表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/204

吸血鬼

 バイロンは遙か昔に自らの力を持って吸血鬼になった真祖である。

 気ままに吸血鬼禍を引き起こしつつ、人間を滅ぼしてしまわぬように、放浪を繰り返していた。

 ある日、イシャールと名乗る魔法使いに乞われ、彼の実験に付き合ったのが運の尽きだと今でも思っている。



 迷宮の地下十階に位置するイシャールの玄室において、バイロンは一人で焦れていた。

 室内にはイシャールも配下の吸血鬼もいない。

 彼らは冒険者が扉を開けた時のみ生成される。

 冒険者に勝利し、侵入者を皆殺しにすれば死体と共に消える。

 冒険者に負けても消滅する。

 彼らは迷宮に組み込まれた自動機械のように、同じ動作を繰り返す。その中で、バイロンだけが消えない。

 真祖の特性として、簡単には滅びないからだ。

 バイロンを本気で滅ぼそうと思えば日光が必要であり、日の差さぬ迷宮の、それも地下十階に封じられたバイロンはよほどの天変地異が起こらない限り永遠に滅びることが出来ない。

 バイロンの体は粉々に砕かれようと、燃やして灰にしようと僅かな時間で復元し、元に戻る。

 当然、その頃には部屋に誰もいない。

 


 強大な魔力を持ったイシャールが探っていたのは永遠に生きるための秘術であって、失われた魔術の知識を豊富に持つバイロンが協力をすれば実験が上手くいく可能性もあった。

 当然、失敗する可能性の方が高かったのだが、バイロンにとっては長い生の中で取り組んだ暇つぶしに過ぎず、どうでもよかった。

 空間に漂う魔力を固形化するというイシャール独自の技術で生成した小さな円盤をタネに、時空をねじ曲げ、異空間から無限のエネルギーを汲み出す予定であった。

 しかし、実験は失敗に終わり、バイロンはねじ曲がった空間に終わりのない監禁を強いられている。

 


 空間が歪んだ影響か、部屋の扉は内側から開かず破壊も出来ない。

 それでも脱出を諦めてはいない。

 冒険者を魅了し、扉を開けさせようとしたこともあったが、眷属と化した冒険者では扉を開けなくなっていた。そのうえ、戦闘終了後にはイシャール達と共に消滅し、二度と戻ってこなかった。

 冒険者が扉を開けるのを待ち受けて、飛びだそうとしたこともあったが、不可視の障壁がバイロンを押し戻した。

 具現化した瞬間に配下の吸血鬼や、イシャールを捕まえて投げた事もあったが、結果は同じで、玄室に立ち入った者がイシャールを倒した時のみ閉ざされた空間が開くことが分かった。

 その冒険者たちもイシャールの円盤を除けば外に持ち出すことは出来ない。


 結局、時間をかけるしかない。

壁を透過する吸血鬼の秘術を用いて自分の魔力をゆっくりと室外に染み出させ、廊下でコウモリに変化させる。

 やがて、迷宮を飛び回ったコウモリが再び壁を透過して戻ってくる迄に数日を要する。

 これを体内に戻して、ようやく室外の状況を窺い知る事が出来る。

 それより先に扉を開けられてしまえばイシャールが復活し、冒険者達との戦闘に巻き込まれる。

 そうなれば集中が途切れ、使い魔の制御が乱れて魔力が霧散してしまう。

 また、時間はあっても使い魔が迷宮を徘徊する魔物に捕食されることも、冒険者に打ち落とされることもある。

 無事に帰ってくる確率は数十回に一度と言ったところか。

 それでも、時間が無限にあるのは不死者の強みだ。

 百でも千でも万でも、必要なだけ繰り返せばいい。

 

 バイロンの経験上、そろそろ次の挑戦者が現れてもおかしくない。

 そして、使い魔の帰還までも、あと少しというところであった。失敗は何度重ねても構わないのだけど、せっかく上手くいきそうな場合はやはり気が逸る。

 徐々に壁を透過し、頭から戻ってくるコウモリを見つめ、足が壁から抜けるのももどかしく手に掴んだ。

 キィキィと無くコウモリに頭からかじりつく。

 その味に、力の衰えを痛感させられる。

 食事をするには冒険者の血を吸うしかないのだが、戦闘中に吸おうにも自我のないイシャールや言うことを聞かない配下の吸血鬼達が冒険者を殲滅し、戦闘終了と同時にそのまま消えてしまうことがある。

 また、冒険者も手練れがやってくると弱った身の上のせいで一方的に蹂躙され、気づくと戦闘が終わっている事も多い。

 かくも栄養摂取に事欠く欠食吸血鬼がバイロンなのだ。

 食事が十分ならそこらの冒険者なぞ簡単に蹴散らせる。

 最近では単身乗り込んできた東洋坊主こそ万全の状態でもどうか、とは思わされたものの凡百の冒険者ならこの弱った状態でも十分に脅威だろう。

 使い魔が見てきた状況が頭に入ってくる。

 

「面白い」


 どうりで、いつもより挑戦者が来ないわけだ。

 信仰の問題で揉め、冒険者全体に動揺が広がっている。通常であれば乗り込んでくるレベルの冒険者達も体勢の立て直しに忙殺されているようだ。

 また、東洋坊主が教授騎士と呼ばれる剣士も殺したらしい。

 どうも、総括的に見るにしばらくは脱出の方法探しに没頭できそうだった。

 バイロンは玄室の隅に隠していたイシャールの円盤を取り出した。

 冒険者達が栄光のメダルと称して、イシャール討伐の証にするものだ。

 冒険者を殲滅した直後、イシャールが消える寸前に掠め取って貯め続けたメダルが既に二十枚を超えている。

 魔力を固めて圧縮し、物質化したメダルには相応の力が宿っている。

 そして、このメダルだけが空間を自由に越えられるのだ。

 東西の魔術に長けた不死身の吸血鬼は玄室からの脱出という暇つぶしを楽しみ、嗤った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ