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暗殺者

 都市へ帰還するのにも気を使う。

 僕はステアとシグの三人で都市に向かい、ギーには申し訳ないのだけどメリアとベリコガたちの子守りをお願いした。

 

「何かあればメリアだけつれて逃げればいいからね」


 僕が耳元でささやくと、ギーはメリアの手を繋いで歩き出す。

 僕たちはそれを見失わない程度に離れて歩いた。

 

「ごめんなさい。私のせいで」


 ステアが申し訳なさそうに言った。

 メリアと行動を共にできないことを謝っているのだろう。

 でも実のところ、これはこれで都合がよかった。

 自然な形でベリコガたちから離れられたので、なにがしか接触を試みる者がいればいい隙になる。

 それに、三人で打ち合わせをすることもできる。

 

「だから別にいいよ」


 僕はステアに言った。


「それでこれからどうするんだよ」


 シグが横から聞いてきた。

 いつもは組合詰め所に置いてくる長剣を今日は提げている。

 

「関わらないことが一番だから、彼らの方から解任を言わせたいね。迷宮の異変を理由にしてしばらく迷宮行を控えるとか、武器の変更を強制するとか。現実的には両方なんだろうけど、うまく彼らを誘導して、できれば人前で激昂させてクビだと言ってもらえれば理想的かな」


 

「ふうん、そんなもんか」


 言いながら、シグが止まって片手を上げた。

 僕らも緊張して戦闘の準備をする。何者かが街路沿いの樹陰から現れた。

 シグが剣を抜いて油断なく構える。

 樹の影から現れたのは黒ずくめの暗殺者だった。

 頭部から体、手足の指先まで黒い装束が覆っており、唯一むき出しなのは左目だけだ。 

 体格は僕やステアと変わらないものの、尋常ではない雰囲気を纏い、片手に短刀を握っている。


「シガーフル隊ですね」


 どういう喋り方をすればそういう声が出るのか。

 その声は明瞭に聞こえるにも関わらず、声の主が男であるのか女であるのか、老人なのか子供なのかもわからない。


「そうだけど、何か用かよ」


 シグが長剣を振り上げる。間合いに入れば切り捨てるという意思表示だ。

 

「では、そちらの女性が宣教師見習いのステアに間違いありませんね」


「そ、そうですけど」


 ステアが怯えながらも答える。


「ふむ、ではそちらの小柄な方の男性が奴隷のアですね」


 僕は何となく察しがついてしまい、答えたくはなかったのだけど、仕方がないので頷いた。


「私は『荒野の家教会』本部付きの侍者です。ローム師の要請により馳せ参じました」


 まさしく、僕がローム先生を訪ねて用意してもらったステアの護衛だった。

 政争や勢力争いに明け暮れる集団なので、そういう要員も抱えているのだ。

 

「只今よりしばらくの間、ステア女史を監視させて貰います」


 ローム先生としても『荒野の家協会』としても邪教徒討伐に功のあるステアは今後の広告塔として利用価値を認めているらしく、要請は比較的すんなりと受け入れられた。

 ただし、ローム先生が付けた条件がひとつ。


「そちらの奴隷は偉大なる神とローム師を侮辱したということで、罰を受けて罪を償いたいと伺っていますが」


 僕は再度頷く。

 ローム先生のささやかな意趣返しだ。


「とりあえず大丈夫だと思うからさ、ちょっと見といてよ」


 シグとステアに言った瞬間、暗殺者の手が伸びて僕の髪を掴んだ。

 短刀を持った腕の肘が近づいてきて、僕の頬に刺さった。

 衝撃に目の前が真っ白になり、遅れて激痛がやって来る。

 続いて鼻っ柱にもう一度肘打ち。

 骨の砕ける音を聞いて、大量の鼻血が流れて出た。

 一部が喉に流れ込み、思わずむせる。

 もはや何も見えないのだけど、口のなかに固いものが押し込まれたのがわかった。多分、短刀の柄だ。

 考えた瞬間、僕の顎を衝撃が襲う。

 口のなかに小石が散らばったように感じたのは折れた歯だろう。

 すでに呼吸も思考もままならない。

 しかし、攻撃は続いている。

 鎖骨が折られ、肘を折られ、膝を砕かれる。

 激痛が飽和し、思考も奪われた。

 腹に叩き込まれた衝撃は肋骨を折るための膝蹴りだったのだろうか。

 それに続いて口から止めどなく血が流れ出したので肺が破れたのだ。

 地面に崩れ落ちた僕は転がることもできなかった。

 急速に死が近づいて来る。


『傷よ癒えよ』

 

 鼓膜が破られていなくてよかった。

 ステアの声に応じて、僕の体が復元を始める。

 回復魔法は生死に関する重篤な傷から治していくため、まずは内蔵が治ったのだろう。

 しかし、折られた歯も、鼻も頬骨も、手足や肋骨も壊れたままだ。


『傷よ癒えよ』

 

 再度の回復魔法で呼吸が通るようになった。

 しかし、激痛は炎のように僕を嘗め続ける。


「どうしよう、回復魔法が切れちゃいました」


 ステアが泣きそうな声で呟く。


 いい、いいからさ。ギーを呼んできてよ。


 声を出そうとするものの、出ない。そのわずかな挙動だって脳に無数の針を刺されたように痛い。

 大量の血液が喉を刺激し、一面に赤い反吐を跳ね散らす。

 しかし、とりあえず死は免れたようだ。


「死なぬ程度、とローム師に懇願されたのでこのくらいで」


 しれっと言ってのける暗殺者の言葉が耳朶を打つ。

 狂信者め。僕は復讐を心に誓った。

 だけど、とりあえずステアの安全が確保されたのは救いだった。

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