかし、虎の子の暗殺者を隠す仮面は取り調べの中で剥がされる。

 いくら公然の秘密であるとはいえ、これは嫌だろう。

 それを避けるには想定される賠償額を越えるような額の現金を各所に配って回るしかない。

 ローム先生にとっては失態である。

 『荒野の家教会』でどういう評価が下されるかは知らないが、少なくとも嫌がらせくらいにはなるだろう。

 もし、ステアの警護を解くとか、他の条件を突きつけたりしたら徹底的な泥仕合に持ち込んでやる。

 小ぎれいな僧侶よりも奴隷の方が汚れるのは得意だ。


 僕はその他に考え付くいくつかの手段を数えながら、勝ち誇ったローム先生を見つめた。



 シグの家に行くと、シグは珍しく家にいて僕を待っていた。

 

「よお、ケガは治ったのか?」


 シグが家から出てくる。

 手には長剣を持ち、そのまま酒場に向けて歩き出した。


「うん、もう大丈夫だよ。ギーの回復魔法が効いたからさ」


 僕も答えながらついて歩く。

 

「あんまり無茶するもんじゃないぞ」


「もうしない。すごく痛かったし」


 というかそもそも好んで無茶をしたわけでもなくて、他に手段がなかったのだから仕方ないのだ。

 なんて話しているうちに酒場に着いた。


 酒場に入ると店員に言って店主の事務室に向かう。

 朝だというのに店内には数組の酔漢たちが酒盛りに興じている。

 

「あ、指導員。おはようッス」


 聞き覚えのある声。

 テーブルのひとつでベリコガとチャギが酒を飲んでいた。

 一瞬、聞こえなかった振りをしたい欲求に駆られたものの、どうにか我慢して挨拶を返した。

 

「一緒に飲むか?」


 ベリコガが杯を持ち上げて僕たちを誘う。

 何を考えているのだ。学生だから迷宮にいかない日はきちんと座学を受講するように指導したはずだ。

 そうでなくても、前衛の冒険者たちは暇があれば武術の鍛練に汗を流すのが普通だ。

 そうしないとすぐに死ぬ。この二人はよほど死にたいのだろうか。

 

「飲みましょうよ、指導員。俺が奢るッスよ」


 チャギが調子よくおどける。

 この二人を見直したのは間違いだったのだろうか。

 呆れる僕と対照的に、シグは静かに怒っていてその額には青筋が浮いていた。

 

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